追放された殲滅の祓魔師〜悪魔達が下僕になるというので契約しまくったら、うっかり大魔王に転職する事になったけど、超高待遇なのでもう戻れません〜

里海慧

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ヴェルメリオ編

25、夜明けの歌

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「あら、それはいいところを見逃したわねぇ」

 夕食の星の輪熊のシチューを口に運びながら、アスモデウスは本当に残念そうに眉尻をさげた。

「でも! 私、見たとき絶叫しちゃったんですよ!?」

「ふん、たかだかキスくらいで騒ぐでない、グレシル」

 ベルゼブブは余裕ぶってるが、プルプルとスプーンが震えている。何を我慢しているのか、今は考えないようにしよう。

「あの絶叫で二人のキスシーン、みんなでバッチリ見ちゃったんだよね」

「そうなの? ちょっと恥ずかしいな……」

「ノエル! 頼むから、お前まで会話に入らないで!! ベリアルも、恥ずかしがらないで! 俺も恥ずかしいから!!」



 一晩明けて翌日の朝からは、城の修繕作業をすすめていた。さすが悪魔族だけあって、魔力をガンガン使い夕方にはすべての修理を終えていた。

 今日もノエルが泊まっていく約束をしていたので、夕食は修理したばかりの大広間で、他の悪魔族たちも一緒に食べることになった。アスモデウスもすっかり回復して、いつも通りだ。……いや、いつも通りすぎない?
 まぁ、つまり、城にいるヤツら全員で大宴会をやっている。

 酒も入って、みんなほろ酔いだ。案の定というか、昨日の件について、からかわれまくっている。
 いつまで続くんだ、この拷問…………!!

「え、恥ずかしがるレオンさま……可愛くないですか?」

「本当にねぇ、今日はいいものを見たわぁ」

「レオン様ったら、恥ずかしがり屋なんだから。もう可愛い!」

「いかんな。恥ずかしがる主人殿を、もっと見たくなってしまう」

「ああ、それなら、とっておきの話があるよ? 可愛いレオンをもっと見たい?」

「「「「見たい!!!!」」」」


 くっ! コイツら!! 俺で遊びやがって!! 可愛いって言われても嬉しくないんだよ!! ノエルも馴染みすぎだ!! もう無理!! ここから脱出する!!
 ガタリと席を立ちあがった。紫の瞳が淡く光りだす。

。お前ら明日の朝まで、誰も俺についてくるな」

 ベリアルたちはピタリと動きを止める。

「ノエル、それ以上話すなら、お前の恥ずかしい話をアリシアにもバラすからな」

 ノエルもピタリと動きを止めた。

 態度に出さなくても、ノエルの好きな女くらいわかる。そう、実はあの二人相思相愛なんだ。なぜさっさと結婚でも何でもしないのか、よくわかんないけど。

 二番隊副隊長のヨークが配属される時も、ノエルは「まぁ、既婚者で愛妻家なら、ギリギリ許せるかな……魔術攻撃の適正アホみたいに高いし」とか言ってたもんな。



 首尾よく全員の口を封じた俺は、気分転換に大広間から続くバルコニーに出た。そこから庭園へ降りられるようになっている。

 夜風が酒で火照った体に心地よかった。気分転換にちょうどいい。
 色とりどりの花が穏やかな風に揺れて、庭に彩りをそえている。奥まで進んでいくと、噴水前のベンチに意外な先客がいた。

「シュナイク、こんなとこにいたんだ」

 俺は声をかけながら、隣に腰を下ろした。
 アスモデウスの部下たちに、師匠の命の恩人だと、手厚いもてなしを受けていたのは見かけた。そういえば、途中から姿が見えなかった。

