ツイン・ボーカル

hakusuya

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FIANA

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 港区の事務所に戻った。十二階のフロアすべてを事務所が占有している。逆にいえば中堅芸能事務所とはビルのワンフロアしか持たない規模のものなのだ。
 受付には電話しかない。専任の受付嬢がいるはずもなかった。
 壁にはプロダクションのマークがライティングされていた。さながら床の間の掛け軸といった様相だ。
 中へ入るにはカードキーが必要なので、来訪者はあらかじめ担当に連絡をいれるか、この社内電話を使うしかなかった。
 キーをかざして八波はっぱ木崎きざきは中へ入った。
 所属タレントのポスターが訪室者を迎える。バラエティー番組のアシスタントや少年誌のグラビア(表紙ではない)にちょっと顔を出す程度の売れないアイドルがほとんどだった。前の社長が育成を依頼した娘たちだったが、正直なところ八波はその扱いに困っていた。
 彼らのほとんどがこれ以上の飛躍を期待できなかった。どうにか使えそうな小中学生を集めてユニットを組んだのがFIANAフィアナだったのだ。
 そしてFIANAのポスターも張られている。メンバーは半年程前に公表された。
 センターはかつて天才子役ともてはやされた伊佐治紘香いさじひろか。中学二年生。正統派の美少女で、今もテレビドラマによく出ている。将来は大物女優と見る向きもあるが、実のところ中学に入ってからは伸び悩んでいた。知名度はあるがかつてほどその演技は注目されていない。徐々にメッキがはがれてきた早熟の凡人と揶揄する声もある。しかしFIANAを売り出すのに彼女の人気は必須だった。
 隣に写っているのがリーダーの辻堂香苗つじどうかなえ。中学三年生。見かけは年相応の可愛い系美少女だが、恐ろしいくらいしっかりしている。事務所にはほかに高校生や大学生くらいのタレントが多くいるが、彼女の足元にも及ばないくらい精神年齢が低かった。FIANAをまとめる存在として彼女は必要だった。
 三人目は岬亜里沙みさきありさ。中学一年生。この娘も子役出身だった。演技力は伊佐治紘香をしのぐとも言われている。しかし知名度は全くなかった。女優を育成する事務所に移った方が本人のために良いと八波は思うのだが、伊佐治紘香を崇拝する彼女がこの事務所を出ることはなかった。本人がやる気を出しているのだから、しばらくこのまま紘香の傍に置いておこうと八波は思ったのだった。
 そして四人目。前社長の一押し。そして八波自身もこの事務所で最も開花するであろうと予想している存在。それが蔵前杏瀬くらまえあずせ、小学六年生だった。とにかく運動神経が良い。ダンスの技量は天才的という表現が陳腐に聞こえるくらい見ている者を魅了した。そして物覚えが良い。
 FIANAは蔵前杏瀬を売り出すためにつくったアイドルユニットと言っても過言ではなかった。
 正直なところこんな中堅事務所でくすぶっているよりもイーストクラウド社が持つ大手芸能プロダクションの方が彼女の力を存分に引き出して売り出すだろうと八波は思う。しかし前社長に頼むといわれた以上、自分の手で彼女をプロデュースするしかないと決意したのだ。
 この四人でバンドを組む。結果的に伊佐治紘香や辻堂香苗は、蔵前杏瀬や岬亜里沙の飛躍の足がかりになってしまうかもしれない。しかしここはそういう世界なのだ。

