2 / 88
暗黒の森
2
しおりを挟む
城の西側。森の深部にあるラルフの屋敷から、老婆が出てゆくところである。
皺くちゃの顔、まばらに生えた白い髪、腰は曲がり杖をついてよろよろと。
手にしたボロ袋には、城下の老人長屋に入居できる程度の金を、今の今まで夫であったラルフから与えられ放り込まれている。
老婆は城の方向へと歩いて行く。
ただ前に進めば辿り着くと教えられ、その通りに、何も考えられない枯れた頭と体で他律人形のように。
屋敷の寝室の窓から見送るラルフの瞳は、蒼く冷たく澄んでいる。
「百七夜、私の妻であったか。まあ、持ったほうだな」
独りになった薄暗い閨房で、彼は女から搾り取った精気を全身に漲らせ、充実の声を上げた。
ゴアドアの民になることを望む他国の人間が、意外なほど多くこの森を抜けてゆく。
軍隊でさえ手を出せない恐ろしい場所だというのに、愚かで勇敢な者どもが次から次へと後を絶たない。
ゴアドアの豊かさと平安が目当ての無謀の勇。
しかしいくら無謀でも勇は勇である。
ゴアドア王は、そんな彼らに寛大で、辿り着いた者には出自に拘りなく温かい持て成しで受け入れた。
そう、『無事』に辿り着いた者には……
ラルフは森の中で網を張り、侵入しようとする人間をひとりひとりよく吟味選別した。国の益になるとみなせば魔物から守って通してやるし、害をもたらすとみなせば呑ませてしまう。
また、他国との外交も物資の輸出入も、彼の手助けがなければ成り立たない。何しろ魔物は誰彼構わず呑んでしまうのだから、ラルフが制御するより方法が無かった。
森の見張り役、森の番人。
1000年前、暗黒の森が出現して以来ラルフが続けている、彼にしかできない重要な仕事であった。
ただでやっているわけではない。彼には彼の利益がもちろんある。
「ルズ! 見回りに行くぞ」
ラルフは寝室の窓から豆の木を伝い、物見櫓の上に軽々と躍り出ると、相棒を呼んだ。
どこかでゴオと強い風が巻く音が聞こえた。
彼の痩躯を包む漆黒のマントが大きく孕み、無造作に飾った宝石が、色とりどりに陽光に反射する。
サファイア、エメラルド、翡翠――
それらは皆、かつての妻達から頂戴した"記念品"である。
いまさっき別れた妻からは、とても珍しい色の琥珀を手に入れることができた。それも早速加えてあった。
熱風がラルフの長い黒髪を荒っぽく撫で付ける。
巨大な妖獣が翼を広げ、屋敷の屋根に舞い降りた。トカゲのような頭と、かぎ爪が伸びる手足。その身体には、炎のように真っ赤な羽毛を生やしている。
皺くちゃの顔、まばらに生えた白い髪、腰は曲がり杖をついてよろよろと。
手にしたボロ袋には、城下の老人長屋に入居できる程度の金を、今の今まで夫であったラルフから与えられ放り込まれている。
老婆は城の方向へと歩いて行く。
ただ前に進めば辿り着くと教えられ、その通りに、何も考えられない枯れた頭と体で他律人形のように。
屋敷の寝室の窓から見送るラルフの瞳は、蒼く冷たく澄んでいる。
「百七夜、私の妻であったか。まあ、持ったほうだな」
独りになった薄暗い閨房で、彼は女から搾り取った精気を全身に漲らせ、充実の声を上げた。
ゴアドアの民になることを望む他国の人間が、意外なほど多くこの森を抜けてゆく。
軍隊でさえ手を出せない恐ろしい場所だというのに、愚かで勇敢な者どもが次から次へと後を絶たない。
ゴアドアの豊かさと平安が目当ての無謀の勇。
しかしいくら無謀でも勇は勇である。
ゴアドア王は、そんな彼らに寛大で、辿り着いた者には出自に拘りなく温かい持て成しで受け入れた。
そう、『無事』に辿り着いた者には……
