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29話 なにも変わっていないはずですわ①
タックス侯爵家の紋章をつけた馬車は、滑るように学院の門をくぐっていく。
わたくしとライル様を乗せて、昇降口の前で静かに止まった。ライル様はすぐさま馬車から降りてわたくしをお姫様抱っこしようとしてくる。
「さあ、リア。僕にしっかり捕まって」
「ライル様、わたくし自分で降りますわ。もう呪いの影響もないですし、問題ありませんわ」
「……万が一リアが怪我でもしたら、僕は馬車を作った業者から調査を入れるよ? 馬車の設計に問題がなかったか、ステップの角度は? ああ、もちろん僕のエスコートも見直して勉強をやり直さなければ」
ライル様が笑顔のまま圧力をかけてくる。そろそろ馬車から降りるときのお姫様抱っこをやめてもらいたくて、訴えてみたけれど、とんでもないことになりそうなので断念した。
「わかりましたわ、でも、本当にもう大丈夫ですのに」
「では、僕がリアに触れたいだけだと思ってもらえないか?」
「それは……もう、ライル様ったら、仕方がないですわね」
そんな風に言われてしまえば、嫌だと言えない。むしろ喜んでしまうわたくしは、どうしようもないと思う。
「あらあら、朝から仲がいいこと」
金色の髪をなびかせて、笑顔を浮かべたマリアン王女が声をかけてきた。若干口元が歪んでいるので、どうやら機嫌が悪いらしい。最近は苛立っている様子をよくお見かけする。
生徒に分け隔てなく接しているようで、実は選民意識の強いお方だ。言葉の端々に滲み出ていたから、同じクラスになってすぐに理解した。
王女様とはいえ、あまりライル様に近づいてほしくないタイプだ。
「マリアン様、おはようございます。ライル様はとてもお優しいので、いつも気遣ってくださるのですわ」
「おはようございます、マリアン様。お騒がせして申し訳ありません。僕が心配性なだけなのです」
「仲がよろしいのは結構なことですわ。けれど、今日はお兄様のことでライオネル様に相談したいことがあるのですわ。お時間をいただきたのだけどよろしいかしら?」
お兄様というのは王太子殿下のことだ。ライル様は王太子殿下の側近だからそう言われてしまえば断ることなどできない。それでもライル様が渋いお顔で躊躇している。
「今ですか? 授業が始まるまであまり時間がないようですが……」
「ええ、そうなの。早くお耳に入れたいことがありますの。ハーミリアさんもよろしいかしら?」
「はい、もちろんですわ。ライル様、ではまた後で」
「ああ、リア。また後で……」
そう言ったのに、ライル様はその日教室に戻ってくることはなかった。
わたくしは学院に入学してから、初めてひとりで馬車に乗って帰宅したのだ。込み上げる焦燥感を抑えつけることしかできなかった。
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