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死んだ狼
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水の力に押し上げられて、私は遺跡の上に体を横たえた。
一気に苦しさに襲われて、大きく咳をする。
その度に体全体が揺れて煩わしい。
硬い石が体にあたって痛い。
寒さに震える私の背中に、誰かが優しく手をあてた。
「大丈夫?」
玲泉は横たわる私の傍に膝をついて、私の顔に両手をあてた。
その手には体温が無かった。
玲泉が私に顔を寄せる。
そしてそのまま口づけた。
玲泉の唇は生き物じみた湿っぽい生暖かさとは、無縁だった。
冷たくて、滑らかで、ツルツルしてる。
ガラスとキスをしているみたいだ。
玲泉はふっと、私の体に何かを吹き込んだ。
何か暖かい、スープからあがる湯気のような。
それが全身に広がって、体が爪の先まで温まった。
気が付けば、髪どころか服まですっかり乾いている。
呼吸も楽になって、こわばっていた体から力が抜けた。
玲泉は顔を離して、何でもないように笑った。
「やあ、びっくりしたね」
その瞳が動いた方へ、私も視線を向けた。
そこにいたのは大きな狼だった。
血を流して、脱力しきって、多分死んでいる。
その黒い毛を、玲泉は優しく撫ぜた。
「この子が空から落ちてきたんだ。それで船がひっくり返っちゃった」
あはは、と明るく玲泉が笑う。
「こんなの初めてだよ」
カタリと音がした方を見ると、そこには船に乗っていた料理や食器が、机の上に会った時と同じようにお行儀よく遺跡の上に並んでいる。
「一応拾ったんだ。液体のものはダメだったけど」
食べる?と首を傾げる玲泉に、私は首を振った。
「いいえ、それより」
と玲泉の手元を眺める。
「何なんですか、その狼」
「さあ」
玲泉は軽く笑うと、その大きな頭を自分の膝に乗せた。
「大きい口だねー」
玲泉が自分の口元に触れた。
「これじゃあ上手く塞げないなあ」
「何かするんですか」
私は立ち上がって、狼に近づいた。
「ちょっと、蘇生をね」
「ええと」
私はしげしげと、その真っ黒な毛むくじゃらを眺める。
人間の頭を丸ごと嚙み砕いて、胴体を簡単に食いちぎれそうな程大きい顎だ。
この大きさからして間違いなく、ただの狼ではない。
特別な力を持った獣、『怪しの獣』だ。
『怪しの獣』それもこんなに大きな怪しの狼が都で目撃されたら、警ら団どころか衛隊が出動するはずだ。
「蘇生して暴れ出したら危ないのでは」
怪しの獣にも人間同様温厚な者もいるだろうが、それでも人間と共に暮らす獣なんて物語の中でしか聞いたためしがない。
「だって、このまま死んだらかわいそうじゃないか」
耳の裏を確認しながら、玲泉が独り言のように呟いた。
「まだ若いのに」
「でも聖域から出たら、すぐに殺されちゃいますよ」
「ここから出ようとしたら、責任は取るよ」
そう言いながら、玲泉は狼の耳の毛を優しくかき分ける。
「私は人間の味方だからね」
私はしゃがんで狼の体を眺める。
一番大きい傷は腹部にあった。
体を半分に裂くほど、大きく深い裂傷だ。
左の後ろ足も噛み千切られたように、途中から細くなり欠けている。
獣同士で激しく争ったのだろうか。
性器の形状から見るに雄と思われるので、縄張りや雌を取り合ったのかもしれない。
「蘇生するのなら、体を治してからの方がいいのでは?」
このまま蘇生しても、すぐに死んでしまいそうだ。
「私は犬には詳しくないんだ」
玲泉は耳の奥を覗き込んでいた顔を上げて、私を見た。
「貴方は治せる?」