ラルフは森の中で網を張り、侵入しようとする人間をひとりひとりよく吟味選別した。国の益になるとみなせば魔物から守って通してやるし、害をもたらすとみなせば呑ませてしまう。
また、他国との外交も物資の輸出入も、彼の手助けがなければ成り立たない。何しろ魔物は誰彼構わず呑んでしまうのだから、ラルフが制御するより方法が無かった。
森の見張り役、森の番人。
1000年前、暗黒の森が出現して以来ラルフが続けている、彼にしかできない重要な仕事であった。
ただでやっているわけではない。彼には彼の利益がもちろんある。
「ルズ! 見回りに行くぞ」
ラルフは寝室の窓から豆の木を伝い、物見櫓の上に軽々と躍り出ると、相棒を呼んだ。
どこかでゴオと強い風が巻く音が聞こえた。
彼の痩躯を包む漆黒のマントが大きく孕み、無造作に飾った宝石が、色とりどりに陽光に反射する。
サファイア、エメラルド、翡翠――
それらは皆、かつての妻達から頂戴した"記念品"である。
いまさっき別れた妻からは、とても珍しい色の琥珀を手に入れることができた。それも早速加えてあった。
熱風がラルフの長い黒髪を荒っぽく撫で付ける。
巨大な妖獣が翼を広げ、屋敷の屋根に舞い降りた。トカゲのような頭と、かぎ爪が伸びる手足。その身体には、炎のように真っ赤な羽毛を生やしている。
0
あなたにおすすめの小説
閉じたまぶたの裏側で
櫻井音衣
恋愛
河合 芙佳(かわい ふうか・28歳)は
元恋人で上司の
橋本 勲(はしもと いさお・31歳)と
不毛な関係を3年も続けている。
元はと言えば、
芙佳が出向している半年の間に
勲が専務の娘の七海(ななみ・27歳)と
結婚していたのが発端だった。
高校時代の同級生で仲の良い同期の
山岸 應汰(やまぎし おうた・28歳)が、
そんな芙佳の恋愛事情を知った途端に
男友達のふりはやめると詰め寄って…。
どんなに好きでも先のない不毛な関係と、
自分だけを愛してくれる男友達との
同じ未来を望める関係。
芙佳はどちらを選ぶのか?
“私にだって
幸せを求める権利くらいはあるはずだ”
肩越しの青空
蒲公英
恋愛
「結婚しない? 絶対気が合うし、楽しいと思うよ」つきあってもいない男に、そんなこと言われましても。
身長差38センチ、体重はほぼ倍。食えない熊との攻防戦、あたしの明日はどっちだ。
工場夜景
藤谷 郁
恋愛
結婚相談所で出会った彼は、港の製鉄所で働く年下の青年。年齢も年収も関係なく、顔立ちだけで選んだ相手だった――仕事一筋の堅物女、松平未樹。彼女は32歳の冬、初めての恋を経験する。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
完結(R18 詰んだ。2番目の夫を迎えたら、資金0で放り出されました。
にじくす まさしよ
恋愛
R18。合わないと思われた方はバックお願いします
結婚して3年。「子供はまだいいよね」と、夫と仲睦まじく暮らしていた。
ふたり以上の夫を持つこの国で、「愛する夫だけがいい」と、ふたり目以降の夫を持たなかった主人公。そんなある日、夫から外聞が悪いから新たな夫を迎えるよう説得され、父たちの命もあり、渋々二度目の結婚をすることに。
その3ヶ月後、一番目の夫からいきなり離婚を突きつけられ、着の身着のまま家を出された。
これは、愛する夫から裏切られ、幾ばくかの慰謝料もなく持参金も返してもらえなかった無一文ポジティブ主人公の、自由で気ままな物語。
俯瞰視点あり。
仕返しあり。シリアスはありますがヒロインが切り替えが早く前向きなので、あまり落ち込まないかと。ハッピーエンド。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる