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Crime Story
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「土屋さんのことは、どうするつもりだったの? 彼女のこと、警戒してたよね」
日記には、具体的に書いていなかった。
「懲らしめるつもりだったよ。でも、妊娠したとか言うから、迷ったんだ。結局、それは嘘だったし、手を下す必要もなくなったけどね。でも、春菜が死体の第一発見者になったことが、かわいそうだった」
「あ……うん」
智哉さんはあの夜、すぐに迎えにきてくれた。殺人事件の現場で狼狽えるばかりの私を、心配して。
「君は僕の言うことをきかなかった。土屋なんか放っておけばいいのに……ふふっ」
「どうして笑うの?」
「いや。神経質で怖がりどころか、春菜は強い女性だなあと思って。勇敢で、僕なんかよりずっと男らしい」
「お、男らしい?」
それは言いすぎだ。確かに、弱くはないと思うけれど。
歩きやすい場所に出た。智哉さんが私を背中から降ろして、今度は手を繋ぐ。
「あれっ、すごく歩きやすい」
足もとを見ると、舗装の跡があった。
「この辺りは道が残ってるんだ。昔は崖の上に展望台があったみたいで、そのための通路だな」
「展望台?」
「ああ。今は土台すらないけど、視界が開けてるから、星がとてもきれいに見える」
既に下見を済ませてあるらしい。暗い林の中を、智哉さんは迷いなく進んでいく。
「そういえば、日記はもう書いてないの?」
「ああ、いや……続けるつもりだったけど、逃亡した日にメモ書きして、そのあとは途切れてしまった。春菜と離れ離れになって、記録することもないし。でも、昨日は久しぶりにスマホに入力したよ。いよいよ君に会えると思ったら、やる気になった」
「そ、そうなんだ」
どんな内容かしら。読んでみたいような、怖いような。でも、今の私なら、どんな内容でも受けとめられるだろう。
彼にはもう、隠しごとはないはずだから。
「じゃあ、これからも続けるのね」
「うん……いや、もう必要ないかな。僕は十分満たされてるし、今夜ですべてが終わるんだから……おっと、足もとに気をつけて。階段がある」
智哉さんに引き寄せられた。
もうすぐ林を抜けて、二人は崖の上に出ようとしている。木々が風に揺れ、ざわざわと音を立てた。
朽ちた階段を慎重に上っていく。なだらかな坂道になったところで林が途切れ、急に視界が開けた。
「わあ……」
思わず声を上げた。
ここはもう崖の上。樹木はなく、満点の星空が広がっている。
「すごい……こんなにたくさんの星、初めて見る」
「そうか。春菜は都会育ちだもんな」
智哉さんに手を引かれ、崖の中ほどまで歩いた。ますます視界が広がり、宙に浮いたような感覚になる。
「先端に近づくと危ないから」
もっと前に行こうとする私を、彼が引き留める。二人並んで、夜空を見上げた。
「田舎の景色はうんざりだが、星空だけは別だ。特に、山の上で見る星は、地上とは比べ物にならない」
「うん……」
智哉さんに寄り添い、目を閉じた。こんなにも素晴らしい景色を、この人と一緒に見ることができた。きっと、一生忘れない。どんなにつらくても、輝く星々が、二人の道を照らしてくれるだろう。
瞼を上げて、愛する人を見つめた。
「智哉さん。一緒に帰ろう」
「……」
返事をしない。
「智哉さん」
「……」
聞こえないふりをしている。
でも、そんなのは不誠実だ。私を大切な家族と言うなら、きちんと向き合い、耳を傾けるべきだ。
「智哉さん。私を見て」
彼はしばらく黙っていたが、あきらめたようにこちらを向いた。
「帰るって、どこに?」
「私たちが暮らしていた、家に帰るの」
「家?」
一瞬、胸を衝かれた様子になる。でも、すぐ一笑に付した。
「帰ってどうするんだ。お尋ね者の僕を、警察が待ち構えている」
「そうよ。智哉さんは罪を犯した。きちんと罪を償って、それから人生をやり直してください」
「やり直せるわけないだろ」
私の必死の訴えを、鋭く切り捨てた。
「どう抗っても、僕は死刑になる。控訴しようが上告しようが、極刑は免れない。それに君も、普通の生活に戻れると思っているのか。週刊誌やネットにあることないこと書き立てられて、どこに行っても過去が付いて回るんだぞ。僕がいくら関係ないと言っても、世間は信用せず、人殺しの仲間として過ごすことになるんだ」
「そんなの当り前だわ。だって私は、あなたの妻になるんだもの」
