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普通にキツい
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六階層を出てから二日目。
脚の速い魔獣達を全部回避することはできず、いくつかの死闘を経て、ボクらはなんとか四階層まで戻る事ができていた。
「キミは隷属魔法を受けていたのか……」
「うむ。それがお主らに戦を手伝ってもらった事への対価じゃった。わしは移動型の戦える食料庫としてセイムス達の奴隷になっていたのじゃ」
隷属魔法の事は知っていたけど、彼女が受けていた隷属魔法はかなり強制力が強いものだったようだ。
そして、ボクの《人物鑑定》に「隷属状態」である事が出てこなかったと言うことは、《隠蔽》までされていたという事だろう。何故、隷属させている事を隠したかったのかは分からないけど、首輪を媒体にしてこの魔法を掛けた者が、かなりのレベルの魔法使いだと言うことは分かる。
許可されなければ言葉さえも発せない程に強力な魔法。ただ、その代わりに主人側にも「肉体的苦痛を与えない」と言う誓約があったようだ。この「肉体的苦痛」には性的な行為も含まれているらしく、「それが守られるのなら」と、彼女はこの隷属魔法を受け入れたのだそうだ。
「だが、それも無意味になってしもうたのじゃ……ソルトに決別の言葉を送ってしまったのじゃから」
「ソルト……とは、どんな関係だったのだ?」
ミツキと出会ったのは二年ほど前のことだ。
でも、戦争中は侍百人大将をやっていた彼女とは話す機会がなかったし、ソルトと関わりがある人だなんて知らなかったから接点がなかった。
ただ、侍百人大将には凛々く綺麗な女性が多いな、くらいに思っていただけだった。
「うむ。人に話すような話ではないのじゃが、何故じゃろう。聞いて欲しいと思う自分がいるのじゃ。死を前にして何かを残したつもりになりたいのかの……我ながらさもしいことじゃ」
「ボクも似たようなものさ。自分がこんなに女々しい人間だったなんて思いもしなかった」
「女々しい、とは?」
「いや、忘れてくれたまえ。いや、時間があればキミの話の後にでも語ろうか」
「そうか」
彼女にとって、ソルトは運命の相手なのだそうだ。
でも、彼女は国を捨てる事まではできず、再び会うことを約束して戦争の為にイースタールに戻ったのだと言う。
なら、ボクは勝てるかも知れない。
「わしの話を聞いて、何故お主は微笑むのじゃ」
「いや……ボクにも勝ち目があるかなと思ってね」
「ん?」
「実はね。ボクは……いや、ボクもソルトの事が好きなんだ」
「な、なんじゃと」
それからボクは、ボクがどうして彼に惹かれていったのかをミツキに話した。
ボクが知らないソルトの話を聞かされた鬱憤ばらしだ。
ボクとソルトとの関係は、ミツキには全然及ばないものだけど、ボクは我ながらバカらしいのだけど、少し盛って話したのだ。
「と、言う事があったのさ。そして、ボクにもソルトとの約束がまだあってね」
「おぼこには負けんよ」
「なっ……ボ、ボクはこれでも今の所はお姫様をやっててね。それがお役御免になったらソルトに貰ってもらうんだ。だから純潔と言われても構わない。いや、むしろ純潔をあげる事の出来なかったキミよりも良いとさえ思えるね」
「な、わ、わしは、わしはソルトにわしの純潔を捧げたのじゃ」
「どうだか。ぷっ、くくく」
「本当じゃぞ、な、何を笑っておる……ふっ、ふふっ」
「そっちこそ」
こんな状況で、一人の男の取り合いを本人不在でしてるなんて。《賢者》らしからぬ、聖王国の姫らしからぬ事態に、ボクは自分に呆れて笑うしかなかった。
まるで普通の女の子じゃないか。
「ボクは生き残るよ」
「うむ。わしも気力が戻ってきたのじゃ」
「そしてソルトはボクが貰う」
「いや、わしのものじゃ」
「さっきまで諦めてたくせに」
「むう」
ここは四階層。