「レオン……」

「そんなに気まずそうにすんなよ。シュナイクのせいじゃないし」

「いや、私の弱い心が原因だ。……本当にすまなかった。謝って許される事ではないが……」

 やっと、シュナイクらしい会話ができた。この真面目で不器用なほど融通のきかない性格が、いつものシュナイクだったとしみじみ思う。

「いいよ、別に。ノエルに散々やられたんだろ?」

「うっ……それは、それだ」

 そもそも取り憑かれて、おかしくなってただけだし。俺としては、もう、元凶を自分の手で処分できたから、スッキリしてるんだよな。

「それよりさ、シュナイクはこれからどうするんだ?」

「…………それを、考えていた」

 少しうつむいた横顔は、答えを出しあぐねているようだった。よほど悩んでいるのか、珍しく語り始めた。

「私は……自分の弱い心のせいで、たくさんの人を傷つけた。罪を償わなければならないと思っている」

「うん」

 静かにあいづちをうって、先をうながす。

「でも、国にはもう戻れないんだ。どのように償っていけばよいのか……わからない」

「いや、シュナイクはもう罪の清算をしただろ?」

「あんなもので、罪の清算などにはならないだろう!」

「でもさ、処分を決めて実行したんだろ? じゃぁ、決着ついてるじゃん」

 だから、真面目を通り越して、堅物かたぶつって言われるんだよ。なんか、俺の周りって、人の話聞かないヤツが多すぎない? 気のせいか?

「そう……かもしれないが……私は自分に納得できないのだ」

「何でそんなに後ろ向きなんだよ……。それならさ、国以外のところで、ヴェルメリオのためになる事を、すればいいんじゃないか?」

「……どういうことだ?」

 めっちゃ期待に満ちた瞳で見つめてくる。あ、シュナイクのスイッチ、押しちゃったかもしれない。
 こうなると、この真面目人間は、止まらないんだよな。ま、いいか。誰も困らないし。たぶん。

「たとえば、世界中を旅しながら、困ってる人を助けていくんだよ。そうしたら人族に感謝したヤツらが、他の人族に優しくしてくれるかもしれないだろ?」

「だが、普通の人族が国から出るなど……」

「これからは変わるよ。ルージュ・デザライトの大魔王だからな」

 シュナイクはハッとしたあと、腕を組んで考え込んでしまった。今までは、悪魔族が襲ってくるから人族は狭い島国にたてこもっていたんだ。

 それがなくなれば、きっと世界に出て行きたいってヤツが現れる。何年か、かかるかもしれないけど、きっと、人族は世界中のいろんな所で生きていくだろう。
 それくらい、人族ってたくましいと思うけどな。

「そうか……それが罪滅ぼしになると言うなら、私はヴェルメリオの為に世に尽くそう」

 何年かぶりのスッキリとした、決意に満ちたシュナイクの顔はとても凛々しいと思った。

「ハハッ……レオンに嫉妬していたのがバカらしいな」

「え!? 俺に嫉妬!? それ時間のムダ遣いだぞ?」

「そうだな、何年も無駄にした」

「バカだなー、シュナイク」

 思わず本音が出てしまう。だけど、シュナイクはニカッと笑って穏やかな表情を浮かべている。

「ハハハ、たしかに愚かだった。欲しいものはいつも手にしていたのに、気づかなかったんだ」

「まぁ、目の前にあるものって、逆に見落としがちなのかもな」

「レオンは見落とさないように、しっかりと捕まえるのだぞ」

 シュナイクのその言葉に明確な意図を感じたけど、何のことを言ってるのかよくわからなかった。



「あー、いたいた。へぇ、こんな場所あったんだね。気配感知しないとわからなかったよ」

 後ろから聞こえてきたのは、ノエルの呑気な声だった。よっぽど俺やシュナイクと話がしたいのか、気配感知までして探してたらしい。

「ノエル様、すみません。少し考え事がしたくて、このような所に……」

「いや、ちょうど良かった。先にシュナイクに渡したいものがあって」

 そう言ってノエルは胸元のポケットから、高級な布で作られた子巾着と小さなメモ紙をとりだした。

「私に、ですか……?」

「うん、シュナイクの母君からだよ。独房では差し入れやプレゼントは、一切禁止だったからね。国を出たらシュナイクに渡して欲しいって、頼まれてたんだ」

「母が……」

 シュナイクが子巾着を開けてみると、小さい貝殻のネックレスが入っていた。貝殻は虹色に輝いて、とても美しかった。

 メモ紙には、海王のお守りで、海を渡るときに加護してくれると書かれていた。常に首から下げておくようにと念押ししている。シュナイクはさっそく首から下げて、上着の中にしまい込んだ。

