タロットダイバー

夏沢誠

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トリップゲーマー

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 星鏡は背筋が凍りついた。何か重いものを引きずってるような音も聞こえる。星鏡は思い切り振り返った。するとそこにベッドに寝ていた男が斧を片手で引きずって立っていた。男は小太りで頭髪はもじゃもじゃだった。男はぷるぷると震えながらこちらを憎しみのこもった眼付きで睨んでいた。先ほどは深い枕に頭を沈め、ナイトキャップをかぶっていたので気づかなかったが、男は耳にはコード付きのイヤホンを差し、頭には電極コードがいくつも取り付けられていた。これらのコードはベッドの頭側に設置してあるモニターに繋げられていた。モニターには美少女が画面外へ向かって何かしゃべっていた。男が乱暴に耳からイヤホンを引っこ抜いて床に放った。イヤホンから、『先輩、わたし、先輩のこと、ずっと前から好きだったんです……』という美少女の声が漏れきた。
「トリップゲーム…」と星鏡はイヤホンとモニターの中の美少女を交互に見つめ呟いた。
 トリップゲームというのは、頭に電極プラグを差込み、現実と見まがうばかりのゲーム夢をプレーヤーに見せる、非常に没入感の強いゲームだ。ゲーム廃人を大量生産している。
「おまえは誰だ? いきなり現れてきやがって。よくも、おれのゲームの邪魔をしてくれたな。いいとこだったのに」
 そう言って、男は斧の柄を握る手に力を込めていった。
「いや、おれだって、自分がどうしてここにいるのか、わからないんだ」と星鏡は弁明した。
「ふん、わかってる。お前は引き出し屋だろう。おれをこの部屋から引きずり出して、どこか施設へ連れ去ろうとしてるんだ。おれはどこも行かない!」
「いや、違う。さっき言った通り、どうして、こんなところにいるのか自分でもわからないんだ」
「ふん、とぼけやがって。人権侵害だぞ、こういうの。弁護士呼ぶからな」
 そう言うと男は斧を大きく振り上げた。星鏡は足がすくみ、手をぎゅっと握った。と、自分の手の中にカードがあることに気がついた。星鏡が手元に目を落とすと、そこには三枚のカードが握られていた。
「いいか、おれのゲームの邪魔をすると、どうなるのか。教えてやる」
 そう言って男が星鏡に斧を振り下ろした。星鏡は、本能的にそれをぎりぎりでかわした。
ドシッと斧が床板に突き刺さる音が響いてきた。
 一撃をかわしたものの、まだ星鏡には事態が呑み込めていなかった。床に手をついて、目をぱちくりさせているだけだった。男が懸命になって床から斧を引き抜こうとしている。星鏡は跳ね起き、眼の前の男から慌てて逃れようとした。壁、クローゼット、小テーブルの横を走り抜けると、ドアがあった。星鏡はドアを一気に開けた。その途端、強い風が部屋へ吹き込んできた。ドアの向うは青空だった。星鏡は危うくドアの敷居に踏みとどまった。足元を見ると、地上は遙か下だ。風が耳元で唸っている。背後からハァハァゼィゼィと、男の息を切らした声が聞こえてくる。振り返ると、男は床から引っこ抜いた斧を引きずってこちらへやってきた。
「このお、こんなに体力を使わせやがって。ぜったい、許さない」
 そう言って男は斧を持ち上げようとしたが、先ほどの一撃で体力を使い果たしたせいか、ウーンと唸ってるばかりで、それができなかった。
 星鏡は振り直った。眼の前には相変わらず青い空が広がり、強い風が吹いている。ふと、星鏡は、自分が風に乗ってここまで来たような気がした。まるで竜巻に巻き上げられてオズの国にまで飛ばされたドロシーのように。星鏡はゆっくりと自分の手に握られているカードを見つめてみた。一番の上のカードには翼竜の絵が描かれていた。その翼竜は銜をかまされており、背にはあたかも人間の主人を乗せるためかのように鞍と手綱が据えてあった。それを見ると、星鏡に、自分がどうしてここにいるのかが徐々に脳裏に浮かび上がってきた。山のような巨人になった赤い男の驚いた顔、風に乗って飛びまわっているカードたち、そこを泳ぐ星鏡。
 そうだ。星鏡は思い出した。ここはグレートリングカードの世界だ。
 星鏡は翼竜のカードを空に向かって投げつけた。中空でカードは目も眩むばかりに光輝くと、そこに一頭の翼竜が現れた。絵に描かれていたやつと一緒だ。星鏡は残り二枚のカードをポケットにしまうと、行くぞ、と叫んで、全身を大の字にして空へ飛んだ。すると、翼竜は、星鏡に答えるように、一声鳴くと、落ちていく星鏡を下からすくい上げるように旋回して飛んできた。星鏡は鞍に尻から落ちると、手綱を握った。そして、翼竜を操り空を飛んだ。顔を上げると、小さな一軒家が空に浮かんでいた。開いたドア口に男が立って、何か叫んでいた。
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