琥珀色の花嫁

藤谷 郁

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消えた温もり

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 トーマの北側には海が広がっている。
 その海岸に、ラルフは静かに降下した。
 冬が近い海は空と同じ錫色に染まり、強い風に吹き付けられた砂浜も荒涼としている。風景は陰鬱で、寂しいものであった。
 ラルフは竜の変身を解くと、いつもの黒いマント姿に戻り、その中へミアを引き寄せ包み込んだ。
 二人は海のほうを向き、遠くを眺めた。
 いくつかの島影が見える。そして水平線。その彼方には、遥か昔……ゴアドアの民の遠い祖先が生まれたという北の大陸がある。

「ミア……あの言葉を言ってみなさい」 
 ラルフが彼女を後ろから抱き抱え、遠くへ目をやったまま命じる。 
「はい」 
 ミアは素直に応じると、風に負けぬよう声を大きくして暗誦した。 


 はじまりの地 

 太陽と月を重ね 

 愛のかいなに抱かれたなら 

 そのものの唇に唱えさせよ 

 お前の望みを


 ラルフは頷くとミアをこちらに向かせ、深い緑の瞳を、奥底まで覗くように見つめる。 
「はじまりの地とは、ここだ。父王はこの場所を始まりの岸と呼んでいた」 
 ミアもラルフの蒼い瞳を覗き込む。強い光を宿し、誰よりも澄んだ心を映している。 
「お前の胸にある二つの琥珀。それが太陽と月だ。黒のゴアが太陽。青のゴアが月」 
「はい」 
 ミアはブラウスの上から胸もとを確かめた。二つのゴアが重なっている。 

 ラルフは力をこめ、ミアを抱きしめた。そして愛しげに、唇を銀の髪に押し付けると、しばらく動かなかった。 
「ラルフ様……」 
 ミアの声は震えている。彼が泣いているような気がした。 
「これからお前の望みを叶える……父王が闇の琥珀に施した魔法のすべてを、解放する」 
「私の望みを……」 
 ミアはラルフを見上げた。 
「私の望みは一つです。ラルフ様……」 

 ラルフは優しくミアの髪を撫でると、頷いた。 
「分かっている。そんな顔をするな」 
 ミアは広い胸に顔を埋めた。 
(あなたと二人で、ずっと一緒に、生きてゆくのです。幸せに……)
 ラルフは北の大陸を望むように遠くへ視線を投げると、ミアに教えた。 

「潮が満ちてくる。見ろ、足もとを」 
 言われて、下に目を落とす。二人が立っている場所は砂が堆積して、小さな丘になっていた。その周囲を、満ちてきた海水が腕を伸ばし包むように囲んでいる。 
「愛のかいなに抱かれたなら……」 
 ラルフの言葉にミアははっとした。 
「愛のかいな。愛とは、海のことだ。我々命あるものは皆、海から生まれた」 

 ミアはラルフの視線をたどる。 
 雲が晴れてゆく。その向こうから夜明けの太陽と、そして月が同時に出現した。 
「太陽と月」 
 胸もとのゴアを取り出した。 
「ラルフ様……これは!」 
 二つの石が、光を発している。 
「こんなに明るいのに、光っています……っ」 
「静かに、ミア」 
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