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正義の使者〈2〉
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俺と水野さんは一旦署に戻り、車に乗って望月警部補との待ち合わせ場所へと向かった。
「課長には報告済みですよね」
「うん。というより望月くんが課長に電話して、『水野さんに話を聞きたいので、今日そちらにおじゃまします』と言ったそうだ。課長が『噂どおり身軽な男だな』と笑ってたよ」
フロントガラスに映る街は暗い。遠くの空が光るのが見えた。今夜も雨になりそうだ。
「噂どおり?」
「まあ、フットワークが軽いってことだ。親しみやすいタイプだから、東松くんも仕事がやりやすいと思うよ」
「はあ……水野さんは、望月警部補と面識があるのですか」
「私は以前、群馬県警との合同捜査本部で望月くんと組んだことがある。あの頃、彼はまだ新人だったが、勘がよくて、頼りになる相棒だった。そうだなあ……瀬戸さんにちょっと似てるかな」
「えっ、瀬戸さんに?」
水野さんが褒めるくらいだから、きっと優秀な刑事なのだ。でも、瀬戸さんに似ていると聞いて、少し身構えてしまう。
「明るくて、エネルギッシュで、強引な性格ってことですかね」
「ははは……そうだな。年齢も彼女と同じだし、独身で、しかも色男だぞ」
「なるほど……」
本当に仕事がやりやすいのだろうか。一抹の不安を感じながらも、とにかく彼の待つ『メゾン城田』へと急いだ。
望月警部補はメゾン城田の入り口で待っていた。
遠くからでもよくわかる、スタイリッシュなイケメンだ。すらりとした長身に、濃紺のスーツがよく似合っている。
「お久しぶりです、水野さん。いきなり押しかけてすみません」
「いやいや、来てくれて助かったよ。私たちも高崎の事件について話を聞きたかったからね」
二人はにこやかに挨拶を交わした。階級が下の俺は後ろに控えている。
「よっ、こんばんは。キミが東松くんか。瀬戸ちゃんから聞いたとおりだなあ」
「え?」
えらく砕けた態度だ。それに、瀬戸さんのことを「瀬戸ちゃん」と言った。
「俺は群馬県警高崎署の望月拓海。よろしくな」
「埼玉県警緑署の東松央です。こちらこそ、よろしくお願いします」
確かに親しみやすい雰囲気だ。華やかな風貌は刑事らしくないが、近くでみると案外胸板が厚い。
「瀬戸さんが東松くんのことを何と言ってたんだ?」
水野さんが面白そうに訊く。
望月さんはなぜか肩を竦めて、
「褒めてましたよ。フフッ……詳しくは言わないほうがいいかな」
瀬戸さんのことだ。どうせおかしなことを喋ったのだろう。
望月さんのにやけた顔が証明している。
「さてと、水野さん。そろそろ本題に入りましょう」
「ああ、行こうか。鍵はあるかな」
「バッチリです。さっき大家さんのお宅に寄って、借りてきました」
久しぶりに再会したわりに息の合ったやり取りだ。俺は黙って、いそいそと進む先輩たちのあとに続いた。
506号室の状態は鳥宮が死亡した日と同じだった。
新品の大型テレビも、本棚の上に並ぶフィギュアも、持ち主を失ったまま放置されている。警察が現場保存を頼んだわけではない。遺族が手を付けずにいるのだ。
「母親が遺品を引き取ると言うのに、父親が反対してるそうです。相続放棄でもされたら賠償金の請求ができなくなるって、大家がぼやいてましたよ」
鍵を借りたとき、大家と話したのだろう。望月さんの口調に同情が滲んでいる。
「ここは事故物件だからなあ。空き部屋が増えるだろうし、大家さんも大変だ」
水野さんが俺をちらりと見る。
「一条さんも部屋を出て、今は水樹智哉のマンションで同居か」
「はい」
フィギュアを眺めていた望月さんが、ぱっとこちらを向いた。
