存在証明

チョコタロウ

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証明された一日目

指輪

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「おはようございます!」

返事はなかった。
――わかっていたことだ。
それでも、口に出さずにはいられなかった。

街は静かだった。

風の流れ。
遠くの足音。
店の扉が、きしむ気配。

それらを無意識に拾い上げ、危険がないことを確かめてから、ようやく肩の力を抜く。

彼の名は、むと。十八歳。
城下町の片隅で暮らす、ごく普通の青年だ。
――少なくとも、本人はそう思っている。

歩きながら、ふと思い出す。
今日は給金の支給日だったはずだ。

胸の奥が、わずかに軽くなる。

「……悪くない日だ」

小さくつぶやき、拳をきゅっと握る。
働き始めて半年。
慣れない仕事に悪戦苦闘しながらも、投げ出さずにやり切った。

快晴の空の下、むとは城下町の石畳を進む。

目的地は、古くからこの町で評判の店。
時計や装飾品、由来のよくわからない古物ばかりを扱う、少し変わった店だ。

半年前。
壊れかけていた指輪を、この店に預けた。

修理には時間がかかる、と言われたが――
なぜか今日になって、「取りに行かなければならない」と思った。

理由はわからない。
だが、その感覚だけは疑いようがなかった。

木製の扉を押し開けると、鈴が小さく鳴る。
静かな空気が、外の喧騒を遮断した。

「いらっしゃいませ」

年老いた店主の声。

むとは軽く会釈し、言葉を探す前に視線を店内へ巡らせる。

――あった。

ガラスケースの隅。
預けたときと同じ場所。
目立たず、しかし確かに存在している一本の指輪。

細身の銀色。
装飾も、刻印もない。

見た瞬間、胸の奥が、微かに軋んだ。

「……直った、んですね」

「ええ。今朝ほど」

店主は、ゆっくりとうなずいた。

「正確には――
 “戻ってきた”と言ったほうが、よろしいかもしれません」

「戻ってきた?」

問い返すと、店主はむとの左手を一瞥し、意味ありげに微笑んだ。

「持ち主のところへ、です」

「ああ、なるほど! うまいことをおっしゃりますね」

そう言って、むとは指輪を受け取り、指にはめた。

その直後。

轟音が、世界を引き裂いた。



「――っ!?」

爆風が店内を蹂躙し、視界が白に染まる。
次の瞬間、凄まじい衝撃が全身を貫き、むとの体は宙を舞った。

床に叩きつけられ、息が詰まる。
瓦礫が散り、煙が視界を塞ぐ。
火薬のにおいが鼻をつんざく。

「……冗談、だろ……」

意識が遠のく前触れのように、視界が歪む。
床が傾き、上下の感覚が失われる。

「あ……、まず……」

そして、世界は音もなく暗転した。

目が覚めたとき、最初に視界に入ったのは――
近すぎるほど近い、赤い瞳を持つ、白い髪の子だった。

背は高く、すらりとした体つき。
吐息が触れそうな距離で、瞬きをすれば睫毛が触れるほどの至近にいる。

「……起きましたか」

低い声。
だが、その奥に、隠しきれない緊張。

身を引こうとして、できなかった。
体が重い。
それ以上に、状況がわからない。

「……君が、助けてくれたの?」

その一言で、彼女の表情が凍りついた。

「……え?」

彼女はすぐに距離を詰め、むとの両肩を掴む。
逃がさないというより、確かめるための力。

「冗談ですよね?」

「……ムト。私です。わかりますよね?」

名前を呼ばれても、何も引っかからない。

「……悪い。本当に、わからない」

沈黙。
少女の呼吸が、浅くなる。

「……そんなはず、ない……」

震える指先が、額、頬、喉元へ。
存在を確かめるように。

「……名前も?」

「……思い出せない」

少女は唇を噛みしめ、額を彼の額に軽く当てた。

「……あ」

「なにかあった?」

「指輪が、完全に起動しています」

低い声。
苛立ちと、焦り。

「本来なら、もっと段階があるはずなのに……
 記憶から削られるなんて……」

名前も、過去も、霧の向こう。

それでも、この距離だけは失いたくなかった。

「ごめんな……」

少女は、即座に首を振る。

「……いやです」

「あなたは、消えていい人じゃない」

守るような位置。
かつて何度も、こうして彼を現実に繋ぎ止めてきたかのように。

一呼吸置き、彼女はそっと彼の薬指に触れた。
銀の指輪が、微かに脈打つ。

「名前が消えても、
 記憶が欠けても……」

はっきりと言う。

「あなたの“存在”までは、
 まだ――奪わせません」

―――――――――――――――――――
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