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証明された一日目
追手
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「急いで! 軍が追ってきています!」
そう叫びながら、彼女はどこからか馬を引き出してきた。
有無を言わせぬ勢いで、ムトは彼女の前へ引き寄せられる。
「後ろに乗って!」
次の瞬間、彼女は鞍に跨り、ムトの腕を強く引いた。
言われるまま、背後にしがみつく。
彼女の手のひらは荒れていた。
剣を握り、手綱を引き、何度も擦り切れてきた皮膚。
それだけではない。
まるでその内側に、拭っても消えない“黒”を抱え込んでいるかのようだった。
その緊迫した横顔を見て、ムトはようやく我に返る。
「軍って!?」
「この国の兵隊ですよ!」
彼女は振り返らずに叫ぶ。
「平地戦なら最強とうたわれるくらい強いんです!
それすら忘れてしまったんですか?」
馬が走り出す。
蹄が石畳を叩き、風が一気に視界を流していく。
「いや、この国は大国だから強そうではあるけど……
実際、大国だから働き口を探しに来たしね……」
ムトは必死に身体を寄せながら、
現実から目をそらすように軽口を返した。
彼女は小さく舌打ちする。
「本当に、何にも覚えてないんですね……何にも!!」
声は強かった。
だが、その瞳の奥には、うっすらと涙が浮かんでいた。
街路を抜け、城下を外れ、
舗装された道が土へと変わっても、彼女は速度を緩めなかった。
背後から、遠く角笛の音が響く。
「何!?」
ムトの呟きに、彼女は短く答える。
「ええ。数は少ない。でも、厄介なのが来ています」
「厄介って?」
一瞬だけ、彼女の視線が鋭くなる。
「後ろに見える、赤い鎧を着て目立っている方です。
アング中将。あなたを“回収”する役目のもの」
「回収!? 俺、捕まっちゃうの?」
「嫌なら、いまからしっかり私の横の綱につかまっていてください!」
馬は森へと踏み込み、枝葉が頬をかすめる。
落ちる夕日が、世界の色を決めかねていたころ――
「が――!?」
右肩に、鋭い痛みが走った。
気づいたときには、もう遅い。
矢が刺さっている。
赤いものが、だらりと垂れた。
「ああああああああ!!!!!!!!!」
熱い。
ただ、ひたすらに、熱い。
パニックのまま、ムトは馬から無様に転げ落ちた。
「大丈夫ですか!?」
彼女の声がする。
だが、痛みの次にムトの注意を引いたのは、別の音だった。
背後から、馬の駆ける音。
重く、確かな蹄音。
「……まずいですね。」
彼女が、低く息を吐く。
ムトは地面に倒れたまま、必死に振り返った。
木々の隙間から、赤が見える。
夕日の名残を吸い込んだような、鈍く濁った赤。
鎧だ。
馬上の影は三つ。
中央の男だけが、明らかに違った。
姿勢が崩れない。
馬を操るというより、馬が命令を待っているようだった。
「おや、グレンツ家のお嬢様がなぜここに……?」
中央の男が、目を見開く。
「アング中将……」
彼女が歯を噛みしめる。
その仕草だけで、二人の間に積み重なった時間が短くないことが伝わった。
次の瞬間、彼女は馬を止め、軽やかに地へ降り立つ。
剣が鞘から抜かれる音が、森の空気を切り裂いた。
「しばらく見ないうちに、ご立派になりましたね。
私はあなたを切りたくはない。どうか彼を差し出し、こちらへ戻ってきてください」
その声音は、あまりにも柔らかかった。
だからこそ、残酷だった。
「それは……あなたの本心ですか……?」
「…………」
数秒の沈黙。
そして、槍が振り下ろされる音がした。
まるで、返答の代わりといわんばかりに。
――来る。
そう理解した瞬間、世界が動いた。
アズミが一歩、前に出る。
剣が閃き、最初の槍を弾き返す。
金属同士がぶつかる音が、森に鋭く響いた。
「……っ!」
二本、三本。
次々と襲い来る刃。
数では、圧倒的に不利だった。
それでも、アズミは下がらない。
剣筋は正確で、無駄がなく、
人を殺すためだけに洗練された技だった。
「……お強くなられましたね。」
アング中将が、ぽつりと呟く。
その様子を、ムトは少し離れた地面から見ていた。
右肩の痛みは、まだ熱を持っている。
だが、不思議と頭は冷えていた。
――ああ。
切られた勝負の行方は、誰が見ても火を見るより明らかだ。
それでも、体が動かない。
「ぐ……!」
ついに、彼女の体が弾き飛ばされる。
その先には、大きな岩。
「が……」
鈍い音。
後頭部を打ちつけ、彼女は崩れ落ちた。
血が、止まらない。
致命傷だ。
ムトは、それを“理解”してしまった。
理解した瞬間、
胸の奥で、何かが確定する。
――あ、これ、ダメなやつだ。
アズミの瞳が、ゆっくりと焦点を失っていく。
唇が、何か言おうとして――音にならない。
そのとき。
ムトの左手で、
指輪が、熱を持った。
じわり、と。
皮膚の内側から、骨に触れるほどの熱。
「――――」
声にならない声が、喉で潰れる。
分かってしまった。
これは“願い”じゃない。
支払いだ。
次の瞬間。
世界が、流れを止めた。
そう叫びながら、彼女はどこからか馬を引き出してきた。
有無を言わせぬ勢いで、ムトは彼女の前へ引き寄せられる。
「後ろに乗って!」
次の瞬間、彼女は鞍に跨り、ムトの腕を強く引いた。
言われるまま、背後にしがみつく。
彼女の手のひらは荒れていた。
剣を握り、手綱を引き、何度も擦り切れてきた皮膚。
それだけではない。
まるでその内側に、拭っても消えない“黒”を抱え込んでいるかのようだった。
その緊迫した横顔を見て、ムトはようやく我に返る。
「軍って!?」
「この国の兵隊ですよ!」
彼女は振り返らずに叫ぶ。
「平地戦なら最強とうたわれるくらい強いんです!