「これは犬じゃないですよ」
返答が分かっているような笑顔に、私は口を尖らせた。
「治せますけど」
一気に苦しさに襲われて、大きく咳をする。
その度に体全体が揺れて煩わしい。
硬い石が体にあたって痛い。
寒さに震える私の背中に、誰かが優しく手をあてた。
「大丈夫?」
玲泉は横たわる私の傍に膝をついて、私の顔に両手をあてた。
その手には体温が無かった。
玲泉が私に顔を寄せる。
そしてそのまま口づけた。
玲泉の唇は生き物じみた湿っぽい生暖かさとは、無縁だった。
冷たくて、滑らかで、ツルツルしてる。
ガラスとキスをしているみたいだ。
玲泉はふっと、私の体に何かを吹き込んだ。
何か暖かい、スープからあがる湯気のような。
それが全身に広がって、体が爪の先まで温まった。
気が付けば、髪どころか服まですっかり乾いている。
呼吸も楽になって、こわばっていた体から力が抜けた。
玲泉は顔を離して、何でもないように笑った。
「やあ、びっくりしたね」
その瞳が動いた方へ、私も視線を向けた。
そこにいたのは大きな狼だった。
血を流して、脱力しきって、多分死んでいる。
その黒い毛を、玲泉は優しく撫ぜた。
「この子が空から落ちてきたんだ。それで船がひっくり返っちゃった」
あはは、と明るく玲泉が笑う。
「こんなの初めてだよ」
カタリと音がした方を見ると、そこには船に乗っていた料理や食器が、机の上に会った時と同じようにお行儀よく遺跡の上に並んでいる。
「一応拾ったんだ。液体のものはダメだったけど」
食べる?と首を傾げる玲泉に、私は首を振った。
「いいえ、それより」
と玲泉の手元を眺める。
「何なんですか、その狼」
「さあ」
玲泉は軽く笑うと、その大きな頭を自分の膝に乗せた。
「大きい口だねー」
玲泉が自分の口元に触れた。
「これじゃあ上手く塞げないなあ」
「何かするんですか」
私は立ち上がって、狼に近づいた。
「ちょっと、蘇生をね」
「ええと」
私はしげしげと、その真っ黒な毛むくじゃらを眺める。
人間の頭を丸ごと嚙み砕いて、胴体を簡単に食いちぎれそうな程大きい顎だ。
この大きさからして間違いなく、ただの狼ではない。
特別な力を持った獣、『怪しの獣』だ。
『怪しの獣』それもこんなに大きな怪しの狼が都で目撃されたら、警ら団どころか衛隊が出動するはずだ。
「蘇生して暴れ出したら危ないのでは」
怪しの獣にも人間同様温厚な者もいるだろうが、それでも人間と共に暮らす獣なんて物語の中でしか聞いたためしがない。
「だって、このまま死んだらかわいそうじゃないか」
耳の裏を確認しながら、玲泉が独り言のように呟いた。
「まだ若いのに」
「でも聖域から出たら、すぐに殺されちゃいますよ」
「ここから出ようとしたら、責任は取るよ」
そう言いながら、玲泉は狼の耳の毛を優しくかき分ける。
「私は人間の味方だからね」
私はしゃがんで狼の体を眺める。
一番大きい傷は腹部にあった。
体を半分に裂くほど、大きく深い裂傷だ。
左の後ろ足も噛み千切られたように、途中から細くなり欠けている。
獣同士で激しく争ったのだろうか。
性器の形状から見るに雄と思われるので、縄張りや雌を取り合ったのかもしれない。
「蘇生するのなら、体を治してからの方がいいのでは?」
このまま蘇生しても、すぐに死んでしまいそうだ。
「私は犬には詳しくないんだ」
玲泉は耳の奥を覗き込んでいた顔を上げて、私を見た。
「貴方は治せる?」
「これは犬じゃないですよ」
返答が分かっているような笑顔に、私は口を尖らせた。
「治せますけど」
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