恋の記録

藤谷 郁

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奇怪な日常

11

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刑事の行動は速い。二人ともソファを立つと、玄関にさっさと歩いていく。


「あ、東松さん。ジャンパーを忘れていますよ」


雨に濡れた上着をハンガーに掛けておいた。薄手な生地のためか、すっかり乾いている。


「おっと、すみません」

「どうぞ」


東松さんの肩に着せかけると、彼はどうしてか戸惑った様子になり、素早く袖を通した。


「今日はスーツなんですね」

「え?」

「髪型も、ずいぶんサッパリしてますし」


何となく疑問に感じたことを口にした。東松さんには予想外の質問だったようで、妙な顔になるが、


「まあ、格好は場合によりけりですね。基本は短髪にスーツです」

「そうですか。ふふ……」


なぜか微笑んでしまった。東松さんは黙って見下ろすが、もう睨まれたとは思わない。

玄関ドアを開けて、二人を送り出した。


「では、我々はこれで。またお尋ねするかもしれませんが、一条さんも、もし何かありましたら、こちらにご連絡ください」


水野さんが名刺を差し出す。東松さんもポケットを探り、一枚取り出した。

緑警察署 刑事第一課 強行犯係――


(巡査部長の、東松なかばさん……)


本当にこの人は、刑事さんなのだ。

勝手なものだが、警察の人となると、コワモテも大柄な体格も頼もしく見えてくる。


「おじゃましました。見送りは結構ですから、部屋に入って、ちゃんと戸締りしてください」

「はい、ありがとうございます」


東松さんは会釈して、水野さんとともに廊下を歩いていく。

私は言われたとおり部屋に入ると、ドアを閉めて施錠した。



「はあ……もうこんな時間か」


アパートに帰る前は心細い気持ちだったが、コワモテ男……東松さんと遭遇したことで、不安も吹き飛んでしまった。


「いたたた……」


一人になって気が抜けたせいか、膝の痛みがぶり返す。

パンツの裾をまくり上げてみると、うさぎの絆創膏が赤く染まっていた。


「お風呂に入って、手当てし直そう」


絆創膏をはがして、捨てる前にもう一度ファンシーなうさぎ柄を見つめる。


「ぷっ、カワイイ……」


人は見かけに寄らぬものだと、あらためて実感した。



風呂を出たあと、まずは膝の手当てをした。それから、他のすり傷にも軟膏を塗る。裸になって分かったのだが、あちこちすりむいていた。


「やっぱり、お腹がすいてきたわ」


コンビニでみかんゼリーしか買わなかったので、常備食の冷凍うどんを食べることにする。お湯を沸かし、どんぶりを用意したところで、はたと思い出した。

昼間、智哉さんに話を聞いてもらった。その時、アドバイスをもらっている。

刑事が来たことや、隣人だと思っていたコワモテ男が、実はその刑事であったことなど、報告すべきではないか。

うどんは後回しにして、スマートフォンを構える。通話ボタンをタップすると、智哉さんがすぐに応答した。


『こんばんは、ハル』


彼の優しい声に胸がときめく。なぜなのか、これまでになく甘い響きが感じられた。


「と、智哉さん、こんばんは。ごめんなさい、こんな夜遅くに」

『いいよ。電話がありそうな気がして、待ってたんだ』


私のことを、いつも心配してくれている。彼の言葉に舞い上がりそうになりながら、今夜あったことを報告した。




『つまり、コワモテの男は亡くなった隣人とは別人で、しかも警察の人間だったのか』

「そうなんです、完全に私の思い込みでした」


私の勘違いを智哉さんは笑わなかった。落ち着いて、真面目に聞いてくれることが嬉しい。


「お化け呼ばわりした上、傘で殴りかかってしまって、東松さんに悪いことしました」

『東松?』

「あ、そのコワモテの刑事さんです。話してみると案外普通の人で、全然怖くなかったですよ」

『ふうん……人は見かけに寄らないな』


本当にそう思う。

智哉さんの感想に頷きながら、東松さんの風貌を思い浮かべた。


『それで、警察は何て言ってた?』

「え?」

『例の、苦情の紙を渡したんだよね』


ああ、そのことかと気付く。自分にとってほとんどどうでもいいことなので、失念していた。


「智哉さんのアドバイスどおり、刑事さんには、ありのままを話しておきました。隠しても仕方ないですし」


智哉さんも『そうだな』と同意する。


『そもそも君は、隣人の顔すら知らなかった。鳥宮という男と面識がないことは、勘違いされたコワモテ刑事が一番よく分かってるだろう。だから苦情主が隣人であろうと、ハルは今回のできごとに何の関係もない。彼らが苦情の紙を持ち帰ったのは、死者の人間性をはかるヒントになるかもしれない、ただそれだけの理由からだ』


まったく、そのとおりだ。智哉さんの理屈にうんうんと頷く。


『例えば鳥宮がクレーマータイプなら、他の住人にも似たような苦情を出してる可能性があるな。警察はその辺りを、管理会社に問い合わせるつもりだろう』

「あ、そういえば刑事さんが、大家さんと管理会社に苦情の紙を提示すると言っていました」

『そうか。警察もご苦労なことだ』


乾いた笑いが、耳元に感じられる。スマートな智哉さんらしからぬ、皮肉っぽい言い方だった。


『とにかく、ハルは何も心配することはないよ』

「ええ……」


智哉さんの保証付きなら、安心できる。ただ、隣人が転落死したことは事実であり、ここはやはり居心地の良い場所ではない。

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