ジミクラ 二年C組

hakusuya

文字の大きさ
8 / 25

平穏な日常と隣の女生徒

しおりを挟む
 六月に入った。まだ梅雨は来ていないが、天気は日ごと変貌した。暑く晴れたり、急に降りだしたり。
 二年C組は静かだった。篠塚は休憩時間に読書を嗜んだ。今読んでいるのはグリムウッドの「リプレイ」だ。あの北村薫が、先に書かれてしまったと嘆いたとかいう小説。何度も過去に戻って人生をやり直すストーリー。自分も主人公の立場におかれたら何もやる気をなくしてしまうかもしれないと篠塚は思った。
 隣の席の女子は相変わらず孤高の存在だった。少しずつクラスの人間と言葉を交わすようになっている。しかし自分から誰かに話しかけることはほとんどなかった。今も篠塚の隣で膝の上に置いた両手の指が微かに、しかし激しく動いていて、おそらくそれはエアギターなのだろう、と篠塚は思った。
 学級委員の西潟にしかたがやって来た。西潟はこのクラスでは顔が広い。特定の誰かと一緒にいることはなく、近くにいた生徒とお喋りができるタイプだ。その西潟は毎日東雲しののめに声をかけることを忘れなかった。
「東雲さん、お昼は?」次の四時限目のあとは昼休みだった。
「お弁当」
「一緒に食べない?」
「良いけど、どこで?」東雲と西潟の席は離れていた。
「僕の席を使うと良いよ。今日は学食だし」篠塚は割り込むように言った。
「良いの? ありがとう」西潟は微笑んだ。  
「何なら篠塚君も一緒にどう? 何か買ってくれば良いわ」
「じゃあ今度そうするよ。今日は学食で食べるって決めているんだ」
「じゃあまたの機会に」それで西潟は自分の席に戻った。  
 昼休みに篠塚はひとりで学内食堂に入った。相変わらず混んでいる、と篠塚はため息をつきそうになった。
 日替わり定食をトレイに載せて席をさがす。十人掛けテーブルは賑やかな生徒たちが陣取っていて、その隙間に申し訳程度に一つ二つ席が空いていたが、そこに坐る気は起きなかった。
 二人掛けテーブルの方を見遣ると、ひとりで食べている知人を見つけて、篠塚はその彼に声をかけた。
生出おいで、ここ、良いか?」
「ん?」生出おいでは顔を上げた。「良いよ」
 篠塚は生出の前に腰かけた。
「久しぶりだな」
「廊下では何度もすれ違ってるけどな」
「何だか、疲れてるな、生出」
「いつものことだよ」
「そういや、学級委員だったな。忙しいんだろ?」
「担任がノリで僕を指名したんだ」
「通称げんき組だったな」篠塚は憐れむように生出を見た。
 生出元気おいでげんきは中等部一年の時のクラスメイトだった。あの頃はよく喋った気がすると篠塚は思った。
「シノはC組で頑張ってるな。球技大会のバスケット、見たよ。カッコ良かった。さすがはS組だ」
「その言い方、もうやめて。僕はもうS組だなんて呼ばれたくない。地味に生きていくから」
「そんなわけにもいかんだろ。ひとはみな、それぞれ生まれもった加護のもとに生きることとなる」
「何を異世界ラノベみたいなことを言ってるんだ?」
「僕は裏方として粛々と生きるから、シノは輝けよ」
「僕も裏方なんだけどな」
「うちはどこのクラスも女子の力が強いから、シノでも裏方にまわるのかもしれないけど、僕と違ってシノはやっぱり目立つから頑張れよ」
「まあ、ほどほどにするよ」
 それからしばらく篠塚は生出と他愛もない話をした。
「あの転入生、東雲さんだっけ? すごい人だね。バスケットも凄かったけど、廊下で見かけても何かオーラが違うね」生出が篠塚の顔を窺うように言った。
「隣の席なんだよ」
「良いじゃん、僕だったら緊張してしまうけどシノなら大丈夫」
「ほとんど喋らないよ」
「僕も隣の奴はずっと寝てるし、喋らない」生出は少し笑みを浮かべていた。
「でもクラスの女子は少しずつだけど東雲さんに話しかけるようになったよ。特に西潟さんはそういうのが得意みたいだ」
「あ、西潟さんね」
「知ってたっけ?」
「学級委員の集まりで顔を合わすから」
「なるほど」
「西潟さんもバスケうまかったよな」
「やっぱりよく見てたな、生出」
「見るだけな」
 ゆるゆるとした雰囲気が流れて、篠塚と生出は食事を終えた。  
 篠塚は教室に戻った。
 篠塚の席にはまだ西潟がいたが、すでに弁当は食べ終わっていたようで、西潟は篠塚の姿を見るやあわてて片付けを始めた。
「ゆっくりしていけば良いよ」
 篠塚は窓際の空いている椅子に腰かけた。学食に行ったり部活で出かけている生徒がまだいた。
「篠塚君、文化祭の出し物で何か意見ある?」西潟が訊いた。
「いや特に」
「篠塚君はずっとA組にいたんだよね?」
「そうだけど、A組は英語劇かオーケストラの演奏会だったよ」何をやっていたか訊かれる前に篠塚は答えた。「このクラスはどうなんだろうな」
 文化祭実行委員は別にいるが、その仕事は学園全体の文化祭運営に関わるもので、クラスで何をするかは学級内で話し合われる。だから学級委員の西潟は話を聞いてまわっているのだろうと篠塚は思った。
「メイド喫茶とかやるタイプのクラスでもないしね」西潟がポツリと言った。
「西潟さん、メイドの格好できるんだ?」篠塚は意地悪く訊いた。
