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美男と野獣
木漏れ日のアイスブレイク(1)
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朝日が昇り、暗く、血なまぐさい夜が過ぎようとしていた。
ムトは目が覚め、眠い目をこすりながら体を起こす。
自然のベッドは、お世辞にも寝心地がいいものと言えなかった。
「地面が固すぎて、体がバッキバキだわ。まさか寝返りすら打てねえなんてな。」
ムトはそう愚痴のような独り言をつぶやき伸びをする。
「ん~、気持ちいい~。」
伸びをしたときにくらくらしたような感覚に襲われるのは、脳への血圧が一時的に下がるかららしい。ムトの脳内図鑑にあるダレトク豆知識の一つだ。そんな感覚を堪能しながら、ムトは立ち上がりあたりを見回す。昨日の夜は、アミと交代で見張りをしながら、断続的に眠っていた。夜の暗さの中では気づかなかったが、こうして朝の光に照らされると、この森は驚くほど幻想的だ。
ムトは寝起きがいいほうではない。よって、毎朝のルーティーンがある。
「おはようございます!」
大きな声を出し、自分の意識を覚醒させる。声が森の木々の幹や地面、葉に反射して、ばらけながら広がっていく。
「おはようございます。朝から元気ですね。」
不意に背後から声がした。
「うわあ!」
聞きなれないその返事に、ムトは思わず声を上げる。
忘れていた。今日は一人じゃない。返事をしてくれる人がいることを。それを実感すると同時に、それを聞かれたことに対する恥ずかしさが急にこみあげてくる。
「ふふ、目が覚めましたか?」
彼女はそう言いながら、こちらに微笑みかける。いや、微笑むというより、笑いをこらえているように見える。
「うん。とっても。あ、いや、あれはスルーの方向で。」
「はいはい。」
見張りや環境のせいでいつも以上に寝不足である感覚がしていたムトだったが、普段は虚空にしているはずの恥ずかしいルーティーンを聞かれたら、ムトでもさすがに目が覚める。気まずさを誤魔化すように何か言おうとした、その前に――
「あ、そうでした。これ、あなたの持っていたカバンです。」
彼女は思い出したようにそう言って、見慣れた黒いリュックを差し出す。
「え……」
ムトは、信じられないものを見るように目を見開いた。
そして、リュックの中を一つずつ確かめる。
財布、鍵、簡単な工具が入った小さなケース。そして、封筒に入った今月の給料。
水筒は半分ほど残っていて、この環境では、まさに命の水と言っても差し支えない。
他には、修理の控えと思しき紙片と、店の名前が書かれたレシート。
それから、使い古した古いメモ帳。
――全部、昨日まで確かに自分が持っていたものだ。
爆発の中で失ったと思っていた現実が、少しだけ、静かに書き換えられる。
ムトはリュックを閉じ、背負い直した。
「……爆発に巻き込まれたものだと思ってたのに…取っててくれてたんだ。ありがとう!」
「それでは、出発しましょう」
彼女がそう言うと、二人は木漏れ日の差す森の中を歩き始めた。
---------------------------------------------------------------------------------
木々に囲まれた森は、思ったよりも静かだった。
風が葉を揺らす音と、遠くで鳥が羽ばたく気配だけがある。
「……意外と、平和ですね」
アミがそう言って、足元の落ち葉を踏む。
乾いた音がひとつ、森に溶けた。
「昨日のことが嘘のようだね。」
むとは肩にかけた荷を少し直した。
生き延びるための道具ばかりの重さなのに、不思議と今は軽い。
「こういう場所、嫌いじゃないです」
「へえ、以外だね。お嬢様のように見えたのに」
実際にムトにそう思わせるのは、言葉遣いだけではなく、アミの歩き方もそのように感じた。彼女は足元を確かめながらも、立ち止まらない。落ち葉を踏む音は小さく、歩調も一定だ。慌てる様子がなく、こういう場所でもふるまっているように見えた。
「否定はしませんが、失礼ですね。ちゃんと森くらい歩いたことあります」
アミはむっとした顔をしてから、すぐに小さく笑った。
「……でも、こうしてあなたと歩くのは久しぶりです」
そう言って、彼女はこちらを向いて微笑みかけた。
改めて、アミの表情を見た。
肩にかかる白い髪は手入れが行き届いていて、表情には落ち着きがある。聡明そうな顔立ちなのに、ふとした瞬間、まだ幼さがのぞいている。
ムトの胸で、鼓動が早まっていた。それは、焦りとも、恐怖とも違った。ただ、一定だった歩調がわずかに乱れる。呼吸が一拍遅れ、そのズレをごまかすように、彼は視線を逸らす。
