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第一章
高校生活の始まり
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入学式から一週間が経過した。島高は一学年三クラス制で、一クラスの人数は四十人である。仁介は一組になったが、なぜか最初から四十一人でスタートした。噂によると単位不足で原級留置した生徒らしいが、この学校では何が起こっても不思議ではないと感じていたためさほど驚かなかった。一組担任の松原によると、この学校は辞めていく生徒が多くて三年生になると一クラス三十人くらいに減るらしい。入学した時点で心に病を抱えていたり、素行が悪かったり、怠惰な性格だったりする生徒が多いことが原因であり、「高校生になったことを機に今までの自分を変えて勉強に励んでください」という松原の檄に力が入るのにも頷ける。書道の教員が担任を務めるのが意外だったが、彼から発せられる言動には心地よい冷たさがあり、仁介は彼の作るクラスに居心地の良さを感じていた。入学式から四日後、初めて松原の授業を受けた。他の教科の先生は最初にオリエンテーションをしたり、自己紹介をしたりしてまともに授業をしなかったが、松原は最初の授業から近代書道家の作品を鑑賞させ、それぞれの作風の違いについてグループごとにディスカッションをして発表するという内容の濃い一時間を展開した。朝と帰りのショートホームルームも端的に事務連絡とお説教をするだけで、入学式から一週間経った今でも松原に関する情報は名前と教科しか公開されていなかった。
この先生も懲戒処分を受けて島高に来たのだろうか———そんなことを本人に直接聞けるわけもなく、色々と予想しても答えは一向に出ないため、仁介はすぐに考えるのを辞めた。
林檎は二組になり、中学の時のような頻度で顔を合わせることは無くなったが、登校時や休み時間などで鉢合わせると軽く会話をした。今日も五限目の体育に備えて早めに昼食を終えた仁介が廊下に出ると林檎がこちらに歩いてくるのが見えた。「スケちゃんこれから体育なんだね、転ばないように頑張ってね」「延々とラジオ体操やってるだけだから転びようがないよ。それより林檎、この学校の洗礼受けてないよな?」「スケちゃんもしかして私のことが心配でこの学校に来てくれたの?私のこと好きじゃん」ずいと上目遣いで仁介の顔を覗き見ながら林檎がはにかむ。「はいはい、じゃあ俺もう行くから」動揺を隠すためにさっと踵を返して後ろ手に左手を振りながら階段を駆け下りる。仁介の心の内を見透かしてからかっているようにも捉えられる林檎の言動に毎度脳味噌を揺さぶられている。船酔いには弱いが、この揺れは少し心地よいと仁介は感じるのだった。
「集合!」昇降口からぱらぱらと歩く我々一年一組の生徒に向かって、隅田が体育館隣の体育教官室付近で号令をかける。目測で百メートルほどは離れているが、すぐ隣で叫ばれているかのような臨場感があった。入学式で彼の声を聞いてから、絶対に彼の授業は受けたくないと思っていた仁介だが、その思いは悪い方向に外れた。しかし、一年二組の担任を隅田が務めており、入学式が終わってすぐに「担任の声が煩くて最悪な気分」と漏らす林檎の気持ちを考えるとまだ教科担任だけで済んでいる自分は幸せ者だと感じていた。鉄は熱いうちに叩けとか、最初が肝心とかそういった感覚が学校運営の気概にあって、生徒に厳しい教員が一年生の担任を務めるケースが多いのだろうと仁介は推察した。
「今からラジオ体操第一の実技試験を実施する」授業が始まってすぐに隅田が試験宣告をすると、死刑宣告されたかのように生徒の表情が強張った。「え?今から試験?」「全然覚えてないんだけど」「やばい終わった」などとざわつく生徒を無視して、出席番号順で十人ずつ呼び出されて試験が始まった。内容はラジオ体操第一をCD音声なしの無音状態で完遂するというものだ。体育の授業は今日が二回目で、前時は延々とラジオ体操第一を繰り返していたため物覚えの良い生徒はこなせないことはない試験であり、隅田が無茶苦茶なことを言っているわけではないことは理解できた。最初のグループが肩を落として待機場所に戻ってきたところで、仁介のいる二グループ目の番がやってきた。
