琥珀色の花嫁

藤谷 郁

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飛び立った魔法使い

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 朝食の仕度が一段落するとミアは窓を覗き、物見櫓の上で佇むラルフを見上げた。
 あの人には敵わない――
 森で初めて彼を目にした時の驚きを思い出す。

 こんなに美しい青年を、私は知らない。
 プラドー家の屋敷に出入りする、どんなに身分の高い貴族にもない、気品と風格を感じる。

 鉄瓶に沸いたお湯をポットに入れて、茶葉を躍らせた。
 いい香りがする。
 ミアは目を閉じた。もう、なにもかも忘れて、ここであの人と一緒に暮らして行けたら。妻ではなく、召使いでもいい。あの人さえ許してくれるなら、ここで……
「ミア」
 耳元に低い声がかかり、鉄瓶を落としそうになった。
「あっ、すみません」
「早くしろ。私は忙しい」

 ラルフがいつの間にか後ろに立っていた。普段と変わらぬ命令口調に、先ほどの夢は霧散した。
「分かりました。すぐにお運びします……」
 二人は食卓について、朝食を始めた。
 ラルフは急いでいるのか、さっさと食べ終えると食後のデザートにかかった。
「さて、お前に訊きたいことがある」
 デザートも済むとフォークを置き、ミアの隣に席を移動する。
「な、何でしょうか」
 いきなり近くに寄るので、ミアの頬はさっと赤くなった。ラルフは構わず、話を始める。

「プラドー家の伝承というのは、執事や家政婦、あるいは他の使用人も知っているのか」
「いいえ。知っているのは執事や家政婦長など、代々プラドー家に仕える者に限られています」
「そうか」
 ラルフは少し考えて、
「お前達一族は黒のゴアを受け継いでいるが、プラドー家の青いゴアを奪ってまで、その伝承を実践しようとはしなかった。どうしてか分かるか」
「恐れたからです」
 ミアは即座に答えた。
「プラドー家の一族は、自分達を神だと考えています。使用人の命など、あの人達の気分しだいで、どうにでもされてしまいます」
 ラルフは冷たく笑う。世の中には、似たような者がいるものだ――

「それに、具体的な方法が分かりません。唯一の手がかりである書物は白紙ですし……誰も命を賭してまで実践しようとは思いません。黒のゴアを守るのが精一杯でした」
 睫を伏せるミアの横顔を、ラルフは見守る。彼女の姿はたった一晩で、いまや別人のように変貌していた。
 きれいに結い上げた銀の髪も、薔薇色に輝く頬も、娘らしい瑞々しさを湛える形のよい唇も、実に美しい。本当にきれいになったと、ラルフですら見とれるほどだ。
 私から精力を奪っているのでは……と、疑うほどに。ラルフが抱けば抱くほど素肌は艶めき、爪の先までも生き生きと輝いてくるのだ。

 ミアがふいにラルフを見向き、彼は反射的に視線を外した。
「……お前だけは勇気をもって、行動に出たわけだ」
「はい。プラド―家から特に酷い扱いを受けていたというのもありますが、私はいつしか代々仕えるという因習に疑問を持ち、私と、私の一族を解放するのが使命だと思うようになっていました」
「ゴアでなら、その望みが叶えられると?」
「はい。方法は分からなくても、とにかく青のゴアを手に入れたかった。ずっと機会を窺っていたのです」
 ラルフは立ち上がると食卓を離れ、壁に掛けておいたマントを取り上げる。ふわりと肩に羽織り、再びミアの隣に戻った。
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