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来客をもてなす準備に追われる
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日曜日、星の友人三人が香月家を訪れることになっていた。名目は勉強会ということになっているが、勉強する気はさらさらないようだ。
遼は朝から昼食の用意をすることになった。友人たちが来るのが十一時頃。何時までいるのかわからない。昼食どころか夕食も用意しておくべきかもしれないと遼は思い、その準備に追われた。
星は部屋の掃除をしていた。自分の部屋に入れるつもりはなかったようだが、友人たちに押しかけられて中を見られる可能性はあった。
九時になり、遼はマンション一階にあるベーカリーへ予約していたパンを引き取りに向かった。
ここのパン屋は日曜日は朝から盛況で希望のパンが売り切れていることが多く、予約は必須だった。星が掃除に忙しそうだったので遼は一人でベーカリーを訪れた。
この店は個人営業の店で店主はマンションの住人でもある。娘は遼や星と同じ御堂藤学園の一年生で、何度かパンを買ううちに顔見知りになった。その彼女と年の離れた兄の二人が店にいることが多く、今日もまたそうだった。
「おはようございます。香月先輩、先ほど焼き上がりました」
「ありがとう、助かるよ」
「いいええ」看板娘はにっこりと笑った。「たくさん買っていただいて恐れ入ります。お客様でもいらっしゃるのですか?」
「ああ、星の友人が三人ほど」
「なるほど」
「オレには友だちはいないからな」
「そんなつもりで申したわけではありませんよ」
「いらっしゃい」奥から兄が出てきた。二十代後半に見える。「バカ丁寧な喋り口の妹の相手は誰かと気になって出てきてしまったよ」
「セレブな客ではありませんよ」遼は自虐的に言った。
他に客の姿はなくなっていた。たまにそうした時間帯になることがあるようだ。朝一のパンがほぼ売り切れていて、次は十一時頃に焼き上がる。たった今焼き上がったのは予約のパンだった。それを引き取りに来たのも遼が最後の方らしい。すぐに受けとる客が圧倒的に多いようだ。
「あとは三つ子さんところか?」ベーカリー兄が妹に訊いた。
「そうよ」
「三つ子がいるのですか?」
「マンションの高層階にね。美人三姉妹だ」兄がにっと笑った。
「うちのお兄ちゃん、はじめは同じ人だと思ってたんですよ。それが三人だと気づいてびっくり」
「だって同じ顔じゃないか」
「髪型違うし、表情が全然違うでしょ。気づかない方がおかしい」
「それでも気づいたんですね?」
「たまに二人とか連れだって来られることがあるんです」妹が言った。「それを初めて見たときのお兄ちゃんの顔ったら、目が丸くなってておかしくておかしくて」
「それは見てみたいな」
「いや……」妹はわずかにためらう態度を見せた。「見たことあると思いますよ。多分、いや絶対……」
客が入ってきたので、その話は途切れた。
遼は「どうも、ありがとう」と言って店を出た。
パンの良い匂いが袋から漏れ出ていた。マンション住人用のエントランスを通り四階行きエレベーターに乗る。四階で住居階用エレベーターに乗り換えるのだ。
本当に面倒くさい。エントランス二ヵ所、エレベーター二機分キータッチが必要になる。配送業者泣かせのセキュリティだった。
引っ越しなどの際は一階から直通の大型エレベーターが使用できるものの、いちいち管理センターに連絡を入れなければならなかった。
四階でエレベーターを降り、次のエレベーターに乗るには四階ロビーを通る。この時間帯にはクロークが常駐していて、住人に挨拶する。
遼は簡単に挨拶した。そのタイミングで住居部分への扉が開き、その向こうから外出目的の住人が一人姿を現した。
「香月くん、こんにちは」それは古文担当の水沢だった。
「水沢先生、おはようございます」
九時半という中途半端な時間帯だったが遼は教師に向かって「こんにちは」と言ったことがなかったので学校にいる時のように「おはようございます」と挨拶した。