「用意、始め!」隅田の掛け声で一斉に体操を始める。仁介は頭の中でラジオ体操第一の音声を再生し、その声に身体の動きを任せていた。途中、隣の女子と何度か目があって、動きをカンニングされていることに気付いたが、それも戦略のうちと気に留めることなく最後までこなした。
「助川、良くやったな、完璧だったぞ」「そうですか?ありがとうございます」隅田が顔をくしゃっとして褒めてくれた。そのガラガラ声と表情のギャップに驚かされたが、墨田に褒められたことは単純に嬉しかった。「助川君が隣でほんとに助かったよ。ありがとう」
隣で仁介の動きをカンニングをしていた女子から声をかけられた。「いいよ別に、見られても減るもんじゃないし」「ばれてたか、さすがだなぁ。助川仁介っていかにも誰かを助けるぞって感じの名前で良いよね」この女子と話すのは初めてだが、体操服の胸についている名前の刺繍が自分たちのように青色ではなく、緑色であることがこの女子生徒が醸し出す余裕感というか、馴れ馴れしさの理由であることに仁介は気付いた。この女子が単位不足で一年生をもう一度やることになった原級留置の生徒、坂井田彩乃である。
この先生も懲戒処分を受けて島高に来たのだろうか———そんなことを本人に直接聞けるわけもなく、色々と予想しても答えは一向に出ないため、仁介はすぐに考えるのを辞めた。
林檎は二組になり、中学の時のような頻度で顔を合わせることは無くなったが、登校時や休み時間などで鉢合わせると軽く会話をした。今日も五限目の体育に備えて早めに昼食を終えた仁介が廊下に出ると林檎がこちらに歩いてくるのが見えた。「スケちゃんこれから体育なんだね、転ばないように頑張ってね」「延々とラジオ体操やってるだけだから転びようがないよ。それより林檎、この学校の洗礼受けてないよな?」「スケちゃんもしかして私のことが心配でこの学校に来てくれたの?私のこと好きじゃん」ずいと上目遣いで仁介の顔を覗き見ながら林檎がはにかむ。「はいはい、じゃあ俺もう行くから」動揺を隠すためにさっと踵を返して後ろ手に左手を振りながら階段を駆け下りる。仁介の心の内を見透かしてからかっているようにも捉えられる林檎の言動に毎度脳味噌を揺さぶられている。船酔いには弱いが、この揺れは少し心地よいと仁介は感じるのだった。
「集合!」昇降口からぱらぱらと歩く我々一年一組の生徒に向かって、隅田が体育館隣の体育教官室付近で号令をかける。目測で百メートルほどは離れているが、すぐ隣で叫ばれているかのような臨場感があった。入学式で彼の声を聞いてから、絶対に彼の授業は受けたくないと思っていた仁介だが、その思いは悪い方向に外れた。しかし、一年二組の担任を隅田が務めており、入学式が終わってすぐに「担任の声が煩くて最悪な気分」と漏らす林檎の気持ちを考えるとまだ教科担任だけで済んでいる自分は幸せ者だと感じていた。鉄は熱いうちに叩けとか、最初が肝心とかそういった感覚が学校運営の気概にあって、生徒に厳しい教員が一年生の担任を務めるケースが多いのだろうと仁介は推察した。
「今からラジオ体操第一の実技試験を実施する」授業が始まってすぐに隅田が試験宣告をすると、死刑宣告されたかのように生徒の表情が強張った。「え?今から試験?」「全然覚えてないんだけど」「やばい終わった」などとざわつく生徒を無視して、出席番号順で十人ずつ呼び出されて試験が始まった。内容はラジオ体操第一をCD音声なしの無音状態で完遂するというものだ。体育の授業は今日が二回目で、前時は延々とラジオ体操第一を繰り返していたため物覚えの良い生徒はこなせないことはない試験であり、隅田が無茶苦茶なことを言っているわけではないことは理解できた。最初のグループが肩を落として待機場所に戻ってきたところで、仁介のいる二グループ目の番がやってきた。
「用意、始め!」隅田の掛け声で一斉に体操を始める。仁介は頭の中でラジオ体操第一の音声を再生し、その声に身体の動きを任せていた。途中、隣の女子と何度か目があって、動きをカンニングされていることに気付いたが、それも戦略のうちと気に留めることなく最後までこなした。
「助川、良くやったな、完璧だったぞ」「そうですか?ありがとうございます」隅田が顔をくしゃっとして褒めてくれた。そのガラガラ声と表情のギャップに驚かされたが、墨田に褒められたことは単純に嬉しかった。「助川君が隣でほんとに助かったよ。ありがとう」
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