ツイン・ボーカル

hakusuya

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来なかった男

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 数日後の昼下がり、といって午後三時を過ぎる時間帯だった。八波龍介はっぱりゅうすけはダイゴと会うために御茶ノ水駅近くにひとり現れた。
 神田川を渡ると文京区だ。東京ドーム以外で文京区に足を延ばす機会はめったになかった。
 どうしてこんな場所を久方ぶりの再開の場に選んだのか、八波はわからなかった。ただダイゴに呼び出されて来ただけなのだ。
 地味な薄手のジャケットに身をつつみ、八波は歩いた。
 六月になっていた。本来上着は不要な時期だが梅雨寒つゆざむで気温は二十度を切っていた。空は曇っている。雨は降らずに済みそうだ。
 こんなところをかつての伝説のバンドのリーダーが歩いていようとはだれも思うまい。ぱっと見ただけでその姿がリュウだと気づくものはいなかった。
 どこにいるんだ?
 文京医大ぶんきょういだいの裏手にあるホテルのロビーが待ち合わせ場所だった。待ち合わせ時刻は午後三時。
 八波は遅れてきた。三時二十分になっている。スマホを見たがダイゴからの連絡はなかった。
 八波の方からダイゴに音声電話をかけたが、つながらなかった。電波の届かないところにいるか電源を切っているらしい。
 そういえば何年か前にも似たようなことがあったと八波は思い出した。
 あの時は秋の風を感じ始める港区の居酒屋だった。レイの再来だとかいう若者をダイゴが連れてきたのだ。
 金髪にピアスだらけの顔。肩から腕にタトゥーが入ったチャラそうな男だった。
「誰だよ、このしょぼいおっさん」それがその男の第一声だった。
 ダイゴがZEGゼグのリーダーリュウだと紹介すると、「ウケる……」とか言って腹を抱えて笑い出した。
 ところどころ破れたシャツとジーンズ姿のダイゴがその若者の頭を押さえつけて無理やりお辞儀をさせたのが象徴的だった。
 そのあと、どこかのカラオケボックスに行って、その男が歌うのを聴いた。
 何を歌わせたのかよく覚えていない。記憶の彼方に行ってしまった。
 確かにうまかったと記憶しているが、レイの再来などというレベルではなかった。そしてそれ以上に、アーティストとしてやっていけるタイプの人間性ではなかった。
 哀れなことに、レイの再来を見つけ出すという夢を見続けて、ダイゴは見る目を失ったのだと八波は思った。
 今回もそうなのだろう。紹介すべき男を引き合わせるつもりだったのだろうが、またその男がどうしようもない奴で、約束すらすっぽかし、姿を現さなかった。きっとダイゴは今大慌てでその男を探し回っているに違いない。
 憐れな男がおろおろとして探し回る様を八波は思い浮かべて、四時になってしまった。
 とうとうダイゴは姿を現さなかった。
 八波は席を立った。
 足早にホテルの玄関口に向かう。もうここにいても仕方がない。仕事も残っているし事務所に戻ることにしたのだった。
 自動扉が開き、冷たいが湿気をおびた風が吹き込んできた。
 思わず顔をそむけた瞬間、八波は人とぶつかってしまった。
 その人物も前をよく見ていなかったようだ。
 驚くほど白い顔をした制服姿の中学生くらいの女の子が、フロアに膝をつき、額を押さえていた。
「ごめんよ、大丈夫かい?」自分も胸に痛みを感じていたが、八波は穏やかに少女に訊いた。
「だ、大丈夫です……」
 少女のトートバッグから紙束が散乱していた。
 一緒になってそれを拾う。
 全部拾い終えたとき、八波は少女に何か言った気がしたが、すぐに忘れてしまった。
 八波の頭の中にはもっと気がかりなことがあった。
 また、ダイゴに会えなかった。あいつはちゃんと暮らしているのだろうか。
 まともな仕事についているとは思えない。健康に気を配る余裕もないに違いない。
 そんな風にダイゴのことばかりが気にかかり、少女のことをおもんぱかる余裕がなかったのだ。
 適当に少女を気遣う素振りだけを見せて、八波龍介はその場を立ち去った。
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