「私は平気よ。でも私としては東雲さんにメイド服着てもらいたいかなあ」西潟は東雲に顔を寄せた。
「何なの、それ」東雲は表情も変えず西潟に訊いた。
「こういうやつ」西潟はスマホ検索でヒットした画像を東雲に見せた。
「あ、こういうのね……」
 東雲は困惑していると篠塚は思った。顔に出ないだけだ。
「ねえ東雲さん、聖麗女学館の文化祭ではどんなことをやっているの?」
「演奏会とか劇、かしら」
「A組と同じなのね」
「そうね、私は軽音とかやってみたいかしら」
「できるの?」
「少しかじった程度だけど」
「聖麗女学館で軽音とは」
「ふつうはやらないわ。私はふつうではなかったから。よく始末書を書かされた劣等生」
「劣等生とは思わないけれど、中間テストも名前を載せていたし。でも異端児扱いされていそう」
「そんな風に見えるの?」東雲の顔が西潟に寄った。
「え、まあ、ちょっとね」
「何がいけないのかしら。ルールは守っているつもりよ、見えるところでは」
「その言い方だと影で悪いことしてそうよ」
「何もしていないわ」
「そういえば、球技大会の打ち上げのあと、おうちの人に迎えに来てもらったの?」
「うん」
「バイクで?」
「見られていたか」
「お兄さん? 彼氏?」
「彼氏ではないね」東雲はおかしそうにした。「まあ、兄、かしらね、やっぱり」
「何それ、意味ありげ」西潟も笑う。
「お兄さんがいるんだ?」篠塚は単刀直入に訊いてみた。
「うん、いたみたい」
「他人事みたい」西潟がツボにはまって笑いが止まらない。
「私もうまく説明できないのよ。だから話さない。物心ついたときには私は聖麗女学館の寮生になっていた。実の親は二人とも死んでいて私は養子。そんなある日突然、お前にはきょうだいがいるって言われたら混乱するよね」
「それ、ホントなの?」西潟の顔から笑いが消えた。
「ホントかどうかいまだによくわからない。わからないから説明もできない。だから黙っている。訊かれても答えられない」
 昼休みの終了を示す予鈴が鳴った。話はそれで途切れた。
「じゃあ、またね」
 西潟は自分の席に戻った。何と声をかけて良いのかわからないうちに話が途切れてしまった。続きに興味があるが果たして訊いて良いものだろうか、と篠塚は思った。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。 高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。 「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」 そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。 彼女の名は、立石麻美。 昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。 この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。 その日の放課後。 明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。 塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。 そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。 すべてに触れたとき、 明希は何を守り、何を選ぶのか。 光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

『総理になった男』

KAORUwithAI
現代文学
この国の未来を、誰かに任せたままでいいのか。 将来に希望を持てず、社会に埋もれていた一人の凡人――坂本健人(31歳)。 政治家でもなければ、有名人でもない。 それでも彼は決意した。 「自分が変えなきゃ、何も変わらない」と。 無所属で立候補し、泡沫候補と嘲笑されながらも、 一つひとつの握手、一つひとつの言葉が、やがて国を揺らす波になる。 腐敗した政界、動かぬ官僚、報道を操るメディア、利権に群がる財界。 立ちはだかる巨大な壁に、彼はたった一人で挑む。 味方は、心を動かされた国民たち。 言葉と覚悟だけを武器に、坂本健人は“凡人のまま”総理へと駆け上がる――。 希望は、諦めなかった者の手の中に生まれる。 すべての“変わらない”に立ち向かう これは、「総理になった男」の物語である。

現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話

そう
青春
ある日家に突然現れた謎のサキュバスのホルさん! 好感度はMAXなようで流されるがまま主人公はホルさんと日常を過ごします。 ほのぼのラブコメというか日常系小説 オチなどはなく、ただひたすらにまったりします 挿絵や文章にもAIを使用しております。 苦手な方はご注意ください。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...