それすら忘れてしまったんですか?」
馬が走り出す。
蹄が石畳を叩き、風が一気に視界を流していく。
「いや、この国は大国だから強そうではあるけど……
実際、大国だから働き口を探しに来たしね……」
ムトは必死に身体を寄せながら、
現実から目をそらすように軽口を返した。
彼女は小さく舌打ちする。
「本当に、何にも覚えてないんですね……何にも!!」
声は強かった。
だが、その瞳の奥には、うっすらと涙が浮かんでいた。
街路を抜け、城下を外れ、
舗装された道が土へと変わっても、彼女は速度を緩めなかった。
背後から、遠く角笛の音が響く。
「何!?」
ムトの呟きに、彼女は短く答える。
「ええ。数は少ない。でも、厄介なのが来ています」
「厄介って?」
一瞬だけ、彼女の視線が鋭くなる。
「後ろに見える、赤い鎧を着て目立っている方です。
アング中将。あなたを“回収”する役目のもの」
「回収!? 俺、捕まっちゃうの?」
「嫌なら、いまからしっかり私の横の綱につかまっていてください!」
馬は森へと踏み込み、枝葉が頬をかすめる。
落ちる夕日が、世界の色を決めかねていたころ――
「が――!?」
右肩に、鋭い痛みが走った。
気づいたときには、もう遅い。
矢が刺さっている。
赤いものが、だらりと垂れた。
「ああああああああ!!!!!!!!!」
熱い。
ただ、ひたすらに、熱い。
パニックのまま、ムトは馬から無様に転げ落ちた。
「大丈夫ですか!?」
彼女の声がする。
だが、痛みの次にムトの注意を引いたのは、別の音だった。
背後から、馬の駆ける音。
重く、確かな蹄音。
「……まずいですね。」
彼女が、低く息を吐く。
ムトは地面に倒れたまま、必死に振り返った。
木々の隙間から、赤が見える。
夕日の名残を吸い込んだような、鈍く濁った赤。
鎧だ。
馬上の影は三つ。
中央の男だけが、明らかに違った。
姿勢が崩れない。
馬を操るというより、馬が命令を待っているようだった。
「おや、グレンツ家のお嬢様がなぜここに……?」
中央の男が、目を見開く。
「アング中将……」
彼女が歯を噛みしめる。
その仕草だけで、二人の間に積み重なった時間が短くないことが伝わった。
次の瞬間、彼女は馬を止め、軽やかに地へ降り立つ。
剣が鞘から抜かれる音が、森の空気を切り裂いた。
「しばらく見ないうちに、ご立派になりましたね。
私はあなたを切りたくはない。どうか彼を差し出し、こちらへ戻ってきてください」
その声音は、あまりにも柔らかかった。
だからこそ、残酷だった。
「それは……あなたの本心ですか……?」
「…………」
数秒の沈黙。
そして、槍が振り下ろされる音がした。
まるで、返答の代わりといわんばかりに。
――来る。
そう理解した瞬間、世界が動いた。
アズミが一歩、前に出る。
剣が閃き、最初の槍を弾き返す。
金属同士がぶつかる音が、森に鋭く響いた。
「……っ!」
二本、三本。
次々と襲い来る刃。
数では、圧倒的に不利だった。
それでも、アズミは下がらない。
剣筋は正確で、無駄がなく、
人を殺すためだけに洗練された技だった。
「……お強くなられましたね。」
アング中将が、ぽつりと呟く。
その様子を、ムトは少し離れた地面から見ていた。
右肩の痛みは、まだ熱を持っている。
だが、不思議と頭は冷えていた。
――ああ。
切られた勝負の行方は、誰が見ても火を見るより明らかだ。
それでも、体が動かない。
「ぐ……!」
ついに、彼女の体が弾き飛ばされる。
その先には、大きな岩。
「が……」
鈍い音。
後頭部を打ちつけ、彼女は崩れ落ちた。
血が、止まらない。
致命傷だ。
ムトは、それを“理解”してしまった。
理解した瞬間、
胸の奥で、何かが確定する。
――あ、これ、ダメなやつだ。
アズミの瞳が、ゆっくりと焦点を失っていく。
唇が、何か言おうとして――音にならない。
そのとき。
ムトの左手で、
指輪が、熱を持った。
じわり、と。
皮膚の内側から、骨に触れるほどの熱。
「――――」
声にならない声が、喉で潰れる。
分かってしまった。
これは“願い”じゃない。
支払いだ。
次の瞬間。
世界が、流れを止めた。
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