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迷宮大足長蜂 ミツキ
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よかったのじゃ。
まっことよかったのじゃ。
迷宮大足長蜂との一戦で、油断して麻痺状態になるという不覚を取ったのは、自身に驕りがあったから。
事前にソルトから注意を促されていたにも関わらず、地に落とした事で終わったと視線を切り、無傷の一匹だけに意識を向けてしまった。
通り過ぎて行った二匹は、ちょうどソルトの分だなと言う思いと、ソルトになら背中を任せられると言う信頼感から、「あとは残った一匹の攻撃を躱し続けてればいい」と思ってしまった。
そうやって危機感が足りなくなった結果があれだ。
その、あれだ。
背中と尻に、地に落ちたハチが放った針が刺さった。
痛みもあったが、それよりも驚いたのは、あっという間に体が麻痺して動かなくなっていったことだった。
ソルトの名を呼ぶ事も、助けを求める事もできず、ハチが眼前に迫ってくるのをただ見ている事しかできなかった。
自分のせいでソルトも殺られてしまうかも知れない。そう思ったら胸がぐっと苦しくなった。肺までもが麻痺したのか、それ以外の原因なのかは分からない。
「すまぬ」とも声に出せぬ体のままで、せめてソルトだけは生き延びられるようにと願った。
目と耳だけは使えていたのが、逆に恐怖になっていた。
ソルトが走る足音と、剣が地面を突き刺す音が聞こえていた。ソルトは少し離れた所で戦っているようだった。
その距離からでは、眼前に迫るハチの黒い牙を止める事はできないだろう。
私は死を覚悟した。
だがしかし、ハチの首は一瞬のうちに消え去った。
誰?
誰が助けてくれたのじゃ。
「何か言う事は?」
「(すまぬ。まっことすまぬのじゃ)」
ソルトの声だ。
姿は見えぬままだが、どうやらソルトが助けてくれたようだ。
しかしあの距離からどうやって?
「油断はしてないんじゃなかったの?」
「(ううむ……申し開きのしようもないのじゃ)」
「もしかして麻痺して喋れないとか?」
そう、そうなのじゃ。
ソルトよ、分かってくれたか。喉が動かないのじゃ。
しかし、お主が無事で本当によかったのじゃ。
もう、さっきの胸の苦しさは、すっかりなくなっていた。
その後、油断して迷惑を掛けたことを何度も謝ったのだが、ソルトの返事は素っ気のないものだった。
怒ってないとは言ってくれるし、声も普段通りのものだけど、前を向いたまま私に顔を向けてもくれない。
歩いていたから、先程の件もあって索敵に集中しているのかも知れないが、ソルトの態度がどうにも気になってしまう。
私が油断した事を怒っているのではないか。
もう、アージェス殿の依頼など破棄してしまおうと考えているのではないか。
こんな阿呆にはもう付き合ってられないと、そう考えているのではないか。
私とのパーティーの解消をどう切り出すかで頭を悩ませているのではないか。
自業自得とは言え、嫌な事ばかりが頭に浮かび上がり、またもや胸が苦しくなってきた。
空気が薄くなってしまったかの様に、うまく肺まで酸素を送ることができない。
「ソルトよ、まっことすまなかったのじゃ。次からは気を付けるからゆる」
「いや、だから怒ってないってば。許すとか許さないとかでもないよ。ただ、もう油断はしないでね。それが原因で全滅する可能性だってあるんだから」
「わ、分かったのじゃ……」
やはり、ソルトはこちらに顔を向けてくれず、淡々と、感情を感じさせない声で私の言葉を断ち切った。
もう駄目なのかもしれない。
なんで自分がこんなに落ち込んでいるのかは分からない。
いや、分かっている。
迷宮内で見かけて、なんとなく強い匂いを感じて追いかけてみた。それが縁となって、数日前に二人きりで隊を組む事になった。自分にとっては、たったそれだけの繋がりのない青年。
なのに、私はこの青年と別れることになるのが嫌なのだ。そして怖いのだ。
自業自得なのに、彼と離れる事になるのが嫌で、情けなくも縋るように謝り続けているのは……
これはどんな感情なんだろうか。
これまで戦場を駆け続けながらも、死ぬ事なくここまで生きてきて、仲間に対してこんな気持ちになった事がなかった。
この胸の痛みは……
「ミツキ」
「は、はいっ」
あぅ、つい、はいとか言ってしまった。
いや、今はそんな事はどうでもよい。
何故なら、ソルトがようやっと、こちらに顔を向けて声を掛けてくれたのだから。
「あのさ。さっきの件、やっぱりちゃんと話してもいい?」
さっきの件……やはり、さっきの私の油断を原因にして、隊を解散する話なんだろうか……
「は、はい、なのじゃ……」
次の空洞に着くまでのほんの数十メートルの道のりを、こんなにも短く感じるとは。
