どうせ去るなら爪痕を。

ぽんぽこ狸

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6 友人にはなれている

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 到着した場所はベーメンブルク公爵邸であり想像していた通りだった。

 我が国、アーグローデと隣国のカルシア王国は同盟関係にあり、もともとの王家は別の家系同士ではあるが非常に関係は友好的だ。

 だからこそ王族の血筋に当たる者がお互いの国におり、カルシア王国の王家であるメーンブルクの名を継いでいるこの屋敷にやってきたというわけだ。

 母国以外に、王族がいる利点は色々とある。

 例えば戦争の抑止力であったり、跡継ぎ問題の解消、それから王位継承問題に直面した王子の回避先という面も持っている。

 彼の事情について、あまり深く聞いていないが、エミーリエはそこについて深く知りたいという気持ちはなかった。

「ようこそ、我が屋敷へ。ユリアン様。ロホス国王陛下から話は聞いているけれど、随分と時間がかかったようだね」
「ええ、長雨のせいで悪路がおおく少々予定より遅れましたが急な事でしたから、遅れる分には問題ないかと思ったのですが」
「ああ、それはもちろん。それに申し訳ないんだけれど、いまだに別館の方の準備が整っていないのが現状でね、しばらくはこちらの方で生活をしてもらうことになりそうなんだけれど……問題ないかな」

 ユリアンを出迎えたのは、ベーメンブルク公爵本人であり、エミーリエはユリアンの隣に座って静かに話を聞いていた。

 ここまでついてきたのはいいものの、エミーリエに出来ることは特にない。

 仕事を手伝うことなどは出来るだろうが、じゃあ今までありがとう、ここでお別れだ、とユリアンに言われればそれまでであり、そうしたらまたゆく当てのないどこかに向かうほかない。
 
 だからこそ特に口出しせずに、話だけ聞いて置物のようになっていた。

「はい。問題ありません。何かと手間をかけることになるとは思いますがよろしくお願いします。ベーメンブルク公爵」
「いえいえ、元からこういうお役目だから気にしないで。それに息子たちにもいい刺激になるだろう。ぜひ可愛がってあげてほしい」

 朗らかに言うベーメンブルク公爵はとても人の好さそうな人物だ。

 そんな彼は話に一区切りつけてから、エミーリエにちらりと視線を移し「ところで」と切り出した。

「手紙で聞いていたよりも、従者の数が多いようだけど、彼女は急遽連れてくることに?」

 ベーメンブルク公爵はついにエミーリエの事について指摘して、エミーリエは内心少しびっくりして心臓が跳ねた。

 自分から、にっちもさっちもいかなくなっていた時に、彼に救われたのだと話をしたかったが、ベーメンブルク公爵とは何の面識もないし、従者だと思われているのならば、主そっちのけで話をするなどおかしい。

 ユリアンがどういうつもりでエミーリエをこの場所に連れてきて、どういう扱いにするつもりなのかはわからないので、下手に話し出さないことにした。

「この方は、私のカルシア王国での友人です。事情がありしばらくゆく当てがないとのことでしたので、私とともに来てもらいました。いつまでいるかは決まっていませんが客間の用意をお願いします」
「……わかった。何か訳ありのようだけど君は……」
「! ……エミーリエと申します。ベーメンブルク公爵閣下」
「エミーリエ。あえて事情は聞かないよ。このご時世だ、色々あると思うし。ここにいる間はゆっくりしていってね。なにか協力できることがあれば、直系の王族の方の頼みだ出来る限り手を貸そう」
「ありがとうございます。お世話になります」

 ……友人ですか……やっぱりおそれおおいですね。

 ユリアンの言葉に恐縮しつつもエミーリエは頭を下げる。

 エミーリエとユリアンの二人はベーメンブルク公爵邸の侍女に案内されて二人で客間へと向かった。

 そして一度、自身の部屋に案内されエミーリエは、すぐにユリアンの部屋へと移動した。

 こうして屋敷に到着したからには話をするべきことが沢山あるだろうということで、休憩する前に彼の元に向かったのだ。

 馬車の中より少し遠い距離のソファーで、エミーリエとユリアンは向かい合った。

「……さて、それじゃあ、私の正体についてもうわかっていると思うけれど話をするね。エミーリエ」

 自分の事情を説明して、迷惑をかけないようにすると言おうと思っていたエミーリエだったが、彼の開口一番の言葉に驚いて「あ、はい」と思わず返事をした。

「私は、カルシア王国第二王子で、簡単に言うと王位継承争いに敗れた結果、難を逃れるためにこのアーグローデに来ることになった情けない人物です。

 驚きましたか?」

 彼は少しだけおどけたようにそう言って、それからちらりと後ろを見た。

「アウレールは昔からの護衛騎士をしてくれている人で、今回国を捨てて逃げる私にも同行してくれた情け深い人なんです。そうですよね、アウレール」
「いいえ、ユリアン様。自分は主様以外に仕えるなど到底考えられなかっただけです。どうかそのようにおっしゃらないでいただきたい」
「このように、とても忠義深く、きっちりした人ですからとっつきにくいと思われるかもしれませんが、悪い人ではないです」

