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42話 わたくしは信じますわ!!②
「わたくしはこの時をもって、マルグレン伯爵家と縁を切ります。これからわたくしが申し上げることは、伯爵家とはいっさい関係ございませんことをご理解ください」
遠くでわたくしを呼ぶお父様の声が聞こえた。でも、たった今縁を切ったのだから反応するわけにはいかない。
「わたくしはライオネル様以外と添い遂げる気はございません。もしそれが叶わぬのなら、今この場で処刑してください」
わたくしの言葉に甲高い悲鳴が上がる。お母様だとすぐにわかった。でもごめんなさい、この賭けに巻き込むわけにはいかないの。
「ハーミリア! どうして……黙って俺のもとに嫁げばいいだろう! 決して不幸にはしない!!」
クリストファー殿下は叫びながらわたくしに詰め寄る。きっと彼はここまでことを大きくすれば、いくらわたくしでも話を聞くと思ったのでしょうね。壇上で真っ赤な顔で怒りに震えているマリアン様も同じだわ。
「いいえ、ライオネル様と添い遂げられない時点で、わたくしは不幸ですわ」
「……っ! そんなに……そこまで俺を拒否するのか!? この場にも姿を現さない奴だぞ!!」
「十年ですわ」
「な、なに?」
「わたくしとライオネル様は十年間、婚約者として互いを思いやり尽くしてきましたの。まあ、不器用な方ですから誤解もたくさんありましたけれど」
手首で揺れるブレスレットにそっと触れれば、ライル様が真っ赤な顔で誕生日プレゼントだと渡してくれた記憶が蘇る。
本当に不器用ではあったけれど、ライル様は一生懸命わたくしに愛を伝えてくれていた。
「十年間ずっと、わたくしの婚約者として、わたくしのためにライオネル様は努力してくれました。そんな深い愛を他に知りません」
「……それは能力が低いから、努力するしかなかったんだろう!」
「クリストファー殿下。貴方はわたくしをほしいと言いながら、そのためになにをしましたか?」
「なにって……ずっとそばにいたし、守ってきたではないか!」
そこにわたくしの意志は必要なかった。わたくしが断れないとわかっていて、ご自分のやりたいようにされていただけだ。
「確かに、わたくしの忍耐の上でですが、それは感謝いたします。ですがマリアン王女と画策して、無理やりわたくしを婚約者にしましたね」
「そうだ! どんな手を使っても、俺はお前を妻にしたかったんだ!」
「ライオネル様ならこんな時ほど、ご自身を磨かれますわ」
いざと言うときは、わたくしを守れるように魔法の腕を磨いたライル様。
「わたくしの気持ちが向くまで寄り添い、足りないところは学び、いつだってわたくしの理想であるように努力してくださいましたわ」
わたくしが困っている時、ライル様はさりげなく手を貸してくれた。どんな時もわたくしを尊重してくれて、たまにその深い愛ゆえに暴走して、それでもわたくしを大切に大切にしてくれていた。
「決して、自分の思い通りにするような行動は取りませんの。だからわたくしはライオネル様が愛しいのです」
そう、わたくしはもうライル様しか愛せない。それくらい深く純粋な愛に囚われた。
「クリストファー殿下、ほしがるだけでは貴方が本当にほしいものは手に入りませんわ。相手を思いやり与えて、初めて返ってくるものなのです」
どうか伝わって。愛してほしいと望むのは誰でも一緒だと。貴方はほんの少しやり方を間違えただけなのだ。
「クリストファー殿下はもともとお優しいところがありますから、きっとすぐにたったひとりのお相手が見つかりますわ」
クリストファー殿下は俯き拳を固く握りしめている。少しはわたくしの伝えたいことが届いただろうか?
「わたくしはライオネル様を信じています。ライオネル様を信じると決めた自分自身も、間違ってないと信じますわ」
誰になにを言われても、わたくしが見てきたライル様が真実なのだ。
会場内は静けさに包まれていた。
国王陛下は苦い顔をしてわたくしを睨みつけている。
たった今発表したばかりの婚約に異議を唱えているのだから当然だ。王太子殿下は侍従に何か指示を出していたから、この場を収めるために手を回したのだろう。
ライル様の主人となる方にご迷惑をお掛けしてしまった。機会があれば謝罪したいけど、伯爵家と縁を切って平民となるわたくしとはもう会うこともできないだろう。
シルビア様も、お父様もお母様も——ライル様にも。
「いい加減にしなさいっ!!」
マリアン様の金切り声が静けさを打ち破る。ハッと我に返った貴族たちは、壇上に視線を向けた。ざわめく貴族たちの合間を縫って、息を切らしたお父様が最前列までやってきた。
「あの女は不敬罪で投獄するわっ! 今すぐ捕まえなさいっ!!」
「ハーミリアッ! やめろ、やめてくれ!!」
怒りに震えるマリアン様が、近衛騎士たちに命令を下す。わたくしを助けようと手を伸ばしたお父様も、簡単に押さえつけられてしまった。
ああ、残念。賭けには負けてしまったようだ。
うまくいけば、平民に落ちるだけで済むかと思ったけど。
近衛騎士に腕を掴まれたと思った時だ。
「僕の婚約者に触れるな」
目の前に濃紫のローブが揺れる。
世界でも数人しか着用を許されていないと言われる、最上級の認定魔道士のビロードのローブ。
ふわりと鼻先をかすめる慣れ親しんだ柑橘系の爽やかな香り。光を反射してキラキラと輝く青みがかった銀色の髪。
いつもは鋭く光るのにわたくしにだけ柔らかく細められる、アイスブルーの瞳。
わたくしの愛しい人。
「ライル様……っ!」
あっという間に潤んでいく瞳から、涙がこぼれ落ちた。
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