 FIANAの四人は防音設備の整ったスタジオにいた。以前はダンスレッスンをするためにレッスン場にいることが多かったが、ガールズバンドとしてデビューすると発表してからは楽器の練習のためにスタジオに籠らせることが多くなったのだ。
 教えているのはかつてZEGのアンダーメンバーだった者たち。三十代で今も大物歌手が歌う時のバックバンドをしている。
「どうだ? 少しは聴けるレベルに近づいたか?」八波はトレーナー役の石動いするぎに訊いた。
「ミスはわかりづらくなりましたね。ミスゼロにはほど遠いですが」
 楽器は、ギター、ベース、ドラム、キーボードにしていた。四人には二つ以上こなせるように言い聞かせている。曲によってボーカルを変えたり、キーボードをなくしたり、バリエーションがあったからだ。
 ドラムは蔵前杏瀬がいちばん良かった。リズム感が違いすぎる。おっとりとしている岬亜里沙には絶対に無理だと八波は思う。
 しかし曲によっては蔵前杏瀬が前に出てダンスしながら歌う方が絶対に見栄えが良い。その場合はリーダーの辻堂香苗をドラムに配置するしかなかった。
 初心者だった伊佐治紘香はかなりギターが上達した。ただ、ボーカルの力を発揮する際はギターから手を放すしかなかった。まだ、歌いながら演奏するレベルではない。
 彼女たちのために八波は四曲書き上げた。そのままディスクにできるように。そしてそれぞれメインボーカルを変えている。彼女たちの個性を引き出せるように曲調も変えていた。
 ほかの曲は弾けなくて良い。この四曲だけ演奏できれば良い、と発破をかけて、日々練習させているのだった。
「あ、社長だ!」一段落ついて真っ先に声をかけてくるのは蔵前杏瀬だった。とにかく人懐こい。大人に対して全く物怖じしなかった。
「どう? 上手になったでしょう?」
「ああ、見違えた」蔵前杏瀬は褒められて伸びるタイプだったからお世辞も必要だ。
「えっへん」と偉そうにしている。
 小学六年生だが、体は中学生以上に見え、その中身は小学校低学年のものだった。
「お帰りなさいませ」まるでメイドのように丁重に腰を曲げて頭を下げたのはリーダーの辻堂香苗だった。秘書の木崎の影響を受けているのか知らないが、中学三年生の態度ではない。二十代後半の所作だった。
 そして黙って頭を下げるのが岬亜里沙。少し人見知りする。演技するときは何かが憑依したかのように台詞が出てくるのに、ふだんはほとんど喋れなかった。
「まあ、どうにかかたちになってきたかな」八波は言った。
「全然ダメってことなのね?」と八波の顔を窺ったのが伊佐治紘香だった。「社長が褒めるのは全く話にならない証拠。見込みがあるときはけなす。ダメなときは褒める。そして問題外なら無視。でしょ?」
「わかってきたじゃないか」八波はたじろぎをごまかした。
「それくらいわかるわよ」伊佐治紘香はすねたように言い放った。
「わかりました、だろ?」
「わかりました」むっとした顔は恐ろしいくらい美しい。
 外で仕事をしているときは周囲に配慮し、協調性を見せる。時にはおバカのベールをかぶり煙に巻くこともある。決して正体を明かさない。しかし事務所にもどると我儘が顔を出す。適当にあしらおうものなら敵意をむき出しにするのが素の伊佐治紘香だった。
「全然ダメだが、驚くほど速いスピードで上達もしている。それは事実だ。毎日練習しているのか?」
「学校でね」
「あんなお嬢様学校にギター練習する場所があったのか?」
「あるわよ、音楽室を借り切って」
「ほう……意外に理解を示してくれるのだな、お前の学校も」
「ちゃんと手続きを踏めば大丈夫よ」
 伊佐治紘香は学校にとっては広告塔だった。そして母親が多額の寄付をいれている。その娘が多少我儘をきいても学校は許可を出すだろう。
「それより……こんなので本当に売れるの?」
「なんだ、いやなのか?」
「社長が書いてくれた曲だから素人の私たちが文句を言えるものではないのでしょうけれど、何というか……地味ね。初心者が歌って演奏しても映えない」
「だったら、もっと練習しろ」
 そう言ったものの、八波自身も同じことを思っていた。ガールズバンドのデビューとしてはもう少しインパクトが欲しい。といって初心者にこれ以上技術的なことは期待できない。何か話題性で勝負したいところだ。
 あと二年もすれば蔵前杏瀬をメインボーカルに据えて勝負に出る手もあるが、今はまだその時期ではないと八波は思っていた。かといってここでまた別のボーカルタレントを加えたら今の彼女らは混乱するだろう。それに適したタレントもいなかった。
 練習を続けるように言って、八波は木崎とともに自室に入った。
「デビューは一大イベントなのだが、やはりインパクトがないかな」自問するような言い方で八波は木崎に訊いた。
「私は、少し早いかなと思いました」
「時期尚早だとお前は言ったな。それを俺は無視するかたちで話をすすめた」
「でも社長がおっしゃる通り、二年先のデビューに向けて練習をと言ったら、あの子たちはのんべんだらりと過ごしたでしょうね。デビューが近いから必死になったというのは本当です」
「あいつらも目先の結果が欲しいだろうからな。努力が目に見える形で報われることは重要だ。しかし、どうも報われる形が現れるかどうか怪しくなってきたな」
「デビューまでの様子をドキュメンタリーにするのはいかがでしょう?」
「それは俺も考えた。動画投稿サイトを使ってデビューまでの道のりを公開しようと考えたりしたのだが、ヒロのステママが良い顔をしなかった……」
 天才子役伊佐治紘香の母親は撮影現場に必ず同伴して目を光らせるような人物だった。どこでも口を出すステージママ。ただの一般人だったら誰も脅威を感じないのだが、元女優で、財力もあり、あちこちに多額の寄付をしてコネクションを築いていたから誰も何も言えなかった。
 そのステージママぶりがひどすぎると一部の週刊誌で叩かれて、今は少しおとなしくなっているものの、何をするにもこの母親の顔色は窺っておかなければならなかったのだ。
 母親は動画投稿サイトに対して良い印象を持っていない。ドキュメンタリーならテレビだという考え方が定着していた。
「テレビ番組の企画に入れてもらってはどうです?」木崎が言った。「次世代ボーカリストオーディションを引き受ける代わりにFIANAのデビュープロジェクトを流してもらうのです」
「やっぱり俺に審査員をやらせたいみたいだな……」八波はため息をついた。「しかしただのバーター出演ならともかく、FIANAのデビュー企画をいれてもらうとなると、俺はもっと何かをしなければならない羽目になりそうだ」
「ここは社長に頑張っていただきたいですね」木崎は笑うだけだった。
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