「行こう」
そう言って、先に歩き出した背中に、深い意味はない。足元の落ち葉を踏む音が、さっきより少しだけ大きくなる。
それが自分のものだと気づくのに、少し時間がかかった。
ムトは目が覚め、眠い目をこすりながら体を起こす。
自然のベッドは、お世辞にも寝心地がいいものと言えなかった。
「地面が固すぎて、体がバッキバキだわ。まさか寝返りすら打てねえなんてな。」
ムトはそう愚痴のような独り言をつぶやき伸びをする。
「ん~、気持ちいい~。」
伸びをしたときにくらくらしたような感覚に襲われるのは、脳への血圧が一時的に下がるかららしい。ムトの脳内図鑑にあるダレトク豆知識の一つだ。そんな感覚を堪能しながら、ムトは立ち上がりあたりを見回す。昨日の夜は、アミと交代で見張りをしながら、断続的に眠っていた。夜の暗さの中では気づかなかったが、こうして朝の光に照らされると、この森は驚くほど幻想的だ。
ムトは寝起きがいいほうではない。よって、毎朝のルーティーンがある。
「おはようございます!」
大きな声を出し、自分の意識を覚醒させる。声が森の木々の幹や地面、葉に反射して、ばらけながら広がっていく。
「おはようございます。朝から元気ですね。」
不意に背後から声がした。
「うわあ!」
聞きなれないその返事に、ムトは思わず声を上げる。
忘れていた。今日は一人じゃない。返事をしてくれる人がいることを。それを実感すると同時に、それを聞かれたことに対する恥ずかしさが急にこみあげてくる。
「ふふ、目が覚めましたか?」
彼女はそう言いながら、こちらに微笑みかける。いや、微笑むというより、笑いをこらえているように見える。
「うん。とっても。あ、いや、あれはスルーの方向で。」
「はいはい。」
見張りや環境のせいでいつも以上に寝不足である感覚がしていたムトだったが、普段は虚空にしているはずの恥ずかしいルーティーンを聞かれたら、ムトでもさすがに目が覚める。気まずさを誤魔化すように何か言おうとした、その前に――
「あ、そうでした。これ、あなたの持っていたカバンです。」
彼女は思い出したようにそう言って、見慣れた黒いリュックを差し出す。
「え……」
ムトは、信じられないものを見るように目を見開いた。
そして、リュックの中を一つずつ確かめる。
財布、鍵、簡単な工具が入った小さなケース。そして、封筒に入った今月の給料。
水筒は半分ほど残っていて、この環境では、まさに命の水と言っても差し支えない。
他には、修理の控えと思しき紙片と、店の名前が書かれたレシート。
それから、使い古した古いメモ帳。
――全部、昨日まで確かに自分が持っていたものだ。
爆発の中で失ったと思っていた現実が、少しだけ、静かに書き換えられる。
ムトはリュックを閉じ、背負い直した。
「……爆発に巻き込まれたものだと思ってたのに…取っててくれてたんだ。ありがとう!」
「それでは、出発しましょう」
彼女がそう言うと、二人は木漏れ日の差す森の中を歩き始めた。
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木々に囲まれた森は、思ったよりも静かだった。
風が葉を揺らす音と、遠くで鳥が羽ばたく気配だけがある。
「……意外と、平和ですね」
アミがそう言って、足元の落ち葉を踏む。
乾いた音がひとつ、森に溶けた。
「昨日のことが嘘のようだね。」
むとは肩にかけた荷を少し直した。
生き延びるための道具ばかりの重さなのに、不思議と今は軽い。
「こういう場所、嫌いじゃないです」
「へえ、以外だね。お嬢様のように見えたのに」
実際にムトにそう思わせるのは、言葉遣いだけではなく、アミの歩き方もそのように感じた。彼女は足元を確かめながらも、立ち止まらない。落ち葉を踏む音は小さく、歩調も一定だ。慌てる様子がなく、こういう場所でもふるまっているように見えた。
「否定はしませんが、失礼ですね。ちゃんと森くらい歩いたことあります」
アミはむっとした顔をしてから、すぐに小さく笑った。
「……でも、こうしてあなたと歩くのは久しぶりです」
そう言って、彼女はこちらを向いて微笑みかけた。
改めて、アミの表情を見た。
肩にかかる白い髪は手入れが行き届いていて、表情には落ち着きがある。聡明そうな顔立ちなのに、ふとした瞬間、まだ幼さがのぞいている。
ムトの胸で、鼓動が早まっていた。それは、焦りとも、恐怖とも違った。ただ、一定だった歩調がわずかに乱れる。呼吸が一拍遅れ、そのズレをごまかすように、彼は視線を逸らす。
「行こう」
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