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消えた温もり
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ラルフはミアの手を取り、黒と青の闇の琥珀をぴたりと重ねた。二つの光は螺旋状に絡み合い、溶け合い、海の上に巨大な星となって輝く。
夢のような光景だった。
お前の望みを叶える――
声がした。大地の底から響いてくるような……いや、海から聞こえる。
これは海の声なのだ!
ミアはラルフの腕に掴まり、真っ白な球体を懸命に見つめた。
「そのものの唇に唱えさせよ お前の望みを」
ラルフは優しく、ミアの耳もとに囁いた。
「私の……望みを?」
「そう、お前の望みを心に浮かべるのだ……」
ざわめく潮騒を鎮めるように、厳かな声が響き渡る。
優しき花々の咲く
美しく穏やかな幸福の森で
家族とともに生きてゆく
何にも縛られず
隠さず
愛する者達に囲まれて
幸せに生きる
愛する者とともに
幸せに…生きる…
ミアは温かな胸の中、光の眩しさに瞬きもせず、その声を聞いた。
幸せだと思った。
生まれて初めて、生きている喜びを、心の奥底まで感じている。
闇の琥珀にかけられた魔法は、ようやくその役目を終えた。
安堵したように、やがて光は収束し、小さな真珠となる。そして一瞬輝いたかと思うと、ふっと消えてしまった。
海はもとどおり、錫色の風景になった。
「愛しています」
ミアが呟いた時、ラルフはそっと体を離した。
「……?」
哀しみに満ちた瞳が彼女を捉えている。
「どうなされたのです。どうしてそんな目で……」
「私は……お前の幸福を見届けた。もう大丈夫だ。お前は辛いしがらみから完全に解放され、これからは自由に生きるのだ。森へ帰れ。お前の望んだ幸福が待っている」
何を言われているのか分からず、ミアはかぶりを振った。
「ラルフ様も一緒です。だって、そうでしょう? あなたは私の一番大切な」
しがみ付くミアを強く突き放すと、彼は後ずさった。
「私は罪深い男だ。心も体も穢れている。1000年の長きに渡り犯してきた罪を償わねばならない」
哀しげに微笑む顔は蒼ざめている。今にも消えてしまいそうに……
「あなたは呪いをかけられていたのです。あなたの罪ではありません!」
ミアは悲鳴のような叫びを上げて、ラルフに駆け寄る。
だが掴めない。ラルフの身体は空気に溶けたように、実体がなくなっていた。
「嫌です!!」
ラルフはもう一度微笑んでみせると、眠るように瞼を閉じた。
「ミア……お前と暮らした最期の日々、私は幸せだった。ありがとう…………」
猛烈な海風が吹きつけ、ミアの視界を一瞬塞いだ。
そして再び目を開けた時、ラルフの姿はどこにもなかった。ただ寒々とした空と海が錫色に広がるだけで、ついさっきまでミアを包んでいた愛しい温もりは、嘘のように消えていた。
「あっあ……いやです。いやですそんな……あんまりです!!」
ミアはあてどもなく、果てしなく続く渚をさ迷い、やがて波に足を取られ、冷たい砂に突っ伏した。
胸もとから革紐が放り出され、その先で二つの琥珀が、ひび割れていた。
張り裂けそうに哀しく、辛い泣き声が海風に千切られる。
それは誰にも届かない。
最愛の者はもう、どこにも居ないのだ。
夢のような光景だった。
お前の望みを叶える――
声がした。大地の底から響いてくるような……いや、海から聞こえる。
これは海の声なのだ!
ミアはラルフの腕に掴まり、真っ白な球体を懸命に見つめた。
「そのものの唇に唱えさせよ お前の望みを」
ラルフは優しく、ミアの耳もとに囁いた。
「私の……望みを?」
「そう、お前の望みを心に浮かべるのだ……」
ざわめく潮騒を鎮めるように、厳かな声が響き渡る。
優しき花々の咲く
美しく穏やかな幸福の森で
家族とともに生きてゆく
何にも縛られず
隠さず
愛する者達に囲まれて
幸せに生きる
愛する者とともに
幸せに…生きる…
ミアは温かな胸の中、光の眩しさに瞬きもせず、その声を聞いた。
幸せだと思った。
生まれて初めて、生きている喜びを、心の奥底まで感じている。
闇の琥珀にかけられた魔法は、ようやくその役目を終えた。
安堵したように、やがて光は収束し、小さな真珠となる。そして一瞬輝いたかと思うと、ふっと消えてしまった。
海はもとどおり、錫色の風景になった。
「愛しています」
ミアが呟いた時、ラルフはそっと体を離した。
「……?」
哀しみに満ちた瞳が彼女を捉えている。
「どうなされたのです。どうしてそんな目で……」
「私は……お前の幸福を見届けた。もう大丈夫だ。お前は辛いしがらみから完全に解放され、これからは自由に生きるのだ。森へ帰れ。お前の望んだ幸福が待っている」
何を言われているのか分からず、ミアはかぶりを振った。
「ラルフ様も一緒です。だって、そうでしょう? あなたは私の一番大切な」
しがみ付くミアを強く突き放すと、彼は後ずさった。
「私は罪深い男だ。心も体も穢れている。1000年の長きに渡り犯してきた罪を償わねばならない」
哀しげに微笑む顔は蒼ざめている。今にも消えてしまいそうに……
「あなたは呪いをかけられていたのです。あなたの罪ではありません!」
ミアは悲鳴のような叫びを上げて、ラルフに駆け寄る。
だが掴めない。ラルフの身体は空気に溶けたように、実体がなくなっていた。
「嫌です!!」
ラルフはもう一度微笑んでみせると、眠るように瞼を閉じた。
「ミア……お前と暮らした最期の日々、私は幸せだった。ありがとう…………」
猛烈な海風が吹きつけ、ミアの視界を一瞬塞いだ。
そして再び目を開けた時、ラルフの姿はどこにもなかった。ただ寒々とした空と海が錫色に広がるだけで、ついさっきまでミアを包んでいた愛しい温もりは、嘘のように消えていた。
「あっあ……いやです。いやですそんな……あんまりです!!」
ミアはあてどもなく、果てしなく続く渚をさ迷い、やがて波に足を取られ、冷たい砂に突っ伏した。
胸もとから革紐が放り出され、その先で二つの琥珀が、ひび割れていた。
張り裂けそうに哀しく、辛い泣き声が海風に千切られる。
それは誰にも届かない。
最愛の者はもう、どこにも居ないのだ。
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