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第二話:脳を焼く成功体験
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『Beta Log』を手にした日の翌朝。
直樹は震える指先で、証券口座を開いていた。そして『信用取引』の申請ボタンをタップした。
手持ちの資金を担保に、約3倍の金額を動かす。失敗すれば、借金すら背負いかねない。文字通り、人生を賭けた勝負。
これが、一晩考えた末に出した、直樹の結論だった。
心臓の鼓動が耳元でうるさく響く。仕事中も、スマホの通知が気になってまともに手がつかなかった。
「おい宮代、また手が止まってるぞ! さっさとリスト回せよ!」
上司の罵声が飛ぶ。いつもなら胃がキリキリ痛む場面だが、今の直樹の頭の中は株価のチャートで一杯だった。
(黙ってろ。今に見てろよ……)
心のどこかで、今までにない反骨心が芽生え始めていた。
そして、午後。
運命のニュースがスマートフォンの通知を揺らした。
『【速報】ナノ・フロンティア社、企業合併を電撃発表。合併するのは──』
その瞬間、画面上のチャートが垂直に跳ね上がり、やがて止まった。いわゆる「ストップ高」だ。一日あたりの上昇上限に到達したのだ。
「マジかよ……。本当に、ログの通りだ」
直樹はトイレの個室に駆け込み、証券アプリの画面を凝視した。あの一瞬だけで12万円が19万円に増えている。
数分前まで「明日の飯代」を気にしていた自分が、今の一瞬だけで7万を稼いでしまった。
もし、あの『Beta Log』にある情報の全てが本物だとしたら。もし、こんな取引を何度も繰り返せるとしたら。想像するだけで興奮が収まらない。
だが、驚くのはまだ早かった。その後も二日目、三日目と、株価は最高値を更新し続けていった。
「……おいおい、嘘だろ」
仕事中、トイレの個室に駆け込み、証券アプリの画面を更新する直樹は、一人呟いていた。
前日比プラス20%、さらに翌日もプラス20%……。
複利とレバレッジの暴力が、12万円という端金を、数十万円、そして百万円という塊へと変えていく。このままいけば、たった数日で年収を優に超える金額を手にしてしまう勢い。
その事実に、脳を焼くような強烈な快感が駆け巡る。これまでの惨めな人生が、たった一つの「情報」で書き換えられていく。
とその時、スマートフォンからピロンと明るい通知音が鳴り響いた。
[素晴らしい判断です! 資産の増幅を確認しました]
[現在、あなたの人生は「理想のタイムライン」と8%同期しています。この調子で、最高の自分を目指しましょう]
別にアプリに親近感が湧いた訳ではないが、ここまで褒められて悪い気はしない。というか、まだこれで8%なのか?嘘だろ?これから先、俺の人生はどこまで成功の道を歩んでいくって言うんだ。
そんな想像をしながら、直樹の心臓は再び熱を帯びて高鳴っていた。
その後も直樹は『Beta Log』を使って大きな取引を繰り返し、一週間も経つ頃には既に資産は300万円に到達していた。
あの日、初めて『Beta Log』が起動してから、アプリの画面には常にこう表示されている。
[次の情報をお待ちください]
[次回のアップデートは14時間52分後です]
[アップデート間隔 - 72時間ごと(0時更新)]
この表示の通り、三日置き、かつ日が変わるタイミングで『Beta Log』には新たな記録が追加され続けていた。その中には仕事に関するログも含まれていた。
この1週間で株取引の成功を繰り返すことで自信を得た直樹は、この情報も参考にすることにした。
結果は、圧倒的だった。
直樹が勤める広告代理店で、誰もが「絶対無理だ」と諦めていた超大手飲料メーカーのコンペ。その「正解」となる企画書の内容と、担当者が最も喜ぶ接待の場所、そしてライバル会社の致命的なミスの内容。こんなの、失敗する方が難しい。
[New Achievement!]
