愛は正義の名の下に

えにけりおあ

文字の大きさ
1 / 3

わたくしの 運命の日

しおりを挟む

 わたくしにとっての“運命の日”は、突然やってきた。

 友人達と廊下を歩いていたら、すれ違った女生徒と軽くぶつかってしまった。
 わたくしは幸い何もなかったけれど、女生徒は冊子を大量に運んでいたらしく、ぶつかった拍子に床に数冊落としてしまったようだ。更に その落ちる数冊の冊子に手を伸ばしてしまった女生徒は、抱えていた冊子の大半を床にばら撒いてしまった。
 いつもなら、相手が高位者の子供でなければ、軽く謝って立ち去るのだが、わたくしよりも二つ位が下の 海二位を意味する、緑色の生地にラインが2本入った制服の、その女生徒の前で、落ちた冊子を目で追って、そのまま、動けなかった。
「エリン様、大丈夫でしたか」
「どこかお怪我でも?」
 動けずにいるわたくしを心配して、友人達が声をかけてくる。「ええ、大丈夫。なんでもないわ」と返事をして微笑むものの、自分でも、自分がなぜ立ち去らないのかわからない。けれど、気まぐれにせっせと冊子を拾い集める女生徒の前にしゃがんで、冊子を集めるのを手伝うことにした。
 女生徒は、わたくしがしゃがみ目線が合うことで、はじめてわたくしの紫の制服に気づいたらしく、驚いた顔をして、冊子を拾う手を止めてしまった。
 その顔が、思ったよりも幼くて、下級生かしら と考える。そうやって、彼女の事ばかり気にしながら冊子を拾い集めて「どうぞ」と女生徒に差し出した。
 女生徒は「ありがとうございます」と冊子を受け取ってから、「あっ!」っと声を上げて、気まずそうにして、恥ずかしそうに俯いた後に「ありがとうございます」と、もう一度 今度は小さく呟いた。
 そのわたわた焦る様に幼子のような可愛さを感じて、つい 笑みがこぼれる。
「お気になさらないで」といえば、彼女は顔を上げて、少し言い吃った後に「ぶつかって、しまって。ごめんなさい」と、落ち込んだことを隠さない声音で謝ってきた。
 その姿に、どうしても慰めたくなって。彼女の、わたくしが集めた冊子を握ったままの両手を、わたくしの両手で、包んで「お怪我はなかったかしら」と、尋ねた。
 彼女はこくこくと頷いて「ありがとうございます」と再度息のように言葉を吐いて、わたくしが握った両手をか弱く引いた。
放して。という、その意思表示すらも可愛らしくて。すこし意地悪をしてからかうことも考えたけれど、素直に両手を放してあげることにした。
 両手が自由になった彼女は、わたくしが拾い集めて差し上げた冊子と、自分で集めていた冊子を合わせて抱え、立ち上がって、わたくしたちの来た方向へ、廊下を歩いて去って行った。
 あらあら、逃げられてしまったわ。ざんねん。

 その後、遠巻きにこちらを見ていた彼女と同じ海二位の生徒から、彼女のことを聞き出して、ずっとわたくしを待ってくれていた友人と、その場を離れた。

 彼女は、ササヴィアンヌ オルドーシュ。愛称はヴィア。わたくしと同い年。海二位で、 ご実家はレッティーア家の系譜だそう。よかった、私の家との関係も 悪くない家系だわ。

 次の日の朝、侍女に髪を梳かしてもらいながら考える。あの一瞬の邂逅で、あの子がわたくしの顔を覚えられたとは思えない。精々制服の色と、大まかな印象くらいだろう。ということは、いつものように毎日髪型を変えていては、次に会った時にわたくしだと気付いてもらえないかもしれない。
「ねぇ」
「はい、なんでございましょう」
「今日の髪型、昨日と同じにしてくれないかしら」
「かしこまりました」
 結い上がった髪は、昨日と同じふんわりとした二つ結びだった。うん、これなら大丈夫だろう。

「エリン様、髪型どうなさったのです?」
 学校について、すぐ、友人が心配そうにそう聞いてくる。昨日と同じ髪型だから、使用人が怠慢でもしたのでは、と心配してくれているのだろう。
「この髪型、気に入りましたの。ですから、しばらくはこの髪型にするように言いつけたんですのよ」
 そう答えれば、彼女たちはわっと驚き「素敵ですわ」「お気に入りの髪型だなんて」「私も真似してよろしくて?」と楽しそうに騒ぎはじめる。
 この髪型はわたくしのお気に入りだから遠慮してもらうように言い、けれど各々お気に入りの髪型をしばらく続けるのも悪くないかもしれませんわね、とそれとなく誘導する。これで、仲間内での流行、ということで、髪型を変えないのもあまり悪目立ちすることはないでしょう。

 けれど、次の日も、その次の日も、彼女に声をかけることは叶わなかった。


 あれから、気づけば彼女の姿を探して歩いている。
 彼女の声が聞こえれば辺りを見回し、髪の香りが思い起こされればば赤面し、すれ違う人に面影を重ねては振り返り、それは大抵 人違いで。
 偶に姿が見えれば、人混みに紛れて見えなくなってしまっても、胸の高鳴りが落ち着くまで見送ってしまう。
 彼女のクラスの近くを通るたびに、巡り会えないかと期待し、教員室へ用事ができるたびに、彼女も来ていないかと探し、果ては学校の外でも、偶然会えないかとそわそわする。

 休み時間に廊下で彼女とすれ違ったのは、そんな折のことだったから。

「オルドーシュさん、今日の放課後 お暇かしら?」
 位が二つも下の彼女が、わたくしのお誘いを断れないと分かっていても、つい声をかけてしまったのです。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話

穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。

処理中です...