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宮森一平君を男性として初めて意識したのは、今年の夏。
民宿での出会いは、沙織が仕掛けた偶然だったけれど、私には運命的な巡り合わせに思えた。
それぐらい感動したのだ。この上なくカッコよくてセクシーな、一平君のカラダに。
でも、それを正直に告げてしまうなんて、私は何という愚か者か。
(やっぱり、ドン引きされちゃったよね)
いや、ドン引きされたのは仕方ない。当然のことだ。
それよりも、彼を傷付けてしまったことが辛い。カラダ目当てで付き合う女なんて、どう考えても最低だ。
だけど、一平君を好きになった理由はそれだけじゃない。彼は聞く耳を持たず、去ってしまったけれど、きちんと伝えさせてほしい。
(プレゼントも渡したい。受け取ってくれるかな。ていうか、来てくれるかなあ)
夏の日を思い出し、さらに切なくなる。
プレゼントの小箱をバッグに仕舞い、時計を確かめた。約束の時間まであと2分。
今朝、一平君にメールを送った。
《今夜のクリスマスデートはあきらめます。だけど少しでもいい、会って話を聞いてください》
と、お詫びとともにお願いした。
既読は付いたけれど、返事はなし。一平君が私のメールを無視するのは初めてだった。彼は深く傷付いてしまったのだ。
あと1分
雪がどんどん降ってきて、辺りを白く染めていく。
通り過ぎるカップルに肩を押され、よろめいた。私は惨めすぎて、悲しすぎて、膝から崩れそうになる。
こんな時、いつも一平君が支えてくれた。優しくて、一途で、私を大切にしてくれる彼が、こんな風に……
「えっ?」
強い力が、へたり込もうとする私の体を起こした。
「……い、一平君!?」
「せめて傘を差しなよ。雪だるまになるぞ」
いつの間にかそばにいた一平君が、呆然とする私の肩を抱き、歩き出した。差しかけてくれる傘と大きな手が、私を守ってくれる。
一平君が、来てくれた――
私はそれだけでもう、感激している。彼が自分にとって、どれほど大事な人なのか思い知らされた。
「とりあえず、お茶でも飲もう」
「う、うん」
ちゃんと話を聞いてくれるんだ。私は安堵して、彼に付いていった。
その先は……
「えっ、ここは?」
ミッドビューホテル。今夜、デートする予定だったホテルだ。
「予約はキャンセルしたんじゃ……」
「さあね」
一平君は傘を閉じて、ホテルの中へと私を促す。横顔をうかがうけれど、何を考えているのか読めなかった。
予約をキャンセルしたのか、そのままなのか。よくわからないけれど、彼はまずティールームに私を連れてきて、温かい飲み物をすすめた。
私はジンジャーティーを飲み、ほうっと息をつく。少し落ち着くことができた。
「優美」
「……え?」
カップを落としそうになる。今、下の名前で呼んだ?
一平君はしかし真顔で、初めて呼び捨てされて戸惑う私をじっと見据える。ジンジャーティーの効果か、全身が火照ってきた。
「昨夜は、悪かった。君の言葉に動揺して、つい理性を失ってしまった。もう大丈夫だから、聞かせてくれないか」
「一平君」
いつもの冷静な一平君だ。でも、何かが違う。
「私こそ、ごめんなさい」
ちょっと上ずった声が恥ずかしい。
でも、必死の思いで打ち明けた。一平君を好きになった理由を。
「私は確かに、一平君の『体』に惹かれた。それから、あなたが実はスポーツが得意で、趣味も合うことがわかって、理想的な人だから付き合いたいと思った。沙織が仕掛けたシチュエーションにも乗せられて、でも……それだけじゃないの」
私はジンジャーティーの残りを飲み干す。緊張で喉がカラカラだ。
一平君は、私をじっと見守っている。
「気が合うし、食べ物の好みも似てるし、そばにいると楽しいっていうか、嬉しいっていうか。それまで意識してなかったことに、あの時初めて気が付いた。だからつまり、あなたが宮森一平君だから暴走できたの。肉欲のままに!」
ひっくり返った声が、静かなティールームに響きわたった。
周囲の痛い視線を感じて私は縮こまるが、一平君は微動だにしない。
「付き合い始めてからも、あなたをどんどん好きになってる。今ではもう、一平君のいない人生なんて考えられないよ」
「……」
「以上、です」
全部言い切った。でも結局肉欲を告白しただけのような。
だけど、これが私の偽らざる気持ちだ。だって、いくら体格が好みでも、中身が一平君でなければ意味がない。
わかってほしい。
「何となく、わかってたんだ」
「……え?」
一平君は眼鏡を外し、目をこすった。よく見ると、少し充血している。
「民宿で会った時、優美は僕の体を舐めるように見ていた」
「ええっ?」
あの時、そんなに?
