ツイン・ボーカル

hakusuya

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昔の仲間からの電話

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 収録が終わった。八波はっぱ木崎きざきは別室に呼ばれた。プロデューサーら数人の企画運営の職員が話があるという。
 仕事を引き受けるかどうか決めてはいなかったが、話だけでも聞いておく。この業界は何かとしがらみが多い。やりたい仕事だけで回っているわけではないのだ。何かやりたいことを通すためには、やりたくないことも引き受けねばならなかった。
 廊下で荻野おぎのに出くわした。
「よお、リュウじゃないか、すっかりおっさんだな。いや、社長か?」
「お前はいつまでも若つくりに余念がないな」
 憎まれ口をたたき合うくらいの仲ではあった。
「まあ、そういうことで……」どういうことだ。「俺の後釜、頼むわ」
「お前かよ、俺にお鉢を回したの」
「こっちは二年も続けたんだ。ほかにも似たような番組の審査員やっているし。少しくらい整理したって許されるだろ」
「ほかに何かするんだな?」
「こっちもアイドルプロデュースをすることになった。歌って踊れるアイドルだ」
「お前もまた、売れないアイドルの量産に手を貸すのか? くちパクの」
「お前のところの学芸会レベルのアイドルバンドと大差はないと思うが?」
「ちげえねえ」
「じゃあな」
 笑いあって荻野とは別れた。互いに本音は語らない。適当にやっているふりをして本気で売り出す可能性もあった。
「うちとそうですか?」木崎が訊いた。
「いや、かぶらないだろ。あいつはアイドルにバンドは無理だと思っているからな」
「社長は無理ではないと?」
「いや、無理だろ。できるやつはアイドルじゃない」八波は笑った。「アイドルとはそういうもんだ」
「ではFIANAフィアナは……?」
「FIANAはアーティスト路線でいく。良い曲が当たれば何とかなるだろ」
「何とかなるのですね?」
「前の社長に頼まれたからな。最後の約束くらい果たそうと思っているよ」
 アイドルが多い芸能事務所の代表を引き受けた時、前社長から小中学生のアイドルバンドの育成を頼まれた。それがFIANAという四人組だった。
 ギターを触ったこともない娘たちに一から教えるのはかなりストレスになっているが、恩師の頼みを無下にはできなかった。
「すでに四曲書いたし、追加して書いている途中だ……」
「もちろん良い曲ですよね?」横を歩く木崎が顔を覗き込む。
「あ、ああ、そうだ……」
 ZEGゼグの曲はほとんど八波が作詞作曲した。ただ、八波はガールズバンド向けの曲をつくった経験がない。素人に毛の生えたようなバンドに歌わせる曲、それでいて売れる曲を生み出すのに苦労していた。
 木崎に案内されるようなかたちで、八波は応接室に通された。
 ホワイトボードとスチールデスクのみがおかれた無味乾燥な部屋で企画担当が三人待っていた。
 挨拶も適当に、といって最小限の礼儀は見せ合ったが、プロジェクターを使ったプレゼンが始まった。
「これまで番組ではさまざまなコンテストを行ってきました……」説明担当がスライドを上映する。「……ということで、未来のアーティストを発掘し、プロデュースしようと考えています」
 断片的に聞こえた話を総合すると、五年ぶりに新人発掘オーディションをする話ができあがっているらしい。
 眠そうな目で見ていた八波は、横からの木崎のつつきによって背筋を伸ばした。
「それが『次世代ボーカリストオーディション』というわけですか」八波は穏やかに訊いた。
「そうです、さすが八波先生」
 何が「さすが」だ。小学生でもわかるプレゼンをつくったのはお前ではないのかと八波は呆れた。
「ところで、五年前にやったオーディションはどうだったのです? そこで優勝したアーティストは今も活躍しているのですか?」答えがわかっていて八波は訊いた。
 担当者は当時の優勝者の名をあげた。歌姫のオーディションと男性デュオのオーディションが行われ、彼らはデビューした。一年ほどで名を聞かなくなったが。
「名前は聞いたことがあるような気がしますね」八波は白々しく言った。
 実は男性デュオには一曲書いたことがあったのだ。曲は悪くなかったと八波も思う。男性デュオも良い声をしていて売れてもおかしくはなかった。しかし売れなかった。
「前回のオーディションから五年たっています。そろそろ新しい風を起こす時期かと思います」
 若い担当者は自信をもって説明する。おそらく彼は五年前に企画担当ではなかったのだろう。自分なら新人発掘も可能だと考えているのかもしれない。若者は怖いもの知らずだ。
「次世代のボーカリストという視点のオーディションは番組では初めてです。これまでのコアな視聴者にも新鮮味が感じられるかと思います。そしてここに伝説のバンドZEGのリュウさまが審査員として加わっていただければ」
「ただの審査員ではなくて、新人のプロデュースもお願いしたいと考えています」上司が付け加えるように言った。
 売れなかったら俺のせいなのか? 八波は呆れた。
 結局八波は返事を保留した。保留が消極的辞退だと伝わっただろうか。おそらく伝わっていないな。いや、はっきりと断らない限り彼らは引き下がらないだろう。
 にこにこする担当者に見送られて、八波は木崎とともに局を後にした。
「俺、やらなきゃいけないんだろうな?」自問するかのように木崎に言った。
「それは社長が決めることです」木崎は目を細めた。断りたくても断れないことを彼女は知っていた。
 事務所の若手を番組に出してもらうためには、局の要求もある程度飲まなければならない。
「FIANAもどこかで使ってもらうことにしよう」
「バーターですね」
「持ちつ持たれつだからな……」
 その時、ジャケットの内ポケットに入れていたスマホが音声電話の受信を告げた。
 手に取る。画面に現れたのは「ダイゴ」という文字だった。
「ダイゴか……、どうした?」
「リュウ、今大丈夫?」
「ああ、一仕事終えて移動中だ」
「この間言っていた原石、見てほしいんだ」
「ああ、そんなこと言っていたな。それよりお前今何をやっているんだ。ちゃんと飯食えているのか?」
「どうにか……でも、こんどの原石は本物なんだ。絶対に当たる。俺の一生の食い扶持を引いても余りあるくらいに」
「お前はいつも大げさなんだよ。何年か前にもレイの再来が出たとかいって騒いだけど、とんでもないやつだったよな」
「あれはちょっとやんちゃなやつで、が過ぎただけだよ。今度のは大丈夫だ。だから見てほしい」
「まあ、お前の頼みなら……」
 原石の話などどうでも良かった。かつての弟分が今どのように暮らしているのか八波は気になり、会う日にちを決めた。
「今度こそレイの再来だよ。奇蹟の声なんだ……」
 ダイゴの声が耳に残ったが、そんなのはありえない。再来がないから奇蹟の歌声なんだと八波は心の中で思った。
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