行きに通った時よりも魔物が強化されているようだ。死霊系の魔獣までが跋扈し、ボクら冒険者にとっては正に地獄のようなエリアに変化している。
超大空洞に入る手前で二頭犬骸骨に手酷くやられて、とてもじゃないけど、超大空洞は二人だけでは通り抜けられないと、ミツキと二人、物陰に隠れて座って諦めていたのだ。
でも。
「ボクはやっとボクになれたような気がするよ」
「わしもようやっと己を取り戻した実感が湧いてきたのじゃ」
「ボクは賢者だ。ボクはボクが知りたい何もかもを追求する。まずはソルトの事をもっと知るよ!」
「だ、駄目じゃ。隷属魔法の事をちゃんと說明して、わしがソルトの元に戻るのじゃ」
「そんな魔法なんてないよ」
「!?」
「って賢者であるボクが言ったらどうなるかな。くくくっ」
「そ、それはなんと酷い」
「あはははは……ふぅ。いいかい、ミツキ? ボクはもう何発も魔法を撃つことはできない。でも、魔法をちゃんと発動する時間を稼いでくれたら、何回かは道を切り開けると思う」
「うむ。マルメルよ、任せるのじゃ」
「マルン」
「ん?」
「ボクの本当の名前はマルンって言うんだ」
「……分かった。マルン、生きてソルトに会おうぞ」
「ああ」
そうして、ボクとミツキは、意を決して超大空洞に足を踏み入れたのだった。
そして、生き残る、と言う思いの強さだけではどうにもならない現実を知る事になった。
まあね。もとより、本当に生きてソルトに会えるなんて本気で思ってた訳じゃなかった。
最後の悪足掻きにソルトへの想いを巻き込んで、ボクが死ぬ時に彼を感じていたいと思っただけだ。
そしてそれはミツキも同じだったんだろう。
「ぐうっ……た、立て。立つんじゃマルン!」
倒れたボクを庇って、ミツキがその背中で鷲獅子の死霊の吐き出す冷気を受け止めている。
「ミツキ、だけ、でも、行って……ソル、トに、よろし、く……」
「バカ者っ、その程度の想いでわしと、張り合って、たのか」
ミツキももう、限界のようだ。
でも、ミツキは何故か笑みを浮かべている。
そして、ボクも、たぶん、ソルトを想って……
脚の速い魔獣達を全部回避することはできず、いくつかの死闘を経て、ボクらはなんとか四階層まで戻る事ができていた。
「キミは隷属魔法を受けていたのか……」
「うむ。それがお主らに戦を手伝ってもらった事への対価じゃった。わしは移動型の戦える食料庫としてセイムス達の奴隷になっていたのじゃ」
隷属魔法の事は知っていたけど、彼女が受けていた隷属魔法はかなり強制力が強いものだったようだ。
そして、ボクの《人物鑑定》に「隷属状態」である事が出てこなかったと言うことは、《隠蔽》までされていたという事だろう。何故、隷属させている事を隠したかったのかは分からないけど、首輪を媒体にしてこの魔法を掛けた者が、かなりのレベルの魔法使いだと言うことは分かる。
許可されなければ言葉さえも発せない程に強力な魔法。ただ、その代わりに主人側にも「肉体的苦痛を与えない」と言う誓約があったようだ。この「肉体的苦痛」には性的な行為も含まれているらしく、「それが守られるのなら」と、彼女はこの隷属魔法を受け入れたのだそうだ。
「だが、それも無意味になってしもうたのじゃ……ソルトに決別の言葉を送ってしまったのじゃから」
「ソルト……とは、どんな関係だったのだ?」
ミツキと出会ったのは二年ほど前のことだ。
でも、戦争中は侍百人大将をやっていた彼女とは話す機会がなかったし、ソルトと関わりがある人だなんて知らなかったから接点がなかった。
ただ、侍百人大将には凛々く綺麗な女性が多いな、くらいに思っていただけだった。
「うむ。人に話すような話ではないのじゃが、何故じゃろう。聞いて欲しいと思う自分がいるのじゃ。死を前にして何かを残したつもりになりたいのかの……我ながらさもしいことじゃ」
「ボクも似たようなものさ。自分がこんなに女々しい人間だったなんて思いもしなかった」
「女々しい、とは?」
「いや、忘れてくれたまえ。いや、時間があればキミの話の後にでも語ろうか」