焦る私に、彼はクスッと笑う。
「もしかして体だけに惚れたのかなと、気になってはいた。もしそうならちょっと寂しいなと思って、昨夜、思い切って確かめたわけ」
「そ、そうだったの?」
何と、ほとんどバレていたのだ。あの時点で、既に!
「やっぱり体目当てだったのかと、単純にショックを受けて、優美が何か言おうとするのを避けて、逃げてしまった。僕らしくもなく、頭が熱くなってしまってね」
一平君は眼鏡をかけると、窓に顔を向けた。賑やかな街に、雪が降りしきっている。
「優美が好きすぎて、僕は理性を失くす。それこそ、いつ暴走するかわからないほどに。でも、情熱のままに突っ走って、君に嫌われたら元も子もないから、なるべく触れないようにしてきたんだ」
「……」
今初めて聞く、一平君の本音だった。
彼は冷静に見えるが、やはりいつもと違う。穏やかで優しいけれど、決して淡白な男性ではなかったのだ。
いやむしろ、もっと激しい情熱を感じる。
「僕は感謝してる。優美との出会いを演出してくれた山科さんに。そして、君が惚れてくれた僕のカラダに」
「一平君」
彼はまっすぐに向き直り、私を見つめる。
体が火照るのは、ジンジャーティーの効果だけではない。
「僕も優美が大好きだ。ずっと前からいいなと思ってたけど、付き合いだしてからはもう、セーブするのが大変なくらい、のめり込んでるよ」
「うっ、うっ、嬉しいい~」
聖なる夜の、聖なる告白。
降りしきる雪のように、けがれなき、二人の真っ白な気持ちだ。
私達は手を繋ぎ、ロビーに戻った。彼の手のひらは熱く、興奮が伝わってくる。
初めての恋人繋ぎに感動していると……
「さて、ちょうど予約の時間だ。レストランに行こうか」
「レストラン?」
ぽかんと見上げると、彼は照れた顔になる。
「クリスマスデートの約束、忘れたのか?」
「キャンセルしなかったの?」
「するわけないだろ」
一平君は微笑むと、私を引き寄せ耳元に囁く。
甘く、情熱的な声音で。
「今夜はずっと一緒だよ。僕のカラダを、堪能してくれ」
私の頬は、たちまち真っ赤に染まる。
真夏の太陽に包まれ、身も心も溶けていくのだった。
<終>
民宿での出会いは、沙織が仕掛けた偶然だったけれど、私には運命的な巡り合わせに思えた。
それぐらい感動したのだ。この上なくカッコよくてセクシーな、一平君のカラダに。
でも、それを正直に告げてしまうなんて、私は何という愚か者か。
(やっぱり、ドン引きされちゃったよね)
いや、ドン引きされたのは仕方ない。当然のことだ。
それよりも、彼を傷付けてしまったことが辛い。カラダ目当てで付き合う女なんて、どう考えても最低だ。
だけど、一平君を好きになった理由はそれだけじゃない。彼は聞く耳を持たず、去ってしまったけれど、きちんと伝えさせてほしい。
(プレゼントも渡したい。受け取ってくれるかな。ていうか、来てくれるかなあ)
夏の日を思い出し、さらに切なくなる。
プレゼントの小箱をバッグに仕舞い、時計を確かめた。約束の時間まであと2分。
今朝、一平君にメールを送った。
《今夜のクリスマスデートはあきらめます。だけど少しでもいい、会って話を聞いてください》
と、お詫びとともにお願いした。
既読は付いたけれど、返事はなし。一平君が私のメールを無視するのは初めてだった。彼は深く傷付いてしまったのだ。
あと1分
雪がどんどん降ってきて、辺りを白く染めていく。
通り過ぎるカップルに肩を押され、よろめいた。私は惨めすぎて、悲しすぎて、膝から崩れそうになる。
こんな時、いつも一平君が支えてくれた。優しくて、一途で、私を大切にしてくれる彼が、こんな風に……
「えっ?」
強い力が、へたり込もうとする私の体を起こした。
「……い、一平君!?」
「せめて傘を差しなよ。雪だるまになるぞ」
いつの間にかそばにいた一平君が、呆然とする私の肩を抱き、歩き出した。差しかけてくれる傘と大きな手が、私を守ってくれる。
一平君が、来てくれた――
私はそれだけでもう、感激している。彼が自分にとって、どれほど大事な人なのか思い知らされた。
「とりあえず、お茶でも飲もう」
「う、うん」
ちゃんと話を聞いてくれるんだ。私は安堵して、彼に付いていった。
その先は……
「えっ、ここは?」
ミッドビューホテル。今夜、デートする予定だったホテルだ。
「予約はキャンセルしたんじゃ……」
「さあね」
一平君は傘を閉じて、ホテルの中へと私を促す。横顔をうかがうけれど、何を考えているのか読めなかった。
予約をキャンセルしたのか、そのままなのか。よくわからないけれど、彼はまずティールームに私を連れてきて、温かい飲み物をすすめた。
私はジンジャーティーを飲み、ほうっと息をつく。少し落ち着くことができた。
「優美」
「……え?」
カップを落としそうになる。今、下の名前で呼んだ?
