聖なる告白

藤谷 郁

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宮森みやもり一平いっぺい。26歳。

三浦みうら水産株式会社商品開発部研究室所属。

彼はストイックで優秀な社員。理系男子が集まる開発部で、日々仕事に打ち込んでいる。

社会人らしく整えた黒髪、眼鏡、襟付きのシャツが定番スタイルだ。新人研修で初めて挨拶した時、同い年なのに言動が大人っぽくて落ち着いた人――という印象を受けた。

例えば、私が好きなアウトドアの遊びはしなさそうな、インドアタイプというのか。とにかく、浮ついたところがまったくない。

同期の飲み会に来ても、彼は落ち着いた姿勢を崩さず、マイペースそのもの。他の男子のように羽目を外したり、騒いだり、女子を口説いたりせず、淡々とお酒を飲んでいる。

一平君は誰にでも親切で優しくて、人畜無害。

穏やかなので話しやすいけれど、それだけに友達の域を出ない……つまり、異性としてのアピールをまったく感じさせない存在だった。

そんなわけで、私にとっての彼は単なる同期であり、顔を合わせれば世間話くらいはするという、フランクな関係を入社以来続けてきた。

趣味も合わないだろうと予想したので、プライベートに踏み込むこともなく。

でも、実は違っていたのだ。



◇ ◇ ◇



「うう、寒い……」


私はバッグの中からラッピングされた小箱を取り出し、白い息を吐く。


「来てくれるかなあ、一平君」


クリスマスイブの街はイルミネーションが輝き、恋人達の笑顔であふれている。

待ち合わせ場所を賑やかな通りに選んだことを少し後悔した。もし彼が来てくれなかったら、惨めさ倍増である。一生、立ち直れないかもしれない。

時計を見れば、約束の時間まで5分を切っている。


「昨日の告白で、ドン引きされちゃったかも」


足先が冷たくなってきた。暖冬のはずなのに、今夜に限ってひどい寒さだ。ちらほらと舞いおりてきた雪のかけらを、震えながら見つめる。


「お願いします。私の気持ち、受け取ってください」


目を閉じて祈ると、瞼の裏に真夏の太陽が輝き始めた。

一平君を初めて意識したのは、今年の夏。海辺の民宿で偶然出会った、奇跡の瞬間だった。



◇ ◇ ◇



お盆休みに同期の沙織さおりに誘われ、伊豆の離島へ遊びに出かけた。日程は一泊二日。主な目的はダイビングだが、新鮮な魚料理を提供するという民宿に泊まるのを楽しみにしていた。

