迷宮の果てのパラトピア

hakusuya

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クインカ・アダマス大迷宮調査日誌(ペテルギア辺境の森 プレセア暦2817年11月)

森での狩り

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 朝食も全員揃って食べた。その方が食事の用意や片付けが一度ですむからだ。魔法を使って保温という選択肢はここにはなかった。
 我々は今後のことを考えあぐねていた。大迷宮に入ってバングレア王国への帰還を目指すか、ペテルギア連邦共和国政府に助けを求めて帰国する道を選ぶか、二択しかないのだが、一晩考えても答えは出なかった。
 どちらも平穏な道ではないだろう。大迷宮に入ってもバングレア王国ヘ戻れるかわからない。どこかまた別の国に行ってしまう可能性すらある。しかも時がさらに流れて十年後になっているかもしれないのだ。
 しかしペテルギアに救いを求めても、お前たちはどこから侵入したと問われることになるだろう。そうなると大迷宮のことを説明することになる。果たして信じてもらえるのか。
「今日中に結論を出す」ストライヤー騎士団長が言った。「いつまでもここに厄介になるわけにはいかない」
「僕はここで暮らしてもいいんだけどなあ」魔法師ルークが呟くのを私は聞いた。
 王宮に所属する我々騎士団とは違い、ルークは今回の調査のために臨時採用された身分だ。魔法師協会には所属しているがフリーランスの魔法師だった。王国にもこだわりはないようだ。
 ここで暮らす。第三の選択肢があることには私も気づいていた。レヴィもまた何か訳あってここにたどり着き、ここで暮らすことを選んだに違いない。
 レヴィとアングが近場の山に入って狩りをするというので、私とルークは興味本位に同行することにした。ここでの生活を垣間見かいまみるチャンスととらえたのだ。それを気に入ればルークはここに残るかもしれない。
 しかし私はどうすべきか悩んでいた。私はやはりバングレア王国第二騎士団の騎士なのだ。
 失った仲間のことも考えると、どうにかして帰国してあの大迷宮に関して知り得たことを報告するべきだと思う。そんなことを考えていたのだが、狩りに集中するとそうしたことはいつしか忘れていた。
 近場の森の獲物として猪類と鳥類がここでは一般的らしい。たまに鹿類にも出くわすようだが比較的稀だという。危険な熊類はもう冬眠の準備をして山奥にこもっているとアングから聞いた。
 レヴィの狩りはもっぱら雷属性の魔法を放って獲物を麻痺させるものだった。私とルークもそれにならった。
 戦闘能力が他の騎士たちに劣るとはいえ私でも猪類の狩りはできた。
 アングはレヴィの助手のような役割を果たしていたが、彼もまた狩りをする。
 私は彼の職種が「狩人」だったことを思い出した。
 彼は小さななたを腰のあたりに挿し、手には弓を持っていた。彼の弓の腕はまさに名人級だった。
 我が第二騎士団にも弓の使い手がいるが、それに勝るとも劣らない腕だ。猪の眉間みけんや首を射ることをいとも簡単にやってのける。それも素早く連続的に。
 猪が彼のもとに突進して来る間に三本、身をかわし、横から首筋に二本、あっという間の連射だった。
「矢の先に毒を塗っているわけではありませんので、何本も撃たなければなりません」
 アングはさらりと言ってのけた。食用の獲物に毒を塗った矢は不適当との考えだ。
「すごいな」ルークも感心していた。「レヴィ様に教わったのかい?」
「左様です」
「魔法使いにはできない芸当だな」
 しかしアングには弓以外にも攻撃手段があった。それを目にしたのはほんの偶然だった。
 その時アングはレヴィが仕留めた猪類の処理をしていた。麻痺して痙攣している獲物にとどめをさす。それもアングの役割だった。
 レヴィはすでに別の獲物を追い、ルークもそれに従っていた。
 私はアングから少し離れたところにいた。そこへ猪類が二頭出現したのだ。しかも別々のところから。
 私は一頭の相手をするために剣を抜いた。私の魔力では互いに離れたところにいる二頭を同時には相手にできない。片方を相手にするしかなかった。
 もう一頭はアングに向かった。
 その時アングは獲物の処理をするためになたを手にしていて、弓は手にしていなかった。いかにも非力なアングが鉈で猪類に向かうのは無謀というものだ。
 私は急いで自分に近い方の一頭に剣を振るった。そしてアングの方へと急いだ。
 アングは猪類の突進をいとも簡単にかわした。
 その猪類は目標を見失ったかのように木にぶち当たってはまた別の木にぶち当たる不可解な動きをした。
 よく見ると両目に何かが刺さっている。視力を失い、もがくように暴れているのだ。
 その目には大きな鳥の羽根のようなものが刺さっていた。
 アングが舞いを舞うような動きを見せた。
 風がうなるような音がして、何処からか何かが飛んできて、行き惑う猪類の体に次々と刺さった。
 それもまた鳥の羽根だった。それはまるで魔法を使ったかのような見事な動きだった。
 あたかも貴重な芸術を観るように私はそれに魅入られた。
 最後はアングがおいていた弓を手にしてとどめをさした。
 そこに鳥の羽根が数えきれないほど刺さった猪類の死体があった。
「見事だ!」私は感嘆した。
 獲物の体から刺さったものを取り除く。
「これは猛禽類の羽根か?」
「左様です」
 改まった口調には調子が狂う。
 よく見ると尖端にって先を鋭くした針のようなものがついていた。それが真っ直ぐになったものやらかぎ状に曲げられたもの、中には木の実をおもり代わりにつけたものまである。
「飛ばし方によって用途が変えられます。速く真っ直ぐに飛ばすもの。曲げて当てるもの。対象の背後からブーメランのように飛んで当てるもの」
「それをここまで自由自在に使えるなんて」恐ろしいと私は思った。
「小さな鳥くらいならこれで仕留められます。弓にはかないませんが」そう言ってアングは上を見上げた。
 おあつらえ向きというわけでもなかろうが、猪類の死体の臭いを嗅ぎ付けて寄ってきた鳥どもがいた。
「矢のような速度が出ませんからふつうに投げるだけでは当たりません。けられます」そう言ってアングは一投目を放った。
 鳥はいとも簡単にける。
「だからこうします」二投目が放たれた。
 鳥はまたしても避けた。と思いきや、何かに当たったかのように空中で動きを止めそのまま落ちてきた。
 見るとその体に二本の羽根が刺さっていた。
「最初の一本はおとりのようなものです。避ける先を予測して、少し遅れて刺さるように投げます。今のは三本投げですね」
 同時に三本放ったようだ。一本が真っ直ぐに、二本は軌道を曲げていた。
「芸術的だね。これもまたレヴィ殿に教わったのかい?」
 アングは一瞬答えに詰まってから答えた。「まあ、そうですね」
 アングは顔を背け、獲物の処理に集中した。
 鳥たちの姿は消えていた。
 よく見るとあたりに羽根が刺さった鳥の死骸が数えきれないほど落ちていた。
 いつったのだ? これが魔法でないとしたら恐るべきスキルだと私は思った。
 魔力のある者はとかく魔法に頼りがちだ。騎士団の中には剣に特化して剣術を極めようとする者も多いが、動く速さを増したり防御を強化する魔法は当たり前のように使う。魔法を使っている意識はなくても間違いなく魔法は使っているのだ。
 しかし魔法を持たない者は彼らなりに技術を磨いてそのハンディを克服している。
 私は彼らに敬意を表するべきだと思った。
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