「ノエル様、本当にありがとうございます。もし、母に会うことがあれば……『大切にします』と伝えてもらえますか?」

「わかった。必ず伝える」

「では、私はそろそろ休みます。旅に備えなければなりませんので。……お先に失礼します」

 そう言ってシュナイクは、改めて用意した客室へ戻っていった。旅の備えもあるだろうけど、きっと気を利かせてくれたんだろう。


 しかし、シュナイクが去った後も、ノエルはただキラキラと月の光を反射する噴水を、眺めているだけだった。
 俺はノエルが話し始めるのを、静かに待っていた。


「僕はアルブスの総帥として、レオンに聞きたい」

「それなら、俺は大魔王ルシフェルとして答えるよ」

「君は今後、ルージュ・デザライトをどのようにするつもりだ?」

 つまり、これからは悪魔族は、ヴェルメリオに襲撃をしないのかと言うことを聞きたいんだろうな。だから敢えて、総帥としてなんて前置きしたのか。

「俺はルージュ・デザライトを豊かな国にしたい。奪い合うんじゃなくて、助け合う国にしたい」

「それは実現可能?」

「そうだな……この三ヶ月で何となく、やり方は見えたかな。最悪でも、悪魔族からは侵攻しないと約束できる。攻撃されたら返り討ちにするけどな」

「そうか、わかった」

 いざとなったら、強制的に他者を襲わないようにもできるから、嘘はない。ノエルは今の約束で、納得してくれたらしい。

「それなら大魔王ルシフェル殿、我がヴェルメリオと同盟を結んではくれないか?」

「同盟?」

「ああ、いくつかの約束事を決めて、国同士としても助け合えるように同盟を結びたいと思う」

「うーん、悪魔族との契約を交わしてくれるなら……考える」

「宣誓書類ならちゃんと用意するけど?」

「いや、悪魔族の魔力で契約書を作って、約束を守らせるようにするものだよ。条件とかは色々決めれるから、そこは相談だけど」

 ノエルは頬杖をついて考え込んでいる。
 まぁ、そうだよな。国の重鎮がほいほい悪魔族と契約なんて、できるわけないよな。でもさ、俺もアイツらを守らないといけないから、譲れないものがあるんだ。

「その契約の条件というのは、どういうもの?」

「たとえばだけど、お互いに嘘はつかないとか、命は奪えないとか、願いを叶えるとか、いろいろ自由に決められる」

「へぇ……それなら……僕とレオンにとって都合のいい条件にもできるね」

 そう微笑わらうノエルは、今までみた中で最高に悪い笑顔だった。
 これは……逆らったらいけないヤツだ。逆らったところで、あの手この手で最終的にはウンと言わせられるヤツだ。
 でも、結果的にその方が後々よかったりするから、まぁ、任せても大丈夫だと思う。

「そう、なんだけど、アイツらの意見も取り入れてもらいたい」

「もちろんだよ。あくまで対等な契約だからね。おかしな横槍が入らないように、と思ってね」

 そう言うノエルの背後に黒いオーラが見えたのは、きっと気のせいだと思う。
 こちらの意見の取りまとめは、ベルゼブブに一任しよう。そうしよう。きっとベルゼブブなら、上手くやってくれるはずだ。

 気づくと東の空が、うっすらと明るくなってきていた。
 大宴会の翌日は休みにしてあるから、みんな騒いで飲んで歌っている。楽しそうな音楽や歌声が、俺とノエルの耳にも届いていた。
 まるで、夜明けの歌のように。
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