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ルカの答え その4

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 終わりの合図だろう。
 
 なんだか確かに、信頼と言うか、愛情が、育まれた気がする。獣人式のコミュニケーションもいいものだ。
 彼は、人間の姿に戻って、ぐーっと伸びをする。
 
「触らせてくれてありがと、楽しかった」
 
 私がそう声をかけると、ルカは少し不思議そうな顔をする。
 
「この場合お礼は、俺が言うはずなんだけど」
「……そういうもの?」
「一応、そう。……」
「う、うん」
 
 それは、えぇと、気持ちよかった、ありがとうと私は言われるのだろうか。……あ、あぁ、なんかこそばゆい。
 
 私が視線をそらすと、ルカは私の隣に戻った。ソファに沈みこんで、チラと私を見る。
 
「それから、して貰ったら、やってあげるものマナー」
「髪を梳かしてくれるの……?」
 
 私にやってくれると言われても、全身に体毛があるわけじゃない。ブラシをかけるところなど、髪ぐらいだ。
 
 人間の常識だと、たとえ恋人であっても髪を相手に触らせる事は多くない。私は、構わないけれど、髪飾りを外さなければならない。
 
 私が髪飾りに手をかけると、ルカはその手を制止するように掴んで、自分の方へと引き寄せる。
 
「似たようなもの、だけどね」
 
 ルカは少しだけ口角を上げて、私の頭を大きな手で撫でる。
 優しく、触れるだけみたいな、壊れ物に触れるような撫で方だった。
 
「あ、……ぅ、んん?」
「人間同士でもこうするんでしょ」
「する、けど」
「君もユスティネ様にして貰って喜んでるって、聞いたし」
「や、その、喜んでる……けど」
 
 顔が近い。
 頭を撫でるのは百歩譲って、いや、本来なら譲らなくても良いんだろうけど、譲ったとして、なんでこんなに密着してるんですかね!!
 
 それに、ルカにこうされるのと、お義母さまにやられるのではまったく別問題だ!
 
 間近で、目を合わせるのが恥ずかしくなり、俯くと、項から後頭部にかけてを往復するように撫でられる。
 
 それはもう、撫でてるだけじゃなくない?!いや私もルカの体をいっぱい触ったけどさ、それとこれとは話が別だ。
 
「ちょ、っと、くす、ぐったい」
「そう」
「あや、耳触っちゃ、だめ」
 
 途切れ途切れになっても何とか言ったのに、ルカは全く興味なさそうに、項に触れてそのまま耳も撫で続けた。
 
 うわあああ。
 
 私の心臓に疾患があったなら、卒倒していたであろうと思う。
 
「っ、ふふ、なに。撫でてるだけでしょ。君がやった事と同じ」
「か、揶揄ってる?」
「別に、違うよ」
 
 悪戯っぽい声で否定するが、面白がっているに違いない。
 でも、絶対にいやということでも無いんだ、確かに、頭を撫でられるのは気持ちいい。眠たくなるような、リラックスするような気もするし、グルーミングを人間にするには、これで正解だろうと思うけれど。
 
「か、髪型がく、ずれるので」
「後で直せばいいでしょ」
「熱でて、そう」
「魔法は使ってないから、問題ないよ」
 
 彼はまた、よく分からないスイッチでも入っているのか、私の遠回しな抗議をことごとく否定していく。
  
「……」
 
 私が、何も言わなくなると、ルカも何も言わない。
 ただ、ひたすらに、よしよしし続けるだけである。
 もう、言い訳が思いつかない。きっと、そのうち、終わると思うので、それまで、こうして素直に撫でられるしか無さそうだ。
 
 観念してルカに体を預けると、抱きしめるように私の背中に手を回して、もう片方の手で頭を撫で続ける。
 
 こ、子供じゃないのに。
 
「……いつか……俺に、家族になろうって言われて、嬉しかったって言ってたでしょ」
 
 ルカは、独り言のように呟いた。
 
「君から嫌われても仕方ない事、沢山してきたけど、結局その悪癖は今も変わってない」
「……」
「これからも、俺は君にとってあまり、良い人になれないよ」
 
 唐突な話題だと思ったが、そんな事は無いとすぐに思い直す。

 変わろうとしていると皆がわかるほどに、ルカが努力をしていると私は知っている。それに、やはり最初から、私を望んでくれたのはルカだった。私に取って良い人でなくとも、大切な人だ。
 
「多分クルスを選んでいた方が君は幸せだったと思うしね。それに、苦労も少なかったと思うよ。こうして毎日監視されることも無かった」
「うん」
「……でも、ここまで来ても、まったく後悔の欠片も無さそうだからさ」
 
 素直に聞いていると、ルカの言葉が途切れて、手だけ動かして、私の頭を撫でる。
 言いづらいことでもあるんだろう。急かすような事はしない。
 
 もう、本当に頭を撫でられたまま、眠ってしまうのではないかと思うぐらい、ルカは長く黙って、ぽつりといった。
 
「ロイネが好きだよ。俺を、選んでくれて……ありがとう」
 
 ……言われたくて、たまらなかった言葉だ。
 他の誰かにではなく、この人に、どうしても、言って欲しかった言葉だ。
 
 胸の奥から、熱いものがせりあがってくるようで、体の端々まで満たされるような心地だ。
 
「幸せにできるように、頑張るから……家族になって欲しい」
 
 涙が出そうな程、嬉しい言葉に、思わず激情そのままルカに抱きついた。
 それを彼は優しく受け止めてくれる。
 
 ルカの思いに確信が無かったわけじゃない。ちゃんと信じていた、はっきりと彼から言ってくれなくても、私は少しづつ距離が縮まって行く関係に満足していた。
 
 それでも、どうあっても、嬉しい……すごく、感情のタガが外れてしまいそうなほどに。
 
 ルカにとっては、言わなくても良かった事のはずだ、今でも人間蔑視の発言はするし、自分でも制御できて居ないようだった。けれど、わざわざちゃんと、言葉にしてくれた。
 
 きっと、長い人生これからも苦労することはあるだろうと思う。特にルカだし、衝突も喧嘩もしそうだと思う。でも、きっと、大丈夫だ。
 今、確信を持ってそう思える。
 
 この人を好きになって良かった。
 
「喜んで!」
 
 感動に震えて、変な声だったが、ルカは軽く笑って、それから私の頭を撫でた。
 
 その手はやっぱり暖かくて、春の心地良い昼下がり。やっと、私たちは結ばれた。
 
 
 

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