この距離を歩き切ったらもう終わりなのかと思うと、ミツキの胸の苦しさが一段と増してきたのだった。
まっことよかったのじゃ。
迷宮大足長蜂との一戦で、油断して麻痺状態になるという不覚を取ったのは、自身に驕りがあったから。
事前にソルトから注意を促されていたにも関わらず、地に落とした事で終わったと視線を切り、無傷の一匹だけに意識を向けてしまった。
通り過ぎて行った二匹は、ちょうどソルトの分だなと言う思いと、ソルトになら背中を任せられると言う信頼感から、「あとは残った一匹の攻撃を躱し続けてればいい」と思ってしまった。
そうやって危機感が足りなくなった結果があれだ。
その、あれだ。
背中と尻に、地に落ちたハチが放った針が刺さった。
痛みもあったが、それよりも驚いたのは、あっという間に体が麻痺して動かなくなっていったことだった。
ソルトの名を呼ぶ事も、助けを求める事もできず、ハチが眼前に迫ってくるのをただ見ている事しかできなかった。
自分のせいでソルトも殺られてしまうかも知れない。そう思ったら胸がぐっと苦しくなった。肺までもが麻痺したのか、それ以外の原因なのかは分からない。
「すまぬ」とも声に出せぬ体のままで、せめてソルトだけは生き延びられるようにと願った。
目と耳だけは使えていたのが、逆に恐怖になっていた。
ソルトが走る足音と、剣が地面を突き刺す音が聞こえていた。ソルトは少し離れた所で戦っているようだった。
その距離からでは、眼前に迫るハチの黒い牙を止める事はできないだろう。
私は死を覚悟した。
だがしかし、ハチの首は一瞬のうちに消え去った。
誰?
誰が助けてくれたのじゃ。
「何か言う事は?」
「(すまぬ。まっことすまぬのじゃ)」
ソルトの声だ。
姿は見えぬままだが、どうやらソルトが助けてくれたようだ。
しかしあの距離からどうやって?
「油断はしてないんじゃなかったの?」
「(ううむ……申し開きのしようもないのじゃ)」
「もしかして麻痺して喋れないとか?」
そう、そうなのじゃ。
ソルトよ、分かってくれたか。喉が動かないのじゃ。
しかし、お主が無事で本当によかったのじゃ。
もう、さっきの胸の苦しさは、すっかりなくなっていた。
その後、油断して迷惑を掛けたことを何度も謝ったのだが、ソルトの返事は素っ気のないものだった。
怒ってないとは言ってくれるし、声も普段通りのものだけど、前を向いたまま私に顔を向けてもくれない。
歩いていたから、先程の件もあって索敵に集中しているのかも知れないが、ソルトの態度がどうにも気になってしまう。
私が油断した事を怒っているのではないか。
もう、アージェス殿の依頼など破棄してしまおうと考えているのではないか。
こんな阿呆にはもう付き合ってられないと、そう考えているのではないか。
私とのパーティーの解消をどう切り出すかで頭を悩ませているのではないか。
自業自得とは言え、嫌な事ばかりが頭に浮かび上がり、またもや胸が苦しくなってきた。
空気が薄くなってしまったかの様に、うまく肺まで酸素を送ることができない。
「ソルトよ、まっことすまなかったのじゃ。次からは気を付けるからゆる」
「いや、だから怒ってないってば。許すとか許さないとかでもないよ。ただ、もう油断はしないでね。それが原因で全滅する可能性だってあるんだから」
「わ、分かったのじゃ……」
やはり、ソルトはこちらに顔を向けてくれず、淡々と、感情を感じさせない声で私の言葉を断ち切った。
もう駄目なのかもしれない。
なんで自分がこんなに落ち込んでいるのかは分からない。
いや、分かっている。
迷宮内で見かけて、なんとなく強い匂いを感じて追いかけてみた。それが縁となって、数日前に二人きりで隊を組む事になった。自分にとっては、たったそれだけの繋がりのない青年。
なのに、私はこの青年と別れることになるのが嫌なのだ。そして怖いのだ。
自業自得なのに、彼と離れる事になるのが嫌で、情けなくも縋るように謝り続けているのは……
これはどんな感情なんだろうか。
これまで戦場を駆け続けながらも、死ぬ事なくここまで生きてきて、仲間に対してこんな気持ちになった事がなかった。
この胸の痛みは……
「ミツキ」
「は、はいっ」
あぅ、つい、はいとか言ってしまった。
いや、今はそんな事はどうでもよい。
何故なら、ソルトがようやっと、こちらに顔を向けて声を掛けてくれたのだから。
「あのさ。さっきの件、やっぱりちゃんと話してもいい?」
さっきの件……やはり、さっきの私の油断を原因にして、隊を解散する話なんだろうか……
「は、はい、なのじゃ……」
次の空洞に着くまでのほんの数十メートルの道のりを、こんなにも短く感じるとは。
この距離を歩き切ったらもう終わりなのかと思うと、ミツキの胸の苦しさが一段と増してきたのだった。
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