「な……」
智哉さんは絶句した。呆れかえったという顔。
でも私は、本気で言っている。
日記には、具体的に書いていなかった。
「懲らしめるつもりだったよ。でも、妊娠したとか言うから、迷ったんだ。結局、それは嘘だったし、手を下す必要もなくなったけどね。でも、春菜が死体の第一発見者になったことが、かわいそうだった」
「あ……うん」
智哉さんはあの夜、すぐに迎えにきてくれた。殺人事件の現場で狼狽えるばかりの私を、心配して。
「君は僕の言うことをきかなかった。土屋なんか放っておけばいいのに……ふふっ」
「どうして笑うの?」
「いや。神経質で怖がりどころか、春菜は強い女性だなあと思って。勇敢で、僕なんかよりずっと男らしい」
「お、男らしい?」
それは言いすぎだ。確かに、弱くはないと思うけれど。
歩きやすい場所に出た。智哉さんが私を背中から降ろして、今度は手を繋ぐ。
「あれっ、すごく歩きやすい」
足もとを見ると、舗装の跡があった。
「この辺りは道が残ってるんだ。昔は崖の上に展望台があったみたいで、そのための通路だな」
「展望台?」
「ああ。今は土台すらないけど、視界が開けてるから、星がとてもきれいに見える」
既に下見を済ませてあるらしい。暗い林の中を、智哉さんは迷いなく進んでいく。
「そういえば、日記はもう書いてないの?」
「ああ、いや……続けるつもりだったけど、逃亡した日にメモ書きして、そのあとは途切れてしまった。春菜と離れ離れになって、記録することもないし。でも、昨日は久しぶりにスマホに入力したよ。いよいよ君に会えると思ったら、やる気になった」
「そ、そうなんだ」
どんな内容かしら。読んでみたいような、怖いような。でも、今の私なら、どんな内容でも受けとめられるだろう。
彼にはもう、隠しごとはないはずだから。
「じゃあ、これからも続けるのね」
「うん……いや、もう必要ないかな。僕は十分満たされてるし、今夜ですべてが終わるんだから……おっと、足もとに気をつけて。階段がある」
智哉さんに引き寄せられた。
もうすぐ林を抜けて、二人は崖の上に出ようとしている。木々が風に揺れ、ざわざわと音を立てた。
朽ちた階段を慎重に上っていく。なだらかな坂道になったところで林が途切れ、急に視界が開けた。
「わあ……」
思わず声を上げた。
ここはもう崖の上。樹木はなく、満点の星空が広がっている。
「すごい……こんなにたくさんの星、初めて見る」
「そうか。春菜は都会育ちだもんな」
智哉さんに手を引かれ、崖の中ほどまで歩いた。ますます視界が広がり、宙に浮いたような感覚になる。
「先端に近づくと危ないから」
もっと前に行こうとする私を、彼が引き留める。二人並んで、夜空を見上げた。
「田舎の景色はうんざりだが、星空だけは別だ。特に、山の上で見る星は、地上とは比べ物にならない」
「うん……」
智哉さんに寄り添い、目を閉じた。こんなにも素晴らしい景色を、この人と一緒に見ることができた。きっと、一生忘れない。どんなにつらくても、輝く星々が、二人の道を照らしてくれるだろう。
瞼を上げて、愛する人を見つめた。
「智哉さん。一緒に帰ろう」
「……」
返事をしない。
「智哉さん」
「……」
聞こえないふりをしている。
でも、そんなのは不誠実だ。私を大切な家族と言うなら、きちんと向き合い、耳を傾けるべきだ。
「智哉さん。私を見て」
彼はしばらく黙っていたが、あきらめたようにこちらを向いた。
「帰るって、どこに?」
「私たちが暮らしていた、家に帰るの」
「家?」
一瞬、胸を衝かれた様子になる。でも、すぐ一笑に付した。
「帰ってどうするんだ。お尋ね者の僕を、警察が待ち構えている」
「そうよ。智哉さんは罪を犯した。きちんと罪を償って、それから人生をやり直してください」
「やり直せるわけないだろ」
私の必死の訴えを、鋭く切り捨てた。
「どう抗っても、僕は死刑になる。控訴しようが上告しようが、極刑は免れない。それに君も、普通の生活に戻れると思っているのか。週刊誌やネットにあることないこと書き立てられて、どこに行っても過去が付いて回るんだぞ。僕がいくら関係ないと言っても、世間は信用せず、人殺しの仲間として過ごすことになるんだ」
「そんなの当り前だわ。だって私は、あなたの妻になるんだもの」
「な……」
智哉さんは絶句した。呆れかえったという顔。
でも私は、本気で言っている。
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