追放された殲滅の祓魔師〜悪魔達が下僕になるというので契約しまくったら、うっかり大魔王に転職する事になったけど、超高待遇なのでもう戻れません〜

里海慧

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ヴェルメリオ編

19、繋がる過去

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 悪魔族が去って、半日以上が過ぎていた。沈みかけの太陽が西棟を赤く照らしている。
 ノエルは西棟に降り立つと、空いている部屋を借りて、オリビアを呼びつけた。オリビアが部屋に入ると同時に、そっと防音の結界を張る。

「忙しいところ申し訳ないね。少し前のことになるんだけど、病で休養していた時のことを聞きたいんだ」

「えっ! はいっ! なんでも聞いてください!」

 ノエルがふんわり微笑むと、オリビアは頬を染めて視線をそらしてしまった。膝の上にある両手は、隊服を強く握りしめている。

 ふーん、純情なタイプだね。嘘をついて長期休暇を取るようには見えないな。それじゃぁ、いろいろ話してもらおうか。

「君が体調を崩したのは、二年半前で間違いない?」

「はい、アルブスに入隊して一年だった頃です」

「体調を崩す前に、何か変わったことはあったかな?」

「あ、私、襲撃があったときに、出動したけど途中で急に気を失ったことがあって……。それから体調が悪くなったんです」

 オリビアは気まずそうにうつむいている。

 訓練を受けている隊員が、戦いの途中で気を失う? 気づかないうちに攻撃を受けたのか? それなら何かしらの痕跡があるはずだけど。

「気を失ったというのは、悪魔族から攻撃を受けたの?」

「それが……よく覚えてないんです。途中からプツリと記憶が途切れていて、気づいたら医務室で手当てを受けていたんです」

「具合が悪くなったのはそれから?」

「はい、ずっと吐き気がして、あと頭痛と変な声まで聞こえてきて、本当に困りました」

 ついに記録にない情報が出てきた。僕が聞きたかったのは、これかもしれない。はやる気持ちを落ち着かせる。

「……変な声?」

「多分、気のせいなんです。ちょっと変になってたんです、あの時は」

「そんなことないよ、詳しく効かせて欲しいな」

 ノエルは誰もが見惚みとれる笑顔で、先をうながした。相手の口を軽くする、常套手段だ。
 まんまと引っかかったオリビアは、それはもう勢いよく話しはじめる。

「はいっ! ええと、あの時は頭痛が始まると、胸のあたりがゾワゾワして、頭の中で声が響くんです」

「どんな声でどんな内容?」

「声……は、男の人かなぁ……? 内容は、私の欲望をあおるようなものばかりでした」

「うん、詳しく」

 海のような碧眼で、オリビアのわずかな所作も見逃さないように、ジッと見つめる。誤魔化す素振りをすれば、すぐに見抜けるように。
 オリビアは真っ赤になりながらも、ポソポソと続きを語る。

「私……食べるのが好きで、もっと食べろとか、もっと美味しいものを食べろとか……。いつも我慢してることが、その声で我慢できなくなったんです」

「我慢できない……ね」

「吐き気もあるのに、我慢できなくて食べては吐いての繰り返しで、だんだん勤務するのが難しくなっていきました」

 あきらかに何かおかしい。さすがに吐き気があるなら、食べ物なんて口に運べないだろう。この時、オリビアに何か起きていたのは間違いない。

「それはいつまで続いたの?」

「うーん、半年くらいでしょうか? 症状が落ち着いたので、復帰したんです。でも……」

「何かあった?」

「久しぶりに出動した時に、聖神力が思うように使えなくて、悪魔族の攻撃を受けそうになったんです。その時にシュナイク副隊長が、助けてくれたんです。でも、私のかわりにひどい怪我をしてしまって……」

 ここだ。何かあったとしたら、このタイミングだ。一体、何があった……?

