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ウイスキー
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「鑑定を頼みたい」
その男は、ギルドの薄暗い室内をすいすいと歩いてカウンターまでやって来くると、幾つかの石を取り出してからそう言った。
「あんた、これはどこで手に入れたんだ?」
「鑑定を頼みに来たのだがな」
「詮索無用ってか……ちと数が多いな。少し時間をくれ」
「ここで待たせてもらっても?」
「ああいいぜ。ただじゃねえが何か飲むか?」 「では水割りを一杯貰おうか」
「なんでもいいか?」
「選べるのならマッカランを」
「あんなうめえもん、この世界にありゃしねえよ。適当に作ってやるからそっちに座っててくれ」
男は小さく頷くと、空いてる椅子に座った。
カウンターの男、このギルドのマスターであるギフは、石の鑑定ができる別の男、ガロを呼び出してそれを任せると、棚からロックグラスと、この世界では美味いほうだと思う高級な酒を取り出して、シングルの分量をきっちり計ってグラスを完成させた。彼の言う「適当」のレベルはかなり高いようだ。
ギフに呼ばれてやって来たガロに、更に呼ばれて降りて来たノーラに、テーブルで待つ男へ完成したグラスを持って行かせる。
氷を創り出す魔導具もあるらしいのだが、このギルドにはない。いつか手に入れることができたら、まずはロックでウイスキーを味わってみたいものだ。
カラン……ちゃぽん……
暗闇の中で、何かが水の中に落ちた音が聞こえた。
おいおいおいおいおい……あの男、もしかすると氷を入れたんじゃねえのか。
ガタっと音を立ててギフが立ち上がるも、男は特に反応することなくグラスを回す。
カラン……
またもや懐かしい音が小さく鳴り響いた。
この世界にだって氷は存在する。ただ、この地域では氷屋が少ないので、氷を使うことは難しい。特に自然に出来た氷の保管場所はかなり離れたところにある為、街ではかなりの高級品となる。
その他には、先程ギフが懸想したように、魔導具で氷を創り出すことができるのだが、それは魔鉱窟の深い層でたまにしか出ないレアな物だ。
「よく持ち出せたな……いや、そもそもよく手に入れられたもんだ」
「運がよかっただけだ」
カウンターを出て近付いてきたギフに見えるように、男は小さなアンティーク雑貨のような物をテーブルに置いた。
上の受け皿に小さな魔石を置き、それを下に軽く押し込むと、下の四角く開いた部分に氷が現れた。
「グラスを」
男がそう言うと、ギフは慌ててカウンターに戻り、そしてグラスを持って来た。
そこにカランっといい音を立てて氷が落ちた。そして魔石を押す仕草をして、ギフに使えと促す。
「いいのか?」
ギフの問いかけに男はグラスを持ち上げて答えた。
ギフはウイスキーの瓶と計りを持ってきて、氷を追加したグラスに六〇ccの琥珀色の液体を注ぎ入れた。
先に入れてあった氷が溶けて、ウイスキーとグラスが少しひんやりとする。魔導具を使わせてもらい、そこに追加の氷を三つ入れさせてもらった。
「「乾杯」」
グラスを当てることなく、軽く持ち上げて乾杯した。
そして、徐ろにグラスを口に近付け、ひんやりとした香りを楽しむ。
それから一口飲み込んで、冷えたアルコールが口内に、喉に、腹に流れていくのを楽しむ。
「っっっっっくあ~~~~!」
「美味いな」
「っああ、冷えてるとやっぱ違うな」
それ以上は特に何も話さず、少しずつ飲みながら、薄暗闇の中、静かな時間を過ごした。
やがてガロがギフと男を呼ぶ声が届くまで。
「ルビーが一つ、ガーネットが七つ、大きい魔石が三つ、ミスリルが三つだ」
カウンターの上で石を別けて置いてあり、それぞれを指差ししながら石の名称をガロが伝えた。
「だそうだ。全部売ってくれるんなら鑑定料込みで……」
「金貨七〇枚」
「だそうだ」
「ではそれで頼む」
「そっちの氷を創り出す魔導具なら金貨百枚出すけど」
「おいガロ……いや、聞くだけは聞いてみた方がいいか。どうだい、もしよければそいつを俺に売ってくれねえかい?」
「売る相手が既にいるのか?」
「いや、そいつは俺個人で買い取りてえ」
「ちょっ、ギフ、そりゃずりぃ、ってかあんたそんなに持ってんのかよ」
「うるせえ。で、どうだ?」
「売って稼ごうという訳ではないんだな?」
「ああ、約束するぜ」
「では一つ譲ろうか」
「「えっ!?」」
「譲ろうかと言ったのだが」
「ま、マジでか! お、おう、すぐに金を持ってくる。少しだけ待っててくれ!」
「ああ」
相手の気が変わらぬうちに早く手に入れなければ! ギフは慌てて階段を駆け上っていった。
「先に聞いたのは俺だったんだけど……でも、あんた本当に良かったのかい?」
「ああ」
「そうか……っと、俺も金貨七〇枚用意しないとな」
「頼む」
自分が、こんな大人なやり取りをできるだなんて思いもしなかった。ギフもガロもいい感じで相手をしてくれたし、ノーラがガロに小声で石の鑑定について教えてもらってる場面は、普段、フトーとしてここに来た時には見れなかった光景だった。