「507号室の一条春菜さんね。瀬戸ちゃんからざっくり聞いてるけど、彼女は水樹の恋人なんだって?」
「え、ええ。そうです」
食らいつく勢いに、俺は少したじろぐ。
「昔の恋人と、今の恋人か……実に興味深い。鳥宮の転落死について、詳しく話してもらえるかな、東松くん」
水野さんの言うとおりだ。確かにこの人は瀬戸さんに似ている。
フレンドリーな人当たり、華やかな雰囲気。そして獲物を見つけたときの、ぎらぎらと輝く目。
俺は気圧されつつも、これまでの調査で知り得たことをすべて話した。水樹の『動機』についての推測も。
「水樹が鳥宮を転落死させたという具体的な証拠はありません。でも、それが自然な心理だと考えます」
話を聞き終えると、望月さんは顎を引いた。
「なるほど……過去の辛い記憶を上書きするために、鳥宮を利用したわけか」
なぜか黙り込む彼に、水野さんが意見を添えた。
「高崎の事件に関係する者は、水樹しかいない。今の材料だけで判断するなら、私も東松くんの読みが妥当だと思う」
「ですね」
望月さんは本棚の上に目を戻し、フィギュアをじっと見つめる。
「隣に引っ越してきた一条春菜に目を付けた鳥宮。執着の理由は、彼女の容姿が大好きなアニメキャラクターにそっくりだから。高崎の被疑者も被害者に執着していた。水樹はその類似した関係にいつ気が付いたのかな。水樹と鳥宮が最初に接触したのはいつ、どのタイミングだったのか……」
やはり、証拠が必要なのだ。
水樹が鳥宮と接触し、『取引を持ちかけた』という証拠が。
「おそらく水樹は、鳥宮に金銭を与える約束をした。自分の言うとおりにすればカネをやると言ったのだろうな」
水野さんの言葉に、俺も望月さんも同意する。
「派遣の仕事が減り、生活が困窮していた鳥宮にとって、願ってもない話です。わけのわからない指示でも、とにかくそれをやればカネをくれると言うのだから。それに……」
俺はそこで、鳥宮の友人前田栄二の証言を思い出した。
「鳥宮は亡くなる五日前、友人に言ったそうです。『運が巡ってきた』と」
「課長には報告済みですよね」
「うん。というより望月くんが課長に電話して、『水野さんに話を聞きたいので、今日そちらにおじゃまします』と言ったそうだ。課長が『噂どおり身軽な男だな』と笑ってたよ」
フロントガラスに映る街は暗い。遠くの空が光るのが見えた。今夜も雨になりそうだ。
「噂どおり?」
「まあ、フットワークが軽いってことだ。親しみやすいタイプだから、東松くんも仕事がやりやすいと思うよ」
「はあ……水野さんは、望月警部補と面識があるのですか」
「私は以前、群馬県警との合同捜査本部で望月くんと組んだことがある。あの頃、彼はまだ新人だったが、勘がよくて、頼りになる相棒だった。そうだなあ……瀬戸さんにちょっと似てるかな」
「えっ、瀬戸さんに?」
水野さんが褒めるくらいだから、きっと優秀な刑事なのだ。でも、瀬戸さんに似ていると聞いて、少し身構えてしまう。
「明るくて、エネルギッシュで、強引な性格ってことですかね」
「ははは……そうだな。年齢も彼女と同じだし、独身で、しかも色男だぞ」
「なるほど……」
本当に仕事がやりやすいのだろうか。一抹の不安を感じながらも、とにかく彼の待つ『メゾン城田』へと急いだ。
望月警部補はメゾン城田の入り口で待っていた。
遠くからでもよくわかる、スタイリッシュなイケメンだ。すらりとした長身に、濃紺のスーツがよく似合っている。
「お久しぶりです、水野さん。いきなり押しかけてすみません」
「いやいや、来てくれて助かったよ。私たちも高崎の事件について話を聞きたかったからね」
二人はにこやかに挨拶を交わした。階級が下の俺は後ろに控えている。
「よっ、こんばんは。キミが東松くんか。瀬戸ちゃんから聞いたとおりだなあ」
「え?」
えらく砕けた態度だ。それに、瀬戸さんのことを「瀬戸ちゃん」と言った。
