存在証明

チョコタロウ

文字の大きさ
6 / 14
美男と野獣

木漏れ日のアイスブレイク(1)

しおりを挟む
 朝日が昇り、暗く、血なまぐさい夜が過ぎようとしていた。
 ムトは目が覚め、眠い目をこすりながら体を起こす。
 自然のベッドは、お世辞にも寝心地がいいものと言えなかった。
「地面が固すぎて、体がバッキバキだわ。まさか寝返りすら打てねえなんてな。」
 ムトはそう愚痴のような独り言をつぶやき伸びをする。
「ん~、気持ちいい~。」
 伸びをしたときにくらくらしたような感覚に襲われるのは、脳への血圧が一時的に下がるかららしい。ムトの脳内図鑑にあるダレトク豆知識の一つだ。そんな感覚を堪能しながら、ムトは立ち上がりあたりを見回す。昨日の夜は、アミと交代で見張りをしながら、断続的に眠っていた。夜の暗さの中では気づかなかったが、こうして朝の光に照らされると、この森は驚くほど幻想的だ。
 ムトは寝起きがいいほうではない。よって、毎朝のルーティーンがある。
「おはようございます!」
 大きな声を出し、自分の意識を覚醒させる。声が森の木々の幹や地面、葉に反射して、ばらけながら広がっていく。
「おはようございます。朝から元気ですね。」
 不意に背後から声がした。
「うわあ!」
 聞きなれないその返事に、ムトは思わず声を上げる。
 忘れていた。今日は一人じゃない。返事をしてくれる人がいることを。それを実感すると同時に、それを聞かれたことに対する恥ずかしさが急にこみあげてくる。
「ふふ、目が覚めましたか?」
 彼女はそう言いながら、こちらに微笑みかける。いや、微笑むというより、笑いをこらえているように見える。
「うん。とっても。あ、いや、あれはスルーの方向で。」
「はいはい。」
 見張りや環境のせいでいつも以上に寝不足である感覚がしていたムトだったが、普段は虚空にしているはずの恥ずかしいルーティーンを聞かれたら、ムトでもさすがに目が覚める。気まずさを誤魔化すように何か言おうとした、その前に――
「あ、そうでした。これ、あなたの持っていたカバンです。」
 彼女は思い出したようにそう言って、見慣れた黒いリュックを差し出す。
「え……」
 ムトは、信じられないものを見るように目を見開いた。
 そして、リュックの中を一つずつ確かめる。
 財布、鍵、簡単な工具が入った小さなケース。そして、封筒に入った今月の給料。
 水筒は半分ほど残っていて、この環境では、まさに命の水と言っても差し支えない。
 他には、修理の控えと思しき紙片と、店の名前が書かれたレシート。
 それから、使い古した古いメモ帳。
 ――全部、昨日まで確かに自分が持っていたものだ。
 爆発の中で失ったと思っていた現実が、少しだけ、静かに書き換えられる。
 ムトはリュックを閉じ、背負い直した。
「……爆発に巻き込まれたものだと思ってたのに…取っててくれてたんだ。ありがとう!」
「それでは、出発しましょう」
 彼女がそう言うと、二人は木漏れ日の差す森の中を歩き始めた。

 ---------------------------------------------------------------------------------  

 木々に囲まれた森は、思ったよりも静かだった。
 風が葉を揺らす音と、遠くで鳥が羽ばたく気配だけがある。
「……意外と、平和ですね」
 アミがそう言って、足元の落ち葉を踏む。
 乾いた音がひとつ、森に溶けた。
「昨日のことが嘘のようだね。」
 むとは肩にかけた荷を少し直した。
 生き延びるための道具ばかりの重さなのに、不思議と今は軽い。
「こういう場所、嫌いじゃないです」
「へえ、以外だね。お嬢様のように見えたのに」
 実際にムトにそう思わせるのは、言葉遣いだけではなく、アミの歩き方もそのように感じた。彼女は足元を確かめながらも、立ち止まらない。落ち葉を踏む音は小さく、歩調も一定だ。慌てる様子がなく、こういう場所でもふるまっているように見えた。
「否定はしませんが、失礼ですね。ちゃんと森くらい歩いたことあります」
 アミはむっとした顔をしてから、すぐに小さく笑った。
「……でも、こうしてあなたと歩くのは久しぶりです」
 そう言って、彼女はこちらを向いて微笑みかけた。
 改めて、アミの表情を見た。
 肩にかかる白い髪は手入れが行き届いていて、表情には落ち着きがある。聡明そうな顔立ちなのに、ふとした瞬間、まだ幼さがのぞいている。
 ムトの胸で、鼓動が早まっていた。それは、焦りとも、恐怖とも違った。ただ、一定だった歩調がわずかに乱れる。呼吸が一拍遅れ、そのズレをごまかすように、彼は視線を逸らす。
「行こう」
 そう言って、先に歩き出した背中に、深い意味はない。足元の落ち葉を踏む音が、さっきより少しだけ大きくなる。
 それが自分のものだと気づくのに、少し時間がかかった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?

無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。 どっちが稼げるのだろう? いろんな方の想いがあるのかと・・・。 2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。 あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。

【魔物島】~コミュ障な俺はモンスターが生息する島で一人淡々とレベルを上げ続ける~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
【俺たちが飛ばされた魔物島には恐ろしいモンスターたちが棲みついていた――!?】 ・コミュ障主人公のレベリング無双ファンタジー! 十九歳の男子学生、柴木善は大学の入学式の最中突如として起こった大地震により気を失ってしまう。 そして柴木が目覚めた場所は見たことのないモンスターたちが跋扈する絶海の孤島だった。 その島ではレベルシステムが発現しており、倒したモンスターに応じて経験値を獲得できた。 さらに有用なアイテムをドロップすることもあり、それらはスマホによって管理が可能となっていた。 柴木以外の入学式に参加していた学生や教師たちもまたその島に飛ばされていて、恐ろしいモンスターたちを相手にしたサバイバル生活を強いられてしまう。 しかしそんな明日をも知れぬサバイバル生活の中、柴木だけは割と快適な日常を送っていた。 人と関わることが苦手な柴木はほかの学生たちとは距離を取り、一人でただひたすらにモンスターを狩っていたのだが、モンスターが落とすアイテムを上手く使いながら孤島の生活に順応していたのだ。 そしてそんな生活を一人で三ヶ月も続けていた柴木は、ほかの学生たちとは文字通りレベルが桁違いに上がっていて、自分でも気付かないうちに人間の限界を超えていたのだった。

アルファポリスの禁止事項追加の件

黒いテレキャス
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスガイドライン禁止事項が追加されるんでガクブル

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

アルファポリス投稿時間について

黒いテレキャス
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスに投稿する時間はいつ頃がベストなのか?

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

処理中です...