タロットダイバー

夏沢誠

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ダイビング・スプレッド

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 星鏡はテーブルに並べられたカードを眺め、そのうちの『曲馬団の8』に目をやった。
 そのカードには青い顔をして生気のない眼をしたテオドラが、火炎輪が飛んでいる中、動物が変化へんげした自転車に乗って綱渡りをしている姿が描かれていた。テオドラは曲馬団の一味と化してしまっていた。舞台では老音楽家が蒸気オルガンを演奏していた。
「『曲馬団の8 別名、暗黒サーカスの一夜』です。ものどもが蝟集してきているようです」と男が言った。
 星鏡は続けて傭兵の8を見た。
 そこの絵では、すでに憐れなパパリサが木に吊るされていた。戦功を吹聴し合っていた三人の傭兵たちの一人が胸から血を流して倒れていた。残りの二人は互いに剣を抜き、決闘の最中だった。
「『傭兵の8 別名、戦争の惨禍 奇妙な木』です。多くの人間が吊るされているでしょう」
「怖ろしい」と星鏡は『傭兵の8』を見て呟いた。
「怖ろしい? これはあなた方、人間の真実の姿ですよ。いいですか。タロットと同じようにこのカードは生々流転しています、人間界が悪い方へ悪い方へ生々流転するように。彼女もこれからどうなるかわかりません」
 そう言って男は『傾城』を目で示した。そこには小乙女がいる。男は、それから『暗君』に目を遣った。
『暗君』では死んだ目をし、太った皇帝がご馳走をむしゃむしゃと食べている絵が描かれていた。
「民が飢えているというのに、政に関心を持たず、寵姫と酒に溺れ、ただただ快楽に浸っているようです。そのうちに大変なことになります。昨日までは良き隣人、しかし、明日はどうなることやら」
 そう言って、男は低く笑うと、『傾城』と『暗君』の上に『革命』と『恐怖政治』のカードを放った。
「急がなければなりません。そうでなければ小乙女女史の身に何が起きるかわかりません」
躊躇ためらってる時間はなさそうだ」
 そう言うと星鏡はテーブルのカードの上に両手をかざした。星鏡は目をつぶり、意識を手の平に集中させた。手の平にカードから発し始めた冷たい青白い光を感じる。スプレッドの発光現象が始まった。
 スプレッドの発光は、優秀なタロティストが占えば、ケルト十字法やヘキサグラム・スプレッド、ホロスコープ・スプレッドなどでもたびたび確認される現象だが、ダイビング・スプレッドではほぼ発光する。クロウリーの光だ。ダイビング・スプレッドではさらにカードの浮遊現象も発生する。もちろん、このスプレッドを使えるのは最も優れたタロットダイバーだけだ。
 やがて、カードたちがテーブルの上を反時計周りにぐるぐると回転し始めた。やがて『夢』のカードがふわりと浮くと、他のカードもそれに続いて浮き始めた。カードたちは螺旋を描きながらテーブルの上をぐるぐると飛び回り始める。青白い光の中を蝶が舞い、その周りに無数のオーヴが発生し、飛び交い始める。
「ダイビング・スプレッド・スパイラル……」
 男がフードの下で驚愕の表情を浮かべ、呟いたのが、光の加減で窺える。
 ダイビング・スプレッドにはいくつかバリエーションがある。ダイビング・スプレッド・グレートサークル、小サークルなどだ。スパイラルはその中の一つだ。それぞれ特性があり、占う内容によって使い分ける。男は星鏡がスパイラルを使うとは思ってもいなかったようだ。
 体が、指先、そして手、腕と、螺旋を描き回って飛んでいる蝶の群れに引きずり込まれていくのを感じる。それと同時に体が軽くなっていく。強い風が吹き始めた。風の音に混じって、遠くの方から赤い男の声がかすかに聞こえてきた。
「あなたに三枚だけカードを授けましょう。主からです。向うの世界で困ったことがあれば、そのカードをお使い下さい。何かあったときにはきっとあなたを助けるでしょう」
 風の勢いが強くなっていったので、声は最後まで聞こえなかった。
 ピクシーと同じことをやれ。
 ピクシーのやったこと。それはタロット世界から一枚の空白のカードを持ち帰ったことだけだ。だが、それはそれまで誰もなしえなかった。また、それ以降もピクシー以外誰もなしえてない。それと同じことを未知のカード世界で自分はやらなければならない。自分にそれができるだろうかという不安がよぎる。
 強風を小手で避けながら星鏡は前を見てみた。前方に無数のオーヴとカードが星雲のように渦を巻いているのが見える。
 星鏡の身体がそちらへ吸い込まれていた。星鏡はくうを飛んでいた。身体がグラグラしだしたかと思うと、きりもみを始めた。星鏡は必死に両手両足を広げ風を操ろうとした。体勢が徐々に水平を取り戻していった。強風でめまいすらも吹き飛ばされる。
 黄金色に輝くダチョウの卵が星鏡の身体の側を風切り音を残して次々とかすめていく。オーヴだった。カードが群れをなして飛んでいる中を星鏡も一緒に飛んでいた。巨大なカードが星鏡の耳もとをびゅんびゅんとかすめていく。上下左右を見てみると、無数のカードが回遊魚のように円を描いて飛んでいた。魔法の絨毯のようにそれに乗って空を飛べそうなほどにまでカードは大きくなっていた。渦の外を見ると、山のような巨人となった赤い男がフードから驚愕の表情を浮かべてこちらを見ていた。
 男から見れば、星鏡がオーヴとカードの渦へと小さくなって吸い込まれ、その中を飛んでいるように見えるはずだ。
 星鏡は辺りを見回し『夢』のカードを探した。カードは表を向いて飛んでいるものもあれば裏を向けて飛んでいるものもある。しばらくカードたちと一緒になって飛んで、上下左右を見回していると、下の方に『夢』を見つけた。星鏡はスカイダイビングのように風を操り、『夢』に近づいていく。『夢』がどんどんと迫ってくる。星鏡は『夢』の上を平行に飛んだ。ナイトキャップをかぶり、スヤスヤとベッドで眠っている男の姿がよく見える。男は星鏡が近づいていることなどまったく気がつかない。星鏡はそれに徐々に近づいていき、寝息が聞こえそうなぐらいまで近くになった。指先がカードに触れると、スッとカードの中へ入っていった。指先だけではない、つま先も、身体全体がカードへと沈むように入っていった。
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