「下でパンを買ってきたのね? 美味しそうな匂いがしているわ」
「焼き上がって間もないですから」
星に教えられて水沢がこのマンションの住人だと知っていたが、こうして顔を合わせるのは初めてだった。
「お出かけですか?」つい立ち止まって訊いてみる。
「お買い物よ」
「お一人で?」
「うちの人は部屋のお掃除をしているわ。食料の買い出しだから私一人で行くの」
「手が空いていたら荷物運び手伝うのですが、今日はあいにく星の友人が訪ねてくるのでオレはもてなし係です」
「それは大変ね。頑張ってね」
「ありがとうございます。では」
水沢とは簡単な挨拶だけで別れた。星からは水沢がどこへいくにも夫と一緒と聞いていたが、新婚三か月にもなる時期はもう別々に動くのかもしれないと遼は勝手に考えた。
部屋に戻って星に水沢と会った話をすると、このマンションに住んでいる御堂藤学園の生徒にさんざん冷やかされて、今は買い物程度だと一人で行くようになったらしいと教えられた。
「さて、とりかかるか」遼は仕込みを始めた。
星の友人たちは十時半にやって来た。予想より三十分くらい早かったが、遼はマイペースでローストビーフだのカルパッチョだのほとんど同時進行で料理を続けた。
慌てていたのは星の方だ。エントランスの解錠をしながら掃除機やらを片付けるのに躍起になっていた。
仕方なく、遼が友人たちを出迎えた。
「いらっしゃい」エプロン姿の遼が玄関の扉を開けたので友人たちは目を丸くした。
遼の後ろから星が顔を出し、「さ、入って、入って」と招き入れた。
来客は三人。名前を遼は覚えていなかった。
友人たちはリビングから外の景色を眺めて感嘆していた。
「高いねえ」「人や車が小さく見える」という声が聞こえた。
「うちはまだ中の上あたりだから」星が謙遜するように言った。
高層階はもっと眺めが良いのか遼にはわからなかった。それほど景色は違うものだろうか。
冷たいウーロン茶を四人分出して遼は料理を続けた。星たちはリビングで勉強会を始めた。といっても雑談が半分以上を占めてしまい、やはり遊びに来たのだと遼は思った。誰かが教える役をやらない限り勉強会などというものは成立しない。おとなしくそれぞれが自習をするようなメンバーであるはずがなかった。
遼は朝から昼食の用意をすることになった。友人たちが来るのが十一時頃。何時までいるのかわからない。昼食どころか夕食も用意しておくべきかもしれないと遼は思い、その準備に追われた。
星は部屋の掃除をしていた。自分の部屋に入れるつもりはなかったようだが、友人たちに押しかけられて中を見られる可能性はあった。
九時になり、遼はマンション一階にあるベーカリーへ予約していたパンを引き取りに向かった。
ここのパン屋は日曜日は朝から盛況で希望のパンが売り切れていることが多く、予約は必須だった。星が掃除に忙しそうだったので遼は一人でベーカリーを訪れた。
この店は個人営業の店で店主はマンションの住人でもある。娘は遼や星と同じ御堂藤学園の一年生で、何度かパンを買ううちに顔見知りになった。その彼女と年の離れた兄の二人が店にいることが多く、今日もまたそうだった。
「おはようございます。香月先輩、先ほど焼き上がりました」
「ありがとう、助かるよ」
「いいええ」看板娘はにっこりと笑った。「たくさん買っていただいて恐れ入ります。お客様でもいらっしゃるのですか?」
「ああ、星の友人が三人ほど」
「なるほど」
「オレには友だちはいないからな」
「そんなつもりで申したわけではありませんよ」
「いらっしゃい」奥から兄が出てきた。二十代後半に見える。「バカ丁寧な喋り口の妹の相手は誰かと気になって出てきてしまったよ」
「セレブな客ではありませんよ」遼は自虐的に言った。
他に客の姿はなくなっていた。たまにそうした時間帯になることがあるようだ。朝一のパンがほぼ売り切れていて、次は十一時頃に焼き上がる。たった今焼き上がったのは予約のパンだった。それを引き取りに来たのも遼が最後の方らしい。すぐに受けとる客が圧倒的に多いようだ。
「あとは三つ子さんところか?」ベーカリー兄が妹に訊いた。
「そうよ」
「三つ子がいるのですか?」
