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わたくしの 運命の日
しおりを挟むわたくしにとっての“運命の日”は、突然やってきた。
友人達と廊下を歩いていたら、すれ違った女生徒と軽くぶつかってしまった。
わたくしは幸い何もなかったけれど、女生徒は冊子を大量に運んでいたらしく、ぶつかった拍子に床に数冊落としてしまったようだ。更に その落ちる数冊の冊子に手を伸ばしてしまった女生徒は、抱えていた冊子の大半を床にばら撒いてしまった。
いつもなら、相手が高位者の子供でなければ、軽く謝って立ち去るのだが、わたくしよりも二つ位が下の 海二位を意味する、緑色の生地にラインが2本入った制服の、その女生徒の前で、落ちた冊子を目で追って、そのまま、動けなかった。
「エリン様、大丈夫でしたか」
「どこかお怪我でも?」
動けずにいるわたくしを心配して、友人達が声をかけてくる。「ええ、大丈夫。なんでもないわ」と返事をして微笑むものの、自分でも、自分がなぜ立ち去らないのかわからない。けれど、気まぐれにせっせと冊子を拾い集める女生徒の前にしゃがんで、冊子を集めるのを手伝うことにした。
女生徒は、わたくしがしゃがみ目線が合うことで、はじめてわたくしの紫の制服に気づいたらしく、驚いた顔をして、冊子を拾う手を止めてしまった。
その顔が、思ったよりも幼くて、下級生かしら と考える。そうやって、彼女の事ばかり気にしながら冊子を拾い集めて「どうぞ」と女生徒に差し出した。
女生徒は「ありがとうございます」と冊子を受け取ってから、「あっ!」っと声を上げて、気まずそうにして、恥ずかしそうに俯いた後に「ありがとうございます」と、もう一度 今度は小さく呟いた。
そのわたわた焦る様に幼子のような可愛さを感じて、つい 笑みがこぼれる。
「お気になさらないで」といえば、彼女は顔を上げて、少し言い吃った後に「ぶつかって、しまって。ごめんなさい」と、落ち込んだことを隠さない声音で謝ってきた。
その姿に、どうしても慰めたくなって。彼女の、わたくしが集めた冊子を握ったままの両手を、わたくしの両手で、包んで「お怪我はなかったかしら」と、尋ねた。
彼女はこくこくと頷いて「ありがとうございます」と再度息のように言葉を吐いて、わたくしが握った両手をか弱く引いた。
放して。という、その意思表示すらも可愛らしくて。すこし意地悪をしてからかうことも考えたけれど、素直に両手を放してあげることにした。
両手が自由になった彼女は、わたくしが拾い集めて差し上げた冊子と、自分で集めていた冊子を合わせて抱え、立ち上がって、わたくしたちの来た方向へ、廊下を歩いて去って行った。
あらあら、逃げられてしまったわ。ざんねん。
その後、遠巻きにこちらを見ていた彼女と同じ海二位の生徒から、彼女のことを聞き出して、ずっとわたくしを待ってくれていた友人と、その場を離れた。
彼女は、ササヴィアンヌ オルドーシュ。愛称はヴィア。わたくしと同い年。海二位で、 ご実家はレッティーア家の系譜だそう。よかった、私の家との関係も 悪くない家系だわ。
次の日の朝、侍女に髪を梳かしてもらいながら考える。あの一瞬の邂逅で、あの子がわたくしの顔を覚えられたとは思えない。精々制服の色と、大まかな印象くらいだろう。ということは、いつものように毎日髪型を変えていては、次に会った時にわたくしだと気付いてもらえないかもしれない。
「ねぇ」
「はい、なんでございましょう」
「今日の髪型、昨日と同じにしてくれないかしら」
「かしこまりました」
結い上がった髪は、昨日と同じふんわりとした二つ結びだった。うん、これなら大丈夫だろう。
「エリン様、髪型どうなさったのです?」
学校について、すぐ、友人が心配そうにそう聞いてくる。昨日と同じ髪型だから、使用人が怠慢でもしたのでは、と心配してくれているのだろう。
「この髪型、気に入りましたの。ですから、しばらくはこの髪型にするように言いつけたんですのよ」
そう答えれば、彼女たちはわっと驚き「素敵ですわ」「お気に入りの髪型だなんて」「私も真似してよろしくて?」と楽しそうに騒ぎはじめる。
この髪型はわたくしのお気に入りだから遠慮してもらうように言い、けれど各々お気に入りの髪型をしばらく続けるのも悪くないかもしれませんわね、とそれとなく誘導する。これで、仲間内での流行、ということで、髪型を変えないのもあまり悪目立ちすることはないでしょう。
けれど、次の日も、その次の日も、彼女に声をかけることは叶わなかった。
あれから、気づけば彼女の姿を探して歩いている。
彼女の声が聞こえれば辺りを見回し、髪の香りが思い起こされればば赤面し、すれ違う人に面影を重ねては振り返り、それは大抵 人違いで。
偶に姿が見えれば、人混みに紛れて見えなくなってしまっても、胸の高鳴りが落ち着くまで見送ってしまう。
彼女のクラスの近くを通るたびに、巡り会えないかと期待し、教員室へ用事ができるたびに、彼女も来ていないかと探し、果ては学校の外でも、偶然会えないかとそわそわする。
休み時間に廊下で彼女とすれ違ったのは、そんな折のことだったから。
「オルドーシュさん、今日の放課後 お暇かしら?」
位が二つも下の彼女が、わたくしのお誘いを断れないと分かっていても、つい声をかけてしまったのです。
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