「そうか」
彼女にとって、ソルトは運命の相手なのだそうだ。
でも、彼女は国を捨てる事まではできず、再び会うことを約束して戦争の為にイースタールに戻ったのだと言う。
なら、ボクは勝てるかも知れない。
「わしの話を聞いて、何故お主は微笑むのじゃ」
「いや……ボクにも勝ち目があるかなと思ってね」
「ん?」
「実はね。ボクは……いや、ボクもソルトの事が好きなんだ」
「な、なんじゃと」
それからボクは、ボクがどうして彼に惹かれていったのかをミツキに話した。
ボクが知らないソルトの話を聞かされた鬱憤ばらしだ。
ボクとソルトとの関係は、ミツキには全然及ばないものだけど、ボクは我ながらバカらしいのだけど、少し盛って話したのだ。
「と、言う事があったのさ。そして、ボクにもソルトとの約束がまだあってね」
「おぼこには負けんよ」
「なっ……ボ、ボクはこれでも今の所はお姫様をやっててね。それがお役御免になったらソルトに貰ってもらうんだ。だから純潔と言われても構わない。いや、むしろ純潔をあげる事の出来なかったキミよりも良いとさえ思えるね」
「な、わ、わしは、わしはソルトにわしの純潔を捧げたのじゃ」
「どうだか。ぷっ、くくく」
「本当じゃぞ、な、何を笑っておる……ふっ、ふふっ」
「そっちこそ」
こんな状況で、一人の男の取り合いを本人不在でしてるなんて。《賢者》らしからぬ、聖王国の姫らしからぬ事態に、ボクは自分に呆れて笑うしかなかった。
まるで普通の女の子じゃないか。
「ボクは生き残るよ」
「うむ。わしも気力が戻ってきたのじゃ」
「そしてソルトはボクが貰う」
「いや、わしのものじゃ」
「さっきまで諦めてたくせに」
「むう」
ここは四階層。
行きに通った時よりも魔物が強化されているようだ。死霊系の魔獣までが跋扈し、ボクら冒険者にとっては正に地獄のようなエリアに変化している。
超大空洞に入る手前で二頭犬骸骨に手酷くやられて、とてもじゃないけど、超大空洞は二人だけでは通り抜けられないと、ミツキと二人、物陰に隠れて座って諦めていたのだ。
でも。
「ボクはやっとボクになれたような気がするよ」
「わしもようやっと己を取り戻した実感が湧いてきたのじゃ」
「ボクは賢者だ。ボクはボクが知りたい何もかもを追求する。まずはソルトの事をもっと知るよ!」
「だ、駄目じゃ。隷属魔法の事をちゃんと說明して、わしがソルトの元に戻るのじゃ」
「そんな魔法なんてないよ」
「!?」
「って賢者であるボクが言ったらどうなるかな。くくくっ」
「そ、それはなんと酷い」
「あはははは……ふぅ。いいかい、ミツキ? ボクはもう何発も魔法を撃つことはできない。でも、魔法をちゃんと発動する時間を稼いでくれたら、何回かは道を切り開けると思う」
「うむ。マルメルよ、任せるのじゃ」
「マルン」
「ん?」
「ボクの本当の名前はマルンって言うんだ」
「……分かった。マルン、生きてソルトに会おうぞ」
「ああ」
そうして、ボクとミツキは、意を決して超大空洞に足を踏み入れたのだった。
そして、生き残る、と言う思いの強さだけではどうにもならない現実を知る事になった。
まあね。もとより、本当に生きてソルトに会えるなんて本気で思ってた訳じゃなかった。
最後の悪足掻きにソルトへの想いを巻き込んで、ボクが死ぬ時に彼を感じていたいと思っただけだ。
そしてそれはミツキも同じだったんだろう。
「ぐうっ……た、立て。立つんじゃマルン!」
倒れたボクを庇って、ミツキがその背中で鷲獅子の死霊の吐き出す冷気を受け止めている。
「ミツキ、だけ、でも、行って……ソル、トに、よろし、く……」
「バカ者っ、その程度の想いでわしと、張り合って、たのか」
ミツキももう、限界のようだ。
でも、ミツキは何故か笑みを浮かべている。
そして、ボクも、たぶん、ソルトを想って……
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