「俺は群馬県警高崎署の望月拓海。よろしくな」
「埼玉県警緑署の東松央です。こちらこそ、よろしくお願いします」
確かに親しみやすい雰囲気だ。華やかな風貌は刑事らしくないが、近くでみると案外胸板が厚い。
「瀬戸さんが東松くんのことを何と言ってたんだ?」
水野さんが面白そうに訊く。
望月さんはなぜか肩を竦めて、
「褒めてましたよ。フフッ……詳しくは言わないほうがいいかな」
瀬戸さんのことだ。どうせおかしなことを喋ったのだろう。
望月さんのにやけた顔が証明している。
「さてと、水野さん。そろそろ本題に入りましょう」
「ああ、行こうか。鍵はあるかな」
「バッチリです。さっき大家さんのお宅に寄って、借りてきました」
久しぶりに再会したわりに息の合ったやり取りだ。俺は黙って、いそいそと進む先輩たちのあとに続いた。
506号室の状態は鳥宮が死亡した日と同じだった。
新品の大型テレビも、本棚の上に並ぶフィギュアも、持ち主を失ったまま放置されている。警察が現場保存を頼んだわけではない。遺族が手を付けずにいるのだ。
「母親が遺品を引き取ると言うのに、父親が反対してるそうです。相続放棄でもされたら賠償金の請求ができなくなるって、大家がぼやいてましたよ」
鍵を借りたとき、大家と話したのだろう。望月さんの口調に同情が滲んでいる。
「ここは事故物件だからなあ。空き部屋が増えるだろうし、大家さんも大変だ」
水野さんが俺をちらりと見る。
「一条さんも部屋を出て、今は水樹智哉のマンションで同居か」
「はい」
フィギュアを眺めていた望月さんが、ぱっとこちらを向いた。
「507号室の一条春菜さんね。瀬戸ちゃんからざっくり聞いてるけど、彼女は水樹の恋人なんだって?」
「え、ええ。そうです」
食らいつく勢いに、俺は少したじろぐ。
「昔の恋人と、今の恋人か……実に興味深い。鳥宮の転落死について、詳しく話してもらえるかな、東松くん」
水野さんの言うとおりだ。確かにこの人は瀬戸さんに似ている。
フレンドリーな人当たり、華やかな雰囲気。そして獲物を見つけたときの、ぎらぎらと輝く目。
俺は気圧されつつも、これまでの調査で知り得たことをすべて話した。水樹の『動機』についての推測も。
「水樹が鳥宮を転落死させたという具体的な証拠はありません。でも、それが自然な心理だと考えます」
話を聞き終えると、望月さんは顎を引いた。
「なるほど……過去の辛い記憶を上書きするために、鳥宮を利用したわけか」
なぜか黙り込む彼に、水野さんが意見を添えた。
「高崎の事件に関係する者は、水樹しかいない。今の材料だけで判断するなら、私も東松くんの読みが妥当だと思う」
「ですね」
望月さんは本棚の上に目を戻し、フィギュアをじっと見つめる。
「隣に引っ越してきた一条春菜に目を付けた鳥宮。執着の理由は、彼女の容姿が大好きなアニメキャラクターにそっくりだから。高崎の被疑者も被害者に執着していた。水樹はその類似した関係にいつ気が付いたのかな。水樹と鳥宮が最初に接触したのはいつ、どのタイミングだったのか……」
やはり、証拠が必要なのだ。
水樹が鳥宮と接触し、『取引を持ちかけた』という証拠が。
「おそらく水樹は、鳥宮に金銭を与える約束をした。自分の言うとおりにすればカネをやると言ったのだろうな」
水野さんの言葉に、俺も望月さんも同意する。
「派遣の仕事が減り、生活が困窮していた鳥宮にとって、願ってもない話です。わけのわからない指示でも、とにかくそれをやればカネをくれると言うのだから。それに……」
俺はそこで、鳥宮の友人前田栄二の証言を思い出した。
「鳥宮は亡くなる五日前、友人に言ったそうです。『運が巡ってきた』と」
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