一億円の花嫁

藤谷 郁

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旅の終わり

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(そっか……由比さんは私を置いて、東京に行ってしまった。仕事ができたからと言って、あっさりと立ち去った)

 認めたくなくて、思い出すのをためらっていたこと。
 だけど、いくら現実逃避しようと、事実は変わってくれない。認めないわけにいかないのだ。

 夢の終わりを。

「関根さん。少し、お話ししてもいいですか?」
「も、もちろんでございます」

 私が椅子をすすめると、彼女は遠慮しながらも腰掛け、向き合ってくれた。

「昨日のことでございますね?」
「ええ。詳細は省きますが、お伝えしておきます。昨夜は私、ぼうっとして、何も話せなかったから。すみません」
「とんでもございません! どうぞ、お気になさらず」

 恐縮する彼女に、私は報告した。
 由比さんと観光地巡りをしたこと。とても親切にしてもらい、楽しかったこと。それから、最後にスキー場のゴンドラで山に上り、未公開の展望風呂を見せてもらったことまで。
 もちろん、詳細は省いたけれど……良い思い出ができて感謝していると、伝えた。

「そうなんですね。大月様にご満足いただけて、良かったです」

 関根さんが嬉しそうにする。
 だけど、何かを察しているようでもあった。

「実は、お帰りが遅かったので心配しておりました。CEOは基本的に紳士な方ですが、少々、エキセントリックな面がありまして、失礼があったのではないかと。大月様が随分疲れたご様子だったので……その、なんと申しますか……」
「……」

(もしかしたら、由比さんは……)

 そもそも関根さんは、由比さんと私が食事する時点で、あまりいい顔をしなかった。
 考えたくないけれど、考えてしまう。

 もしかしたら由比さんは、女性に対して親切すぎるのかもしれない。本人に悪気はないが、結果的に問題行動とみなされるため、関根さんも総支配人も、過剰に心配したのではないか。

 つまり、私を食事に誘ったり、デートしたのも、甘い言葉までも、彼にとっては日常茶飯事。単なる親切。

 そう考えると、辻褄が合う。

(……もしそうなら、とんだ道化者だ、私)

 よく考えれば、いや、考えるまでもなく、あれほどハイスペックで素敵な男性が、私なんかを相手にするわけがない。
 それなのに、愛しいとか言われて、舞い上がって、キスされて、うっとりして、バカみたい。

(なんだ……そうだったのね)

 今、魔法が解けた気がする。
 でも、どうしてか由比さんを恨む気になれない。だって彼は、私の願いを叶えてくれたのだから。

(あれ?)

 ふと、違和感を覚える。そういえば彼も、それらしいことを口にしたような……??

 ――『あなたが愛しくて、あなたの望みを叶えたいと思ったのです』
 ――『あなたの望みです。王子様と恋を……』

(えっ、どうして?)

 私の願いは、王子様と恋をすること。
 なぜ彼がそれを知っているの?

「大月様? どうかなさいましたか」
「いえっ、なんでも」

 分からない。由比さんがなぜ、私の望みを知っていたのか。
 どこかでぽろっと漏らした? それとも、彼を見る目つきが、もの欲しげだったとか?

 いずれにしろ、願望がバレバレだったのは確かだ。
 恥ずかしくてたまらなくなるが、でも、なぜかやっぱり由比さんを悪く思えなかった。

 単なる親切心でも、彼は私の望みを叶えてくれたのだ。デートもキスも、私にとって十分すぎる出来事だし、後にも先にも、あんなにときめくことはないだろう。

 突然抱擁を打ち切られたのはショックだったけど、仕方ない。
 彼が言ったように、よほど大事な仕事を思い出したのだろう。私の相手をしている場合ではないほどの。

 だけどもう、細かいことはどうでもいい。由比さんは、私の望みを叶えてくれた。それは、彼にしかできないことであり、奇跡のような巡り合わせだと感じるから。
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