「その時に何かあった? 声は今も聞こえてる? それと聖神力は使えてる?」

「その時はシュナイク副隊長の怪我に驚いて、気を失いました。……そういえば、あの後からは声も聞こえないし、聖神力もいつものように使えています」

 つまりは、シュナイクとの接触後、全ての症状は消えているということか。記録とも合致している。
 これは……まさかとは思うけど、可能性はゼロじゃない。でも、前例がないから迂闊うかつに判断できないな。

「ノエル様! あの、シュナイク副隊長は助けてくれた時、笑って私に言ってくれたんです! 『これが私の仕事だから、気にするな』って! そんなシュナイク副隊長が……本当に……私、信じられません……」


 ああ、そうだよ。もともと、シュナイクはバカがつくほど真面目で、融通のきかないヤツだったんだ。人のために自分の身体を張れるヤツからこそ、一番隊の副隊長を任せたのに。
 だからそこ、納得できなかったんだ。


「オリビア」

 今にもこぼれ落ちそうな涙をぐっとこらえ、オリビアは背筋を伸ばしてノエルを見据えた。

「シュナイクがしてしまった事からは、目を逸らすことはできない。けれど、君の話を聞くと、が考えられる。僕を信じて結論が出るのを待っていてくれないか?」

「はい、ノエル様がそうおっしゃるのなら……」

 ノエルはスッと立ち上がり、オリビアの前で立ち止まる。そして青いグローブをつけた右手で、小さな顎をクイっともちあげた。
 そして花が咲くような微笑みを浮かべ、甘い声で囁く。

「だからオリビア。ここで話したことはすべて、僕と君のふたりだけの秘密にしてくれる?」

「は、はいっ!! 承知いたしましたっっ!!」

(これで、オリビアの調査と口止めは終了かな)


 三十分におよぶノエルの聴取が終わり、オリビアは頬を染めたまま、配置場所へと戻っていった。

「ヤバいっっ!! ノエル様、めっちゃファビュラスないい匂いだった!!」
「ちょ、オリビア、鼻血出てる! 鼻血!」
「あれは……もはや凶器っ!」
「オリビア! 戻ってきたわね! ノエル様と密室で二人きりなんて羨ましすぎんのよ!!」
「ゴフッ、鼻……花畑が、見える……」
「ぎゃ——! リーザ! オリビアの治療してぇぇ! 鼻血出しすぎて、死にかけてんのよぉぉ!!」

「お前らやかましいぞ!! さっさと配置に戻らんかっ!!」

「「「す、すみませ——ん!!」」」

 と上司に叱られたのは、どうでもいい話だ。



     ***



 ノエルは執務室の窓から、空に浮かぶ三日月を見ていた。先程のオリビアの話と治癒魔術が効かないという診察の記録、抑えのきかない欲望————情報はかなり集まった。
 でも、まだ足りない。まともに、話ができればいいけど……。

 ノエルはひとつため息をついて、シュナイクが収監されている独房へとむかった。


「シュナイク」

 人払いをして、防音の結界も施してから声をかける。
 簡易ベッドに腰掛けて、小さな格子窓を向いていたシュナイクは力なく振り返った。

「ノエル……様?」

「君、意外と牢獄も似合うね」

「……はは、冗談にしては少々キツいですね」

 付き物でも落ちたように、シュナイクは穏やかな顔をしていた。少しは話ができそうでノエルは安心する。

「ちょっと話がしたいんだけど、いいかな?」

「私に……話すことなんて何も……」

「二年前の怪我についてだよ」

 不思議そうな顔をするシュナイクに、聞きたいことだけを投げかける。

「治癒魔術が効かなくて、しばらく休んでいたよね? その時から今までおかしな事はなかった?」

「おかしな……事ですか?」

「たとえば、頭の中で声が聞こえるとか、欲望が抑えられないとか。または聖神力が上手く使えない、とか」

 シュナイクは目を見開いて、口をパクパクさせていた。やがて、ふっと肩の力を抜き静かに話し始める。

「誰にも話したことはないのですが……声はたまに聞こえます。欲望かどうかわかりませんが、自分はなんでもできると思い込んでいました。聖神力は……このような手枷など必要ないくらい、今は使えません」

「…………そう、これでわかったよ」

「え? どういう事ですか?」

「シュナイク、処分は変わらない。でも、ひとつ僕に考えがある。国外への出立は七日後だ。会いたい者がいれば手配するよ」

「処分はよいのです、当然の結果です。ただ……叶うなら、父と母に会わせてもらいたいです」

「わかった、手配しよう。では、七日後に」

 ノエルは独房を後にして、七日後の出立にむけて準備を始める。もしかすると、数日は戻ってこれない可能性がある。その為に前倒しで処理する案件が山積みだった。


「クッソ……この歳になっても頼るとか……アイツ絶対喜ぶし、張り切るよね……。また暴走しないようにフォローか……クッソムカつく!」

 思わず素が出たノエルの呟きは誰にも届いていなかった。
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