 ユリアンが話しかけると、アウレールはきりっとした表情できっぱりと答える。

 彼の説明に、今までの旅の中である程度、なんとなく理解できていたことが明確になって、エミーリエもたまにはアウレールに話しかけてみようと思った。

「こちらでの生活は、まだまだ未知数なことも多いですが、基本的には別館がありますので用意が出来次第そちらに移ります。

 それからベーメンブルク公爵家の仕事などを手伝ったり、下位の爵位を得て小規模に領地運営をしていく場合が多いようです。

 エミーリエは何か得意なことがありますか? 

 もちろん、旅の疲れを癒してゆったりと過ごすことも一つの手ではありますが、なにもやることがないと暇をすると思いますし、ある程度の仕事が出来るように取り計らいますよ」

 続けて彼は、エミーリエを気遣ってかそんな提案をしてくれる。

 そうして言ってくれることはとてもうれしい、しかしエミーリエも流石に気が付いている。

 こうして、ユリアンの友人だと名乗ってやってきた自分は、この屋敷の使用人たちから少々警戒されているらしい。

 もちろんこの屋敷の主であるベーメンブルク公爵が、受け入れるといったのだから、誰も文句は言わないだろう。

 しかし、エミーリエは素性が分からず、どんな危害を与えるかも未知数だと思われていることは事実だ。

 そんな人間が屋敷の中にいて、自分の好き勝手に動き回っていたら不快なはずだ。

「もちろん仕事はしたいと思いますが、私はしばらくこの屋敷の方々に信用されるために不審な行動はとらないようにのみ気を付けることにします。

 素性のしれない人間がいることは、この屋敷で働いている彼らからすれば嬉しい事ではないはずで、少しでも信用されようという気持ちがあるのとないのとでは大きく違うと思いますから」
「……そうですか。私はしばらくすれば、気にされなくなると思ったのですが……あなたがそう思うのでしたら、あなたの望むとおりにしてくださって構いません」

 彼は屋敷の使用人たちの気持ちに気が付いていたうえで、慣れてもらえばいいと考えていたらしい。

 それだって一つの手ではあるが、恩人であるユリアンの評判を下げる様な行動はわざわざしたくない。

 それにこうして当たり前のように仕事を割り振って、エミーリエを一員のように扱ってくれようとしているが、これはまったくもって当たり前のことではない。

 受け入れると言ってくれた、ベーメンブルク公爵ももちろん器が大きく尊敬するべき人物だが、その彼が受け入れると言ってくれたのは、ユリアンが友人だと言ってくれたおかげだ。

「ありがとうございます。ユリアン。……それに、ここまで連れてきてくださったこと、それからこうして居場所を与えてくださったこと、今さらにはなりますが改めてお礼を言わせてください。

 ユリアンが、連れてきたことを後悔するようなことにならないよう、お役に立てればと思っています」

 座ったままエミーリエは深々と頭を下げた。

 するとユリアンは、少し沈黙してそれから「頭をあげてください」と丁寧に言った。

「私はただ、自己満足であなたに手を差し伸べたにすぎません。お礼を言われる筋合いはありませんよ。

 それに……」

 彼は少し黙り込んでそれから、顔をあげたエミーリエに少しだけ気恥ずかしそうに言った。

「私たちはもう、間違いなく友人になれていると思うんです。長い馬車の旅を共にしましたし、お互いの事も名前と、どんな考え方をしている人かぐらいは知っています。

 なので多少、順番は前後しますが、窮地に陥っているときには助けることは当然の責務であり、同時に権利だと思います」
「……」
「エミーリエ、違いますか?」
「いいえ」

 驚いてしまってエミーリエは、咄嗟に謙遜しようと思った。というか彼はカルシア王国の第二王子だ。

 そんな彼と友人となり、助けてもらうことなど当たり前だと自分の口では絶対に言えない。

 しかし、ユリアンの顔を見ると、そうだと言って欲しいと望んでいることは明白で、ついでにエミーリエだって、友人というものがこの人生で一度だができたことがない。

 憧れがないとないと言ったら嘘になる。

「よかった。握手でもしておきましょう。エミーリエ」
「……はい。よろしくお願いいたします」

 しかし、果たしてこんなにかしこまった友人関係があるだろうか。

 そう考えて、エミーリエは差し出された手をきゅっと握って彼と手をつなぐ。

 多分、ユリアンはエミーリエと同じか少し年下の男の人だ。物腰は柔らかで表情は常に優しげで、手のひらもフワフワしているのだろうと思ったが、手を握ると少し硬くペンだこがある。

 その時にエミーリエは、男の人の手ってこんなふうな感触なのだと、友人に対しては思ってはいけない事をふと思ってしまったのだった。



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