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横浜デート
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展望フロアは薄暗い空間だった。港側の窓に来館者が集まり、高所からの夜景を楽しんでいる。
私はずっと無言だった。隣に立つ由比さんとはそれとなく距離を置き、手も離している。
「なあなあ、どうしたんだよ奈々子。なんで怒ってるんだ」
「……」
私は返事もできない。
あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて。
「怒りんぼだなあ」
「……怒ってなんかいません」
ただ、気が抜けただけ。
まさか動画の再生回数が少ないからと、あんなに深刻な顔をするなんて。
(はあ……それにしても)
由比さんが仕事を休んだせいで大きな損失が出たとか、そういうんじゃなくて良かった。もしそんなことになったら私が原因であり、関根さんや会社の人たちに、お詫びのしようがない。
「まったく、奈々子は分かりやすいよなあ」
由比さんが呆れたように言う。
「俺が一日休んだぐらいで会社は潰れないぜ? 優秀なチームが付いてるって言ったろ」
「か、会社が潰れるなんて思いません。でも、何があったのかとびっくりしたんです。あんなに深刻そうにするから」
ようやく言葉を返し、ふうっと息をつく。
ガラス越しの眼下に宝石のような夜景が広がっている。
「悪かった。でもなあ、俺にとっては深刻な話なんだぜ? ウーチューブの再生回数はキングの生命線だからな。会社で言えば株価みたいなもんだ」
「はあ」
由比さんにとってウーチューブの評価は、時価総額と同じくらい意味があるのだ。
なぜそこまで……と、やはり首を傾げてしまうが、彼は大真面目である。
「ちょっと間が空いたからなあ。定期的にアップしないと一気に下がっちまう」
そういえば、キングのチャンネルは湖で撮った動画が最新だった。週に一度アップすると言っていたのに。
「お仕事が忙しくて?」
「まあね。あと、他に集中すべきことがあったから」
仕事や動画以外に?
不思議に思っていると、由比さんがやれやれと肩をすくめた。
「奈々子のことをずーっと考えてたんだ。必ず結婚するためにはどうすればいいのか、集中して」
「えっ、わ、私のことを?」
「うん。チャンネル開設以来、配信を後回しにするなんて初めてだよ。つまり、何よりも君が大切ってわけさ」
由比さんが距離を詰めてきた。私の手を取り、まっすぐに目を合わせる。
「ゆ、由比さん?」
「君に渡したいものがある。婚姻届を出す前に……」
その時、彼のポケットでスマホが振動した。
「なんだよもう、タイミングが悪いな」
由比さんは口惜しそうに言うと私の手を離し、スマホを取り出した。
「おっ、関根さんからだ」
「えっ」
今度こそ何かあったのだろうか。不安に思う私に、彼がゆるゆると首を振る。
「単なる業務報告さ。10分で済むから、そこで待っててくれ。電話してくる」
「わかりました」
私はうなずき、展望フロアを出る由比さんを見送った。
(さっき、何を言おうとしたのかな)
渡したいものがあるとか、婚姻届がナントカと聞こえたような。
「ま、いいか」
一人になり、あらためてフロアを見回す。目が慣れてきたので、周りの様子がよくわかった。
老若男女様々だが、男女二人連れがほとんど。いずれも身なりがよく、優雅な雰囲気である。
「……」
場違いな気がして、居心地が悪い。それに、ポツンと一人きりでいると、頼りない気持ちになる。
私は無意識に、由比さんを頼っていたようだ。
「そうだ、トイレに行っておこう」
夜景を見たらすぐに出発だろう。お化粧も直したいし、今のうちに済ませたほうがいい。
スタッフに訊ねると、化粧室は通路の奥にあるとのこと。
「10分以内に戻らなきゃ」
時間を確かめてから、ドアを開けてフロアを出た。
私はずっと無言だった。隣に立つ由比さんとはそれとなく距離を置き、手も離している。
「なあなあ、どうしたんだよ奈々子。なんで怒ってるんだ」
「……」
私は返事もできない。
あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて。
「怒りんぼだなあ」
「……怒ってなんかいません」
ただ、気が抜けただけ。
まさか動画の再生回数が少ないからと、あんなに深刻な顔をするなんて。
(はあ……それにしても)
由比さんが仕事を休んだせいで大きな損失が出たとか、そういうんじゃなくて良かった。もしそんなことになったら私が原因であり、関根さんや会社の人たちに、お詫びのしようがない。
「まったく、奈々子は分かりやすいよなあ」
由比さんが呆れたように言う。
「俺が一日休んだぐらいで会社は潰れないぜ? 優秀なチームが付いてるって言ったろ」
「か、会社が潰れるなんて思いません。でも、何があったのかとびっくりしたんです。あんなに深刻そうにするから」
ようやく言葉を返し、ふうっと息をつく。
ガラス越しの眼下に宝石のような夜景が広がっている。
「悪かった。でもなあ、俺にとっては深刻な話なんだぜ? ウーチューブの再生回数はキングの生命線だからな。会社で言えば株価みたいなもんだ」
「はあ」
由比さんにとってウーチューブの評価は、時価総額と同じくらい意味があるのだ。
なぜそこまで……と、やはり首を傾げてしまうが、彼は大真面目である。
「ちょっと間が空いたからなあ。定期的にアップしないと一気に下がっちまう」
そういえば、キングのチャンネルは湖で撮った動画が最新だった。週に一度アップすると言っていたのに。
「お仕事が忙しくて?」
「まあね。あと、他に集中すべきことがあったから」
仕事や動画以外に?
不思議に思っていると、由比さんがやれやれと肩をすくめた。
「奈々子のことをずーっと考えてたんだ。必ず結婚するためにはどうすればいいのか、集中して」
「えっ、わ、私のことを?」
「うん。チャンネル開設以来、配信を後回しにするなんて初めてだよ。つまり、何よりも君が大切ってわけさ」
由比さんが距離を詰めてきた。私の手を取り、まっすぐに目を合わせる。
「ゆ、由比さん?」
「君に渡したいものがある。婚姻届を出す前に……」
その時、彼のポケットでスマホが振動した。
「なんだよもう、タイミングが悪いな」
由比さんは口惜しそうに言うと私の手を離し、スマホを取り出した。
「おっ、関根さんからだ」
「えっ」
今度こそ何かあったのだろうか。不安に思う私に、彼がゆるゆると首を振る。
「単なる業務報告さ。10分で済むから、そこで待っててくれ。電話してくる」
「わかりました」
私はうなずき、展望フロアを出る由比さんを見送った。
(さっき、何を言おうとしたのかな)
渡したいものがあるとか、婚姻届がナントカと聞こえたような。
「ま、いいか」
一人になり、あらためてフロアを見回す。目が慣れてきたので、周りの様子がよくわかった。
老若男女様々だが、男女二人連れがほとんど。いずれも身なりがよく、優雅な雰囲気である。
「……」
場違いな気がして、居心地が悪い。それに、ポツンと一人きりでいると、頼りない気持ちになる。
私は無意識に、由比さんを頼っていたようだ。
「そうだ、トイレに行っておこう」
夜景を見たらすぐに出発だろう。お化粧も直したいし、今のうちに済ませたほうがいい。
スタッフに訊ねると、化粧室は通路の奥にあるとのこと。
「10分以内に戻らなきゃ」
時間を確かめてから、ドアを開けてフロアを出た。
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