気楽な女二人旅。でも、旅先での出会いを期待しなかったといえば嘘になる。何しろ私は、前の彼氏と別れて4年になるの女であり、新たな恋を切実に求めていたのだ。


島に着いた日の午前中、私と沙織は民宿に荷物を預けてから、予約していたダイビングツアーに参加した。色とりどりの魚達とたわむれ、夏の海を満喫した後、再び島に戻る。


「お腹すいたー。優美ゆみ、海の家で何か食べようよ」

「うん。でも、海の家ってたくさんあるね。どこにしようか」

「それなら、ビーチの真ん中にある家にしようよ。焼きそばが絶品なんだ。おすすめ!」

「ほんと? 行こう行こう」


沙織は去年の夏、彼氏とこの島を訪れたという。民宿から海の家まで、島のグルメ事情にとても詳しかった。ちなみに、その彼氏と沙織は現在婚約中である。

すっかり島を気に入った沙織だが、今年は彼氏と予定が合わないため、私を誘ったようだ。


児島こじま屋』という海の家のデッキで、沙織おすすめの焼きそばを食べた。

目の前には砂浜と、先ほど潜ったばかりの青い海原が広がっている。濡れたビキニの上に着たTシャツは、太陽の熱ですっかり乾いてしまった。


「優美ってさ、同じ会社の人に興味ないの? 例えばほら、同期の男子とか」


焼きそばをほおばりながら、沙織が何気ない感じで私に訊いた。彼女とは入社以来の付き合いであり、同期の中で一番親しい間柄なのに、あらたまった質問である。


「うーん。いいなあって思う人はいるけど、既婚者だったり、彼女持ちだったり、上手くいかないんだよね。同期では、勇一君がタイプだったけど」

「ええっ、そうなの? あの筋肉マッチョの脳筋野郎!?」


沙織は腹を抱えてげらげらと笑う。


「ひどいなあ。だって、理想的なんだもの。体格がよくて、スポーツマンで、アウトドアの遊びが好きで」

「ごっ、ごめんごめん。でもだったら、何で告白しないのよ。あいつ、一年中彼女募集してるよ?」

「……」


実は一度、それとなくアプローチしたのだ。飲み会で隣の席になった時、『勇一君は、どんな女の子がタイプなの?』と、好意をにじませて質問したら……


「『もちろん、巨乳! おっぱいがデカい子! ぼいーん、ぼいいーん!!』って、……叫んでた」


沙織は焼きそばを噴き出し、テーブルを叩いて大笑いする。これだから、誰にも言わずにおいたのだ。


「もし私が巨乳だったとしても、あの人は無理。肉欲の塊なんて最低だよ」

「ぎゃははは……たっ、確かに。おっかしー!」


笑いすぎて焼きそばをなかなか食べきれない沙織を置いて、私は砂浜に下りた。真夏の太陽が、果てなく広がる太平洋を、ぎらぎらと照らしている。


「わあ、まぶしい……ん?」


正面の渚を、背の高い男性がゆっくりと横切っていく。大勢の海水浴客で賑わう砂浜の上、ひと際目立つそのシルエットに私は吸い込まれた。

逆光なので顔がよく見えないが、姿勢からすると若い男性だ。肩幅が広く、腰回りはがっしりとして逞しい。筋肉質の引きしまった身体なのだろう、とてもきれいな輪郭をしている。


「やだ、かっこいい……」


私は身動きもせず、その男性に見惚れた。

胸がドキドキする。

理想を絵に描いたようなアスリートボディだ。


「優美、どうしたの?」


沙織に呼ばれて、ハッと我に返る。私は彼女に振り向き、急いでそばに来るよう手招きした。


「何よ、誰か知り合いでもいた?」


沙織は海へと目を凝らし、なぜかにこりと笑う。


「違う違う。今、すっごく素敵な人を見つけたのよ」

「えー、マジで。どこどこ?」


口の周りに付いたソースを手の甲で拭いつつ、デッキから下りてくる。のんびりとした動作に、私はじれったくなって彼女に駆けよった。


「ほら、あそこだよ。波打ち際を歩いてる人!」


沙織に教えようとして海に顔を戻し、渚を指さした。


「……あれっ?」


さっきまでそこにいたはずなのに、男性の姿は忽然と消えていた。海水浴客に紛れたのか、それとも海に潜ったのか、数秒目を逸らす間に見失ってしまった。


「素敵な人ってどこよ。勇一君みたいな人?」


沙織の言葉に、私はぶんぶんと顔を横に振る。


「勇一君なんて目じゃないよ。もっとずっと、かっこよかった」

「へえ……優美がそこまで言うの、珍しいよね」


私があまりにも興奮したためか、沙織は少し戸惑った表情かおになる。だけど、うーんと考えてから、


「ひょっとしたら、また会えるかも。小さな島だし、同じ民宿だったりして」


小さな声でぼそりとつぶやいた。


「まさか。そんな偶然、あるわけないよ。日帰りの海水浴客かもしれないし」

「いやー、あり得るって。旅先で理想の男性と出会うなんて運命的じゃん。期待しちゃいなよ」

「き、期待って……」


確かに私は、旅先での出会いに期待した。でも、そんなのは小説やドラマに出てくる都合の良い展開だと、実は知っている。

新たな恋を、切実に求めてはいるけれど――現実は厳しいのだ。


「……そうだね、会えるといいんだけど。さっ、そろそろ宿にチェックインしようよ。久しぶりにダイビングして疲れたー。早くお風呂に入って、ごろごろしたい」

「あ、ちょっと待ってよ、優美。私まだ焼きそば食べてないし」

「ええっ、まだ食べてなかったの?」


夏の太陽がまぶしすぎて、つらい。

悲観的な心を隠し、私は明るく振舞うのだった。
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