「マンションの高層階にね。美人三姉妹だ」兄がにっと笑った。
「うちのお兄ちゃん、はじめは同じ人だと思ってたんですよ。それが三人だと気づいてびっくり」
「だって同じ顔じゃないか」
「髪型違うし、表情が全然違うでしょ。気づかない方がおかしい」
「それでも気づいたんですね?」
「たまに二人とか連れだって来られることがあるんです」妹が言った。「それを初めて見たときのお兄ちゃんの顔ったら、目が丸くなってておかしくておかしくて」
「それは見てみたいな」
「いや……」妹はわずかにためらう態度を見せた。「見たことあると思いますよ。多分、いや絶対……」
客が入ってきたので、その話は途切れた。
遼は「どうも、ありがとう」と言って店を出た。
パンの良い匂いが袋から漏れ出ていた。マンション住人用のエントランスを通り四階行きエレベーターに乗る。四階で住居階用エレベーターに乗り換えるのだ。
本当に面倒くさい。エントランス二ヵ所、エレベーター二機分キータッチが必要になる。配送業者泣かせのセキュリティだった。
引っ越しなどの際は一階から直通の大型エレベーターが使用できるものの、いちいち管理センターに連絡を入れなければならなかった。
四階でエレベーターを降り、次のエレベーターに乗るには四階ロビーを通る。この時間帯にはクロークが常駐していて、住人に挨拶する。
遼は簡単に挨拶した。そのタイミングで住居部分への扉が開き、その向こうから外出目的の住人が一人姿を現した。
「香月くん、こんにちは」それは古文担当の水沢だった。
「水沢先生、おはようございます」
九時半という中途半端な時間帯だったが遼は教師に向かって「こんにちは」と言ったことがなかったので学校にいる時のように「おはようございます」と挨拶した。
「下でパンを買ってきたのね? 美味しそうな匂いがしているわ」
「焼き上がって間もないですから」
星に教えられて水沢がこのマンションの住人だと知っていたが、こうして顔を合わせるのは初めてだった。
「お出かけですか?」つい立ち止まって訊いてみる。
「お買い物よ」
「お一人で?」
「うちの人は部屋のお掃除をしているわ。食料の買い出しだから私一人で行くの」
「手が空いていたら荷物運び手伝うのですが、今日はあいにく星の友人が訪ねてくるのでオレはもてなし係です」
「それは大変ね。頑張ってね」
「ありがとうございます。では」
水沢とは簡単な挨拶だけで別れた。星からは水沢がどこへいくにも夫と一緒と聞いていたが、新婚三か月にもなる時期はもう別々に動くのかもしれないと遼は勝手に考えた。
部屋に戻って星に水沢と会った話をすると、このマンションに住んでいる御堂藤学園の生徒にさんざん冷やかされて、今は買い物程度だと一人で行くようになったらしいと教えられた。
「さて、とりかかるか」遼は仕込みを始めた。
星の友人たちは十時半にやって来た。予想より三十分くらい早かったが、遼はマイペースでローストビーフだのカルパッチョだのほとんど同時進行で料理を続けた。
慌てていたのは星の方だ。エントランスの解錠をしながら掃除機やらを片付けるのに躍起になっていた。
仕方なく、遼が友人たちを出迎えた。
「いらっしゃい」エプロン姿の遼が玄関の扉を開けたので友人たちは目を丸くした。
遼の後ろから星が顔を出し、「さ、入って、入って」と招き入れた。
来客は三人。名前を遼は覚えていなかった。
友人たちはリビングから外の景色を眺めて感嘆していた。
「高いねえ」「人や車が小さく見える」という声が聞こえた。
「うちはまだ中の上あたりだから」星が謙遜するように言った。
高層階はもっと眺めが良いのか遼にはわからなかった。それほど景色は違うものだろうか。
冷たいウーロン茶を四人分出して遼は料理を続けた。星たちはリビングで勉強会を始めた。といっても雑談が半分以上を占めてしまい、やはり遊びに来たのだと遼は思った。誰かが教える役をやらない限り勉強会などというものは成立しない。おとなしくそれぞれが自習をするようなメンバーであるはずがなかった。
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