[年収1,000万円相当のスキルをアンロックしました]
また何か表示されている。要するに今の行動を続けていけば年収1,000万円に到達できる。こんなにも簡単に。最高の人生はきっともう、手の届く所にある。
これまでの成功体験は、彼の平凡な日常を急速に塗り替えてく。彼は、望むことを全て叶えることが可能だという全能感に満たされていった。
もう直樹の瞳からは、かつての弱々しさは消えている。
彼は『Beta Log』に書かれていることが、これまでの単調だった人生を一気に覆す確固たる情報であると確信していた。
自分の人生を「アップデート」する。
それも、最高の人生に。
平凡な”俺”は、最高の”俺”になる。
直樹は震える指先で、証券口座を開いていた。そして『信用取引』の申請ボタンをタップした。
手持ちの資金を担保に、約3倍の金額を動かす。失敗すれば、借金すら背負いかねない。文字通り、人生を賭けた勝負。
これが、一晩考えた末に出した、直樹の結論だった。
心臓の鼓動が耳元でうるさく響く。仕事中も、スマホの通知が気になってまともに手がつかなかった。
「おい宮代、また手が止まってるぞ! さっさとリスト回せよ!」
上司の罵声が飛ぶ。いつもなら胃がキリキリ痛む場面だが、今の直樹の頭の中は株価のチャートで一杯だった。
(黙ってろ。今に見てろよ……)
心のどこかで、今までにない反骨心が芽生え始めていた。
そして、午後。
運命のニュースがスマートフォンの通知を揺らした。
『【速報】ナノ・フロンティア社、企業合併を電撃発表。合併するのは──』
その瞬間、画面上のチャートが垂直に跳ね上がり、やがて止まった。いわゆる「ストップ高」だ。一日あたりの上昇上限に到達したのだ。
「マジかよ……。本当に、ログの通りだ」
直樹はトイレの個室に駆け込み、証券アプリの画面を凝視した。あの一瞬だけで12万円が19万円に増えている。
数分前まで「明日の飯代」を気にしていた自分が、今の一瞬だけで7万を稼いでしまった。
もし、あの『Beta Log』にある情報の全てが本物だとしたら。もし、こんな取引を何度も繰り返せるとしたら。想像するだけで興奮が収まらない。
だが、驚くのはまだ早かった。その後も二日目、三日目と、株価は最高値を更新し続けていった。
「……おいおい、嘘だろ」
仕事中、トイレの個室に駆け込み、証券アプリの画面を更新する直樹は、一人呟いていた。
前日比プラス20%、さらに翌日もプラス20%……。
複利とレバレッジの暴力が、12万円という端金を、数十万円、そして百万円という塊へと変えていく。このままいけば、たった数日で年収を優に超える金額を手にしてしまう勢い。
その事実に、脳を焼くような強烈な快感が駆け巡る。これまでの惨めな人生が、たった一つの「情報」で書き換えられていく。
とその時、スマートフォンからピロンと明るい通知音が鳴り響いた。
[素晴らしい判断です! 資産の増幅を確認しました]
[現在、あなたの人生は「理想のタイムライン」と8%同期しています。この調子で、最高の自分を目指しましょう]
別にアプリに親近感が湧いた訳ではないが、ここまで褒められて悪い気はしない。というか、まだこれで8%なのか?嘘だろ?これから先、俺の人生はどこまで成功の道を歩んでいくって言うんだ。
そんな想像をしながら、直樹の心臓は再び熱を帯びて高鳴っていた。
その後も直樹は『Beta Log』を使って大きな取引を繰り返し、一週間も経つ頃には既に資産は300万円に到達していた。
あの日、初めて『Beta Log』が起動してから、アプリの画面には常にこう表示されている。
[次の情報をお待ちください]
[次回のアップデートは14時間52分後です]
[アップデート間隔 - 72時間ごと(0時更新)]
この表示の通り、三日置き、かつ日が変わるタイミングで『Beta Log』には新たな記録が追加され続けていた。その中には仕事に関するログも含まれていた。
この1週間で株取引の成功を繰り返すことで自信を得た直樹は、この情報も参考にすることにした。
結果は、圧倒的だった。
直樹が勤める広告代理店で、誰もが「絶対無理だ」と諦めていた超大手飲料メーカーのコンペ。その「正解」となる企画書の内容と、担当者が最も喜ぶ接待の場所、そしてライバル会社の致命的なミスの内容。こんなの、失敗する方が難しい。
[New Achievement!]
[年収1,000万円相当のスキルをアンロックしました]
また何か表示されている。要するに今の行動を続けていけば年収1,000万円に到達できる。こんなにも簡単に。最高の人生はきっともう、手の届く所にある。
これまでの成功体験は、彼の平凡な日常を急速に塗り替えてく。彼は、望むことを全て叶えることが可能だという全能感に満たされていった。
もう直樹の瞳からは、かつての弱々しさは消えている。
彼は『Beta Log』に書かれていることが、これまでの単調だった人生を一気に覆す確固たる情報であると確信していた。
自分の人生を「アップデート」する。
それも、最高の人生に。
平凡な”俺”は、最高の”俺”になる。
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