一平君はしかし真顔で、初めて呼び捨てされて戸惑う私をじっと見据える。ジンジャーティーの効果か、全身が火照ってきた。
「昨夜は、悪かった。君の言葉に動揺して、つい理性を失ってしまった。もう大丈夫だから、聞かせてくれないか」
「一平君」
いつもの冷静な一平君だ。でも、何かが違う。
「私こそ、ごめんなさい」
ちょっと上ずった声が恥ずかしい。
でも、必死の思いで打ち明けた。一平君を好きになった理由を。
「私は確かに、一平君の『体』に惹かれた。それから、あなたが実はスポーツが得意で、趣味も合うことがわかって、理想的な人だから付き合いたいと思った。沙織が仕掛けたシチュエーションにも乗せられて、でも……それだけじゃないの」
私はジンジャーティーの残りを飲み干す。緊張で喉がカラカラだ。
一平君は、私をじっと見守っている。
「気が合うし、食べ物の好みも似てるし、そばにいると楽しいっていうか、嬉しいっていうか。それまで意識してなかったことに、あの時初めて気が付いた。だからつまり、あなたが宮森一平君だから暴走できたの。肉欲のままに!」
ひっくり返った声が、静かなティールームに響きわたった。
周囲の痛い視線を感じて私は縮こまるが、一平君は微動だにしない。
「付き合い始めてからも、あなたをどんどん好きになってる。今ではもう、一平君のいない人生なんて考えられないよ」
「……」
「以上、です」
全部言い切った。でも結局肉欲を告白しただけのような。
だけど、これが私の偽らざる気持ちだ。だって、いくら体格が好みでも、中身が一平君でなければ意味がない。
わかってほしい。
「何となく、わかってたんだ」
「……え?」
一平君は眼鏡を外し、目をこすった。よく見ると、少し充血している。
「民宿で会った時、優美は僕の体を舐めるように見ていた」
「ええっ?」
あの時、そんなに?
焦る私に、彼はクスッと笑う。
「もしかして体だけに惚れたのかなと、気になってはいた。もしそうならちょっと寂しいなと思って、昨夜、思い切って確かめたわけ」
「そ、そうだったの?」
何と、ほとんどバレていたのだ。あの時点で、既に!
「やっぱり体目当てだったのかと、単純にショックを受けて、優美が何か言おうとするのを避けて、逃げてしまった。僕らしくもなく、頭が熱くなってしまってね」
一平君は眼鏡をかけると、窓に顔を向けた。賑やかな街に、雪が降りしきっている。
「優美が好きすぎて、僕は理性を失くす。それこそ、いつ暴走するかわからないほどに。でも、情熱のままに突っ走って、君に嫌われたら元も子もないから、なるべく触れないようにしてきたんだ」
「……」
今初めて聞く、一平君の本音だった。
彼は冷静に見えるが、やはりいつもと違う。穏やかで優しいけれど、決して淡白な男性ではなかったのだ。
いやむしろ、もっと激しい情熱を感じる。
「僕は感謝してる。優美との出会いを演出してくれた山科さんに。そして、君が惚れてくれた僕のカラダに」
「一平君」
彼はまっすぐに向き直り、私を見つめる。
体が火照るのは、ジンジャーティーの効果だけではない。
「僕も優美が大好きだ。ずっと前からいいなと思ってたけど、付き合いだしてからはもう、セーブするのが大変なくらい、のめり込んでるよ」
「うっ、うっ、嬉しいい~」
聖なる夜の、聖なる告白。
降りしきる雪のように、けがれなき、二人の真っ白な気持ちだ。
私達は手を繋ぎ、ロビーに戻った。彼の手のひらは熱く、興奮が伝わってくる。
初めての恋人繋ぎに感動していると……
「さて、ちょうど予約の時間だ。レストランに行こうか」
「レストラン?」
ぽかんと見上げると、彼は照れた顔になる。
「クリスマスデートの約束、忘れたのか?」
「キャンセルしなかったの?」
「するわけないだろ」
一平君は微笑むと、私を引き寄せ耳元に囁く。
甘く、情熱的な声音で。
「今夜はずっと一緒だよ。僕のカラダを、堪能してくれ」
私の頬は、たちまち真っ赤に染まる。
真夏の太陽に包まれ、身も心も溶けていくのだった。
<終>
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