琥珀色の花嫁

藤谷 郁

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暗黒の森

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 城の西側。森の深部にあるラルフの屋敷から、老婆が出てゆくところである。
 皺くちゃの顔、まばらに生えた白い髪、腰は曲がり杖をついてよろよろと。
 手にしたボロ袋には、城下の老人長屋に入居できる程度の金を、今の今まで夫であったラルフから与えられ放り込まれている。
 老婆は城の方向へと歩いて行く。
 ただ前に進めば辿り着くと教えられ、その通りに、何も考えられない枯れた頭と体で他律人形のように。

 屋敷の寝室の窓から見送るラルフの瞳は、蒼く冷たく澄んでいる。
「百七夜、私の妻であったか。まあ、持ったほうだな」
 独りになった薄暗い閨房で、彼は女から搾り取った精気を全身に漲らせ、充実の声を上げた。

 ゴアドアの民になることを望む他国の人間が、意外なほど多くこの森を抜けてゆく。
 軍隊でさえ手を出せない恐ろしい場所だというのに、愚かで勇敢な者どもが次から次へと後を絶たない。
ゴアドアの豊かさと平安が目当ての無謀の勇。
 しかしいくら無謀でも勇は勇である。
 ゴアドア王は、そんな彼らに寛大で、辿り着いた者には出自に拘りなく温かい持て成しで受け入れた。

 そう、『無事』に辿り着いた者には……

 ラルフは森の中で網を張り、侵入しようとする人間をひとりひとりよく吟味選別した。国の益になるとみなせば魔物から守って通してやるし、害をもたらすとみなせば呑ませてしまう。
 また、他国との外交も物資の輸出入も、彼の手助けがなければ成り立たない。何しろ魔物は誰彼構わず呑んでしまうのだから、ラルフが制御するより方法が無かった。
 森の見張り役、森の番人。
 1000年前、暗黒の森が出現して以来ラルフが続けている、彼にしかできない重要な仕事であった。
 ただでやっているわけではない。彼には彼の利益がもちろんある。

「ルズ! 見回りに行くぞ」
 ラルフは寝室の窓から豆の木を伝い、物見櫓の上に軽々と躍り出ると、相棒を呼んだ。
 どこかでゴオと強い風が巻く音が聞こえた。
 彼の痩躯を包む漆黒のマントが大きく孕み、無造作に飾った宝石が、色とりどりに陽光に反射する。
 サファイア、エメラルド、翡翠――
 それらは皆、かつての妻達から頂戴した"記念品"である。
 いまさっき別れた妻からは、とても珍しい色の琥珀を手に入れることができた。それも早速加えてあった。

 熱風がラルフの長い黒髪を荒っぽく撫で付ける。
 巨大な妖獣が翼を広げ、屋敷の屋根に舞い降りた。トカゲのような頭と、かぎ爪が伸びる手足。その身体には、炎のように真っ赤な羽毛を生やしている。
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