まあ、僕に人徳と威厳がないからなんだろうな。
……もういっそヒヤミとして生きていこうかな。
その男は、ギルドの薄暗い室内をすいすいと歩いてカウンターまでやって来くると、幾つかの石を取り出してからそう言った。
「あんた、これはどこで手に入れたんだ?」
「鑑定を頼みに来たのだがな」
「詮索無用ってか……ちと数が多いな。少し時間をくれ」
「ここで待たせてもらっても?」
「ああいいぜ。ただじゃねえが何か飲むか?」 「では水割りを一杯貰おうか」
「なんでもいいか?」
「選べるのならマッカランを」
「あんなうめえもん、この世界にありゃしねえよ。適当に作ってやるからそっちに座っててくれ」
男は小さく頷くと、空いてる椅子に座った。
カウンターの男、このギルドのマスターであるギフは、石の鑑定ができる別の男、ガロを呼び出してそれを任せると、棚からロックグラスと、この世界では美味いほうだと思う高級な酒を取り出して、シングルの分量をきっちり計ってグラスを完成させた。彼の言う「適当」のレベルはかなり高いようだ。
ギフに呼ばれてやって来たガロに、更に呼ばれて降りて来たノーラに、テーブルで待つ男へ完成したグラスを持って行かせる。
氷を創り出す魔導具もあるらしいのだが、このギルドにはない。いつか手に入れることができたら、まずはロックでウイスキーを味わってみたいものだ。
カラン……ちゃぽん……
暗闇の中で、何かが水の中に落ちた音が聞こえた。
おいおいおいおいおい……あの男、もしかすると氷を入れたんじゃねえのか。
ガタっと音を立ててギフが立ち上がるも、男は特に反応することなくグラスを回す。
カラン……
またもや懐かしい音が小さく鳴り響いた。
この世界にだって氷は存在する。ただ、この地域では氷屋が少ないので、氷を使うことは難しい。特に自然に出来た氷の保管場所はかなり離れたところにある為、街ではかなりの高級品となる。
その他には、先程ギフが懸想したように、魔導具で氷を創り出すことができるのだが、それは魔鉱窟の深い層でたまにしか出ないレアな物だ。
「よく持ち出せたな……いや、そもそもよく手に入れられたもんだ」
「運がよかっただけだ」
カウンターを出て近付いてきたギフに見えるように、男は小さなアンティーク雑貨のような物をテーブルに置いた。
上の受け皿に小さな魔石を置き、それを下に軽く押し込むと、下の四角く開いた部分に氷が現れた。
「グラスを」
男がそう言うと、ギフは慌ててカウンターに戻り、そしてグラスを持って来た。
そこにカランっといい音を立てて氷が落ちた。そして魔石を押す仕草をして、ギフに使えと促す。
「いいのか?」
ギフの問いかけに男はグラスを持ち上げて答えた。
ギフはウイスキーの瓶と計りを持ってきて、氷を追加したグラスに六〇ccの琥珀色の液体を注ぎ入れた。
先に入れてあった氷が溶けて、ウイスキーとグラスが少しひんやりとする。魔導具を使わせてもらい、そこに追加の氷を三つ入れさせてもらった。
「「乾杯」」
グラスを当てることなく、軽く持ち上げて乾杯した。
そして、徐ろにグラスを口に近付け、ひんやりとした香りを楽しむ。
それから一口飲み込んで、冷えたアルコールが口内に、喉に、腹に流れていくのを楽しむ。
「っっっっっくあ~~~~!」
「美味いな」
「っああ、冷えてるとやっぱ違うな」
それ以上は特に何も話さず、少しずつ飲みながら、薄暗闇の中、静かな時間を過ごした。
やがてガロがギフと男を呼ぶ声が届くまで。
「ルビーが一つ、ガーネットが七つ、大きい魔石が三つ、ミスリルが三つだ」
カウンターの上で石を別けて置いてあり、それぞれを指差ししながら石の名称をガロが伝えた。
「だそうだ。全部売ってくれるんなら鑑定料込みで……」
「金貨七〇枚」
「だそうだ」
「ではそれで頼む」
「そっちの氷を創り出す魔導具なら金貨百枚出すけど」
「おいガロ……いや、聞くだけは聞いてみた方がいいか。どうだい、もしよければそいつを俺に売ってくれねえかい?」
「売る相手が既にいるのか?」
「いや、そいつは俺個人で買い取りてえ」
「ちょっ、ギフ、そりゃずりぃ、ってかあんたそんなに持ってんのかよ」
「うるせえ。で、どうだ?」
「売って稼ごうという訳ではないんだな?」
「ああ、約束するぜ」
「では一つ譲ろうか」
「「えっ!?」」
「譲ろうかと言ったのだが」
「ま、マジでか! お、おう、すぐに金を持ってくる。少しだけ待っててくれ!」
「ああ」
相手の気が変わらぬうちに早く手に入れなければ! ギフは慌てて階段を駆け上っていった。
「先に聞いたのは俺だったんだけど……でも、あんた本当に良かったのかい?」
「ああ」
「そうか……っと、俺も金貨七〇枚用意しないとな」
「頼む」
自分が、こんな大人なやり取りをできるだなんて思いもしなかった。ギフもガロもいい感じで相手をしてくれたし、ノーラがガロに小声で石の鑑定について教えてもらってる場面は、普段、フトーとしてここに来た時には見れなかった光景だった。
まあ、僕に人徳と威厳がないからなんだろうな。
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