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金目鯛の煮つけ
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冬美はその後、舘林課長と一緒に下田観光を楽しんだ。
水族館でウミガメやペンギンなど、海の生き物にほっこりしたあとは、風情あるペリーロードをぶらぶら歩き。開国博物館では下田の歴史を見学し、お土産も購入。
本当に、心から楽しめた。
駅近くに戻る頃、いつの間にか夕方になっていたのに気付き、少し寂しくなったほど。
だから、「最後にあれに乗りませんか」と、ロープウェイに誘われたとき、元気いっぱいに賛成した。
そんな冬美を見て、課長も嬉しそうに微笑んでいた。
寝姿山山頂駅でロープウェイを降りて、遊歩道を歩く。しばらく行くと展望台があり、港の景色を二人で眺めた。
ゆったりとした気分。
冬美は隣の彼をチラ見して、ふと、「年上男性もいいな」と思ったりする。助清くんをはじめ、冬美が好ましく感じるのはいつも年下の男。でも、課長に限っては、セオリーに当てはまらない何かを感じるのだ。
「野口さん」
「えっ?」
じろじろ見すぎただろうか。まさか心を読まれた?
冬美は慌てるが、彼は別のことを口にした。
「実は昨日、あなたが泣いているのを見ました」
「……?」
泣いていた。私が?
何の話だろうと首をひねるが、課長がポケットから取り出したそれを見て、はっとする。
青いチェックのハンカチ。
昨日の会社帰りに、通用口のところで助清くん結婚のニュースにショックを受けて泣いている自分に、誰かが差し出したのと同じハンカチである。
「か、課長だったんですか!?」
驚く冬美に、彼は少し気まずそうにうなずく。
「道端でしゃがみ込んで、しくしくと泣いて、『会社をやめたい』と独り言が聞こえて、思わず声をかけてしまいました」
「うっ」
恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。よりによって、この人にあんなところを見られるなんて。
冬美の動揺を知ってか知らずか、課長は続ける。
「確かこの人は、経理課の野口さん。間宮さんがいつも噂している人だと分かって……」
「えっえ? ちょっと待ってください。間宮課長がいつも噂……って、私のことをですか?」
「はい。彼は周りの人に、よく部下の話をします。特に野口さんについてが多く、いつだったかランチルームで相席したときも、きみのことを語ってくれました」
「はああ?」
間宮課長はお喋りだ。しかも、どこか他人をバカにした話し方をするので、周りに良く思われていない。舘林課長のことも偉そうに噂していた。
(でも、なんで私のことばかり多く話すの?)
あ然とする冬美に、課長が急いで付け足す。
「あの人は口が悪いので誤解されがちですが、実のところ、話題にするのは気に入った人とか、可愛がっている部下についてです。お喋りは愛情の裏返しなんですね」
「そ、そうなんですかねえ……??」
好意的すぎる解釈に疑問符がつくが、課長は大真面目だ。とりあえず、そういうことにしておいて、続きに耳を傾ける。
「それで、野口さんのことを僕は少々知っていたのです。間宮くんによると、きみはアイドルを追いかけるために会社を休み、給料やボーナスもその趣味に浪費しているようだ。あと、食欲旺盛で、飲み会になると人の二倍は食べるとか」
「はいい!?」
なんという言い草。確かに冬美はアイドルオタクで、そのとおりの行動をしている。だけど『推し活』は浪費じゃなくて応援。よく食べるのも事実だが、二倍というのは大げさだ。
「やっぱり悪意満載じゃないですか」
「うーん、難しいな。でも僕としては、まったく悪意を感じなかったし、むしろ彼は心配そうな感じでしたよ」
「心配?」
「少しは貯金しているのか。今に食べすぎて病気になるんじゃないか、という感じです」
「なっ……そんなの、余計なお世話ですし!」
冬美は口を尖らせるが、課長はなぜか微笑ましそうに笑う。
水族館でウミガメやペンギンなど、海の生き物にほっこりしたあとは、風情あるペリーロードをぶらぶら歩き。開国博物館では下田の歴史を見学し、お土産も購入。
本当に、心から楽しめた。
駅近くに戻る頃、いつの間にか夕方になっていたのに気付き、少し寂しくなったほど。
だから、「最後にあれに乗りませんか」と、ロープウェイに誘われたとき、元気いっぱいに賛成した。
そんな冬美を見て、課長も嬉しそうに微笑んでいた。
寝姿山山頂駅でロープウェイを降りて、遊歩道を歩く。しばらく行くと展望台があり、港の景色を二人で眺めた。
ゆったりとした気分。
冬美は隣の彼をチラ見して、ふと、「年上男性もいいな」と思ったりする。助清くんをはじめ、冬美が好ましく感じるのはいつも年下の男。でも、課長に限っては、セオリーに当てはまらない何かを感じるのだ。
「野口さん」
「えっ?」
じろじろ見すぎただろうか。まさか心を読まれた?
冬美は慌てるが、彼は別のことを口にした。
「実は昨日、あなたが泣いているのを見ました」
「……?」
泣いていた。私が?
何の話だろうと首をひねるが、課長がポケットから取り出したそれを見て、はっとする。
青いチェックのハンカチ。
昨日の会社帰りに、通用口のところで助清くん結婚のニュースにショックを受けて泣いている自分に、誰かが差し出したのと同じハンカチである。
「か、課長だったんですか!?」
驚く冬美に、彼は少し気まずそうにうなずく。
「道端でしゃがみ込んで、しくしくと泣いて、『会社をやめたい』と独り言が聞こえて、思わず声をかけてしまいました」
「うっ」
恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。よりによって、この人にあんなところを見られるなんて。
冬美の動揺を知ってか知らずか、課長は続ける。
「確かこの人は、経理課の野口さん。間宮さんがいつも噂している人だと分かって……」
「えっえ? ちょっと待ってください。間宮課長がいつも噂……って、私のことをですか?」
「はい。彼は周りの人に、よく部下の話をします。特に野口さんについてが多く、いつだったかランチルームで相席したときも、きみのことを語ってくれました」
「はああ?」
間宮課長はお喋りだ。しかも、どこか他人をバカにした話し方をするので、周りに良く思われていない。舘林課長のことも偉そうに噂していた。
(でも、なんで私のことばかり多く話すの?)
あ然とする冬美に、課長が急いで付け足す。
「あの人は口が悪いので誤解されがちですが、実のところ、話題にするのは気に入った人とか、可愛がっている部下についてです。お喋りは愛情の裏返しなんですね」
「そ、そうなんですかねえ……??」
好意的すぎる解釈に疑問符がつくが、課長は大真面目だ。とりあえず、そういうことにしておいて、続きに耳を傾ける。
「それで、野口さんのことを僕は少々知っていたのです。間宮くんによると、きみはアイドルを追いかけるために会社を休み、給料やボーナスもその趣味に浪費しているようだ。あと、食欲旺盛で、飲み会になると人の二倍は食べるとか」
「はいい!?」
なんという言い草。確かに冬美はアイドルオタクで、そのとおりの行動をしている。だけど『推し活』は浪費じゃなくて応援。よく食べるのも事実だが、二倍というのは大げさだ。
「やっぱり悪意満載じゃないですか」
「うーん、難しいな。でも僕としては、まったく悪意を感じなかったし、むしろ彼は心配そうな感じでしたよ」
「心配?」
「少しは貯金しているのか。今に食べすぎて病気になるんじゃないか、という感じです」
「なっ……そんなの、余計なお世話ですし!」
冬美は口を尖らせるが、課長はなぜか微笑ましそうに笑う。
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