生贄は、神殺しの野獣に神官を騙る

空木葉

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命日を祝して

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「お酒は好き?」
その親し気な問いに私は緊張しながら、頷いた。
「まあ、好きですね」
「それは良かった」
玲泉れいせんは柔らかく笑った。
その神は見た目も仕草も声も、人間によく似ていた。
しかしそこには、心地よい違和感があった。
玲泉には生々しさがない。
美しい風景画を見ている時のような、どこか吸い込まれるような魅力がある。
持ち帰って、部屋の一番いい場所に飾りたいくらいだ。
「遠慮せずに食べて、飲んで」
私は船の机に広がる料理を眺めた。
蓋を取られて湯気をあげている。
「最後の晩餐ですか」
私がそう尋ねると、神は笑った。
「そうだね」
(そうなのか)
それなら、遠慮する必要もない。
早速赤く茹でられた海老に箸を伸ばす。
プリプリとした食感を楽しむ内に、ドンドンと食欲が湧いてきた。
酒を飲もうとお猪口を手に取ると、玲泉がそこに徳利を傾ける。
「ちょ、ちょっと」
思わず身を引いた私に、玲泉が首を傾げる。
「ああ、ごめん。嫌だった?」
「ええと」
親しくない人にお酌されるのは嫌ではあったが、それ以上に気になることがあった。
それを言うか言うまいか、少し逡巡して結局声に出した。
丁度命も惜しくないし。
「貴方はあまり…神らしくないですね」
「そうかも」
玲泉がまた微笑む。
そのにじんだように柔らかい緑色の瞳は、なんとも優し気だった。
「もっと偉そうにした方がいい?」
私は少し考えた。
偉そうな人は嫌いだ。
偉そうな神も多分嫌いだ。
「今のままでお願いします」
「それは良かった」
私がお猪口に酒を注ぐと、玲泉は気さくに杯を挙げた。
「では、君の命日を祝して乾杯しよう」
私は半分夢を見ているような心地で、それに応えた。
コンと軽い音がする。
私はお猪口に口を付けた。
水の様にするりと喉を滑っていく。
スッキリとして飲みやすいが、後味が渋い。
玲泉は口をつける様子もなく、お猪口を机に置いた。
その中には、何も入っていなかった。
「飲まないんですか」
「うん、このお酒。あまり好きじゃないんだ」
玲泉は何でもないように微笑む。
私は机の上の料理に眼をやった。
玲泉は箸にすら、手を伸ばさない。
「食べないんですか」
「うん、あまり好みじゃなくてね」
「そうですか」
私は揚げ豆をつまみながら、玲泉を見た。
「貴方が好きなものをリクエストしたらいいのでは?」
「私のためのものじゃないよ」
玲泉はおかしそうに笑った。
「生贄になった人のものなんだ」
「それなら」
私は枇杷にフォークを刺す。
「生贄にリクエストを聞くべきです」
「それは難しいかも。一応『私への捧げもの』という体だからね」
「なるほど」
確かに生贄になった罪人のために豪勢な食事をつくる、というのは一部の国民にとって不自然な事なのかもしれない。
神遣達は自分たちが、罪人の為に料理を作っていることを知っているんだろうか。
「みんな、そのことを知っているんですが」
「さあね」
玲泉は爽やかに答えた、関心がなさそうに。
「それより、貴方の話を聞かせてよ」
と私を見つめる。
「何をして、生贄に選ばれたの?」
純粋で、しかし何もかもを見通すような瞳で。
「なんで、そんなこと知りたいんですか?」
私はお猪口を置いて、不満を瞳に乗せた。
船の外で、魚がパシャリと跳ねる。
「国民の生活を知りたいんだよ」
「多分、特殊な話ですよ」
暖かいスープを手に取る。
湯気が顔にあたって、暖かい。
「暗いし」
私が殺した男は、スープが好きだった。
しかし彼がスープを飲むことは、もう二度とない。
「だからこそ、知りたいんだ」
一口飲むと、暖かくて美味しい。
スープを飲み込むと、なんだか話したい気分ではなくなってしまった。
「話したくありません」
「そっか」
玲泉は穏やかにほほ笑む。
私はスープの鶏肉を噛む、柔らかくてうま味がある。
ふと疑問が湧いた。
「人って美味しいですか?」
そう聞くと玲泉は困ったように笑った。
やんちゃな生徒からの不適切な質問に、どう答えたものか考える新人教師のようだ。
「丸呑みするからね、味は感じないんだ」
「その口で?」
私は玲泉の口を見た。
どんなに大きく開けても、頭どころか足さえ入らなそうだ。
「そこは詳しく言えないな」
玲泉は少しおかしそうに笑った。
もしかして何かしらの圧縮を受けるのだろうか。
そうだとしたら痛そうだ。
でも生きたまま飲み込まれるよりは、マシかもしれない。
そもそもこの人間に似た姿は、この神の本性なのだろうか。
好奇心が疼いた。
『貴方って、どのくらい人間なんですか?』
そう聞こうとして止める。
抽象的すぎる質問は好みじゃない。
玲泉の人間性を知りたいならば、もっと適した質問があるはずだ。
「今までで、印象深い人間っていましたか?」
「そうだね」
玲泉は真剣に頷く。
「人は可愛いし、私の国民はみんな大切だけど」
と言って笑う。
「やっぱり特別な子もいたかな」
「へえ」
これは意外だ。
「最近だと噺の上手な子がいてさ。私のために一席打ってくれたんだ」
玲泉は遠い日を眺めるように呟いた。
「あの子を食べたのは、ちょっと勿体なかったな」
「そう思うなら、なんで食べたりしたんです」
玲泉は悟った調子で呟く。
「あの子は生贄だったんだよ」
「それでも、後悔するくらいなら生かせばいいじゃないですか」
神ならば、そのくらいの自由は許されるのではないだろうか。
「なぜ?」
玲泉は不思議そうに微笑んだ。
「他の生贄の子は食べたんだ。その子も同じにしないと不公平でしょ」
私は返す言葉が見つからなかった。
この神が言っていることは正しい。
だからこそ、この神が少し哀れであった。
殆どの人間は正しさに忠実であろうとはしない。
だからこそ、この神に対して好感も感じていた。
私達の神が公平で、国民としては嬉しい。
すべからく、全ての国民はこの神の爪の垢を煎じて飲み干すべきだ。
そう思いながら海老へ箸を伸ばす。
その瞬間大きな音と共に、海老が大きく跳ねた。
跳ねたのは海老だけではない、皿も私も船も大きく跳ねた。
思い思いの方向へ飛んでいく料理が一瞬目に映ったと思うと、次の瞬間には水の中にいた。
最初に感じたのは、肌に突き刺さるような冷たさだ。
ギュッと縮こまる心臓の痛みに、思わず目を開けた。
次は眩しさに目を細める。
湖に差し込む太陽の光だ。
私は思わず身をよじって、光に背を向けた。
目が慣れると、光に照らされた水中が見えた。
開けた視界の中心、50mほど遠くに黒い毛むくじゃらの何かがいた。
血を煙のように立ちのぼせながら、湖へ沈んでいく。
ゴボゴボと自分の口から出る泡の音を聞きながら、それを眺めていた。
勝手に体が動いて、狼の方へ手が伸びた。
しかし届かない。
突然水の流れが変わった。
優しくも力強い水に押されて、どこかへ押し流される。
視界に赤いものが降ってきて、思わずそれを見ると皿に乗っていた海老だった。
その瞬間に閃いた。
この海老も昔は生きていたんだ。
多分昔は青くて、水の中を泳いでいたんだ。
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