どうせ去るなら爪痕を。

ぽんぽこ狸

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10 新居と被害

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「こちらが、本館から別館の方に移動になった侍女たちです」

 そう言って侍女頭のグレータは、三人のまだ若い少女たちを、エミーリエとユリアンの前に出るように促した。

 彼女たちはそれぞれ、ベーメンブルク公爵家で暮らしていた時によく見かけていた侍女たちで、その中から相性がよさそうな子を選んでくれたのだと思う。

「アメリーです! よろしくお願いします」
「フェーベです……頑張ってお仕えします」
「カーヤですわ。この中で一番年上ですわ」

 それぞれが事項紹介をして頭を下げる。

 ユリアンはそれに頷き、他にも数名こちらの別館を管理維持するために雇った中流階級の平民や下級貴族たちの挨拶を聞いていく。

「エミーリエ様……少々よろしいでしょうか」

 そんな中、侍女頭のグレータはエミーリエの事だけを呼んだ。

 そばによるとこっそりとエミーリエに言った。

「先日はヨルク様がご迷惑をかけてしまい、大変申し訳ありませんでした。

 ……しかし、子息のお二人をあまり刺激しないようにお願いしたいのです。あなた様は……他人なのですからどうか立場をわきまえていただきたいです」

 その言葉はどこか棘があってエミーリエの事を嫌っているかのように受け止められる言葉だ。エミーリエはグレータの事を少し考えて見つめた。

 髪を肩上で短く切りそろえて、侍女用の制服を誰よりもきっちり着ているその姿は仕事熱心な侍女頭といった様子で、とても人の事を理由なく嫌うような人には思えない。
 
 しかし、エミーリエ側に理由がないとは言い切れないのがこの状況だ。

 これからは生活が別々になるといっても、エミーリエはあちらの屋敷で多くの仕事を請け負わせてもらっている。

 これからも関わりあいになるだろう。

 それなのにはいそうですかと簡単に納得したふりをして、自分が嫌いだからこんな態度なのだと断定しては、これからの関係性が発展のしようがない。

 ……ヨルクとフランクの事も少し気になりますし、ユリアンは兄弟とはあんなものだと受け止めていた様子でしたが、私はそれでも家庭環境は正常であった方がいいと思うんです。

「他人であることは重々承知です。

 しかしヨルクがその他人に甘える様な状況にあるということもまた、事実ではないですか。なぜそのような状況になっているのかや、抱えている問題などがあれば向き合いたいと考えています。

 グレータ、それほど警戒をしないでください。決して子供たちを傷つけるようなことをするつもりはありません」

 エミーリエが素性のしれない信用できない女だとしても、それ以外にもグレータがエミーリエを敵視する理由はきっと心配だからではないだろうかと思う。

 少し不安定なように見える公爵子息たちを侍女頭である彼女が大切にしていないわけがないのだから。

 だったら、言葉にするべきだ。そうしない限りはエミーリエのことを見定めようとする気持ちすら生まれないだろう。

 きちんと言うとグレータは少し意外そうな顔をして、それからさらに表情を硬くして返す。

「……簡単に解決するような問題ではありませんし、何より簡単に解決して前を向かれては……いえ、何でありません。一通り紹介が済んだようですし、それぞれ持ち場に戻ってください」

 グレータは言葉を濁して、使用人たちの指揮を執りつつ急ぎ足で侍女たちに紛れて去っていく。

 紹介された三人の侍女たちは、新しいお屋敷での仕事に意気込んでいるらしく、経験豊富なグレータにすぐに話しかけている様子だ。

 グレータには、今はスルーされてしまったけれど完全に決裂している状態よりはずっといいだろう。

 そう考えてエミーリエが、背中を見つめていると、夕食の支度が終わるまでユリアンに別館の散策に誘われたのだった。



「この地域も、しばらくは雨が続いていたそうで、あの川が氾濫してしまったそうなんです。それで庭園が流されたり床が浸水したりと大変な目に遭ったようです。

 ですからこうして王族を迎え入れるための別邸の準備にしばらく時間がかかったらしいです」
「そうだったんですか。最近はどこも大変なのですね。王族の方々が理由を特定しようとされているらしいですが、難しいのでしょうか」

 ユリアンが指をさした、キラキラと太陽の光を反射して流れていく川をエミーリエはきれいだと思いながらも問いかけた。

 すると彼は少し思案してから言う。

「どうでしょう。……これはあまり口外しないでくださいね。カルシア王国の方には実はあまり被害が出ていないんです。

 ですから、アーグローデの被害といってもそれほどのものではないだろうと思っていたのですが、こちらに嫁いでいた姫が水難事故によって亡くなっているんです。

 なので具体的に動き始めるかもしれません」

 ……王女殿下が……それはなんとも悲しい話ですね。

 エミーリエも水害による、人々の苦しみをよく知っている。あまり覚えていないけれど実家でも似たような被害があったと聞いている。

 それでも王女というとても稀有な血筋の人が亡くなっているとなると、深刻な気持ちになった。

「痛ましい話ですね。ですが、口外禁止ですよね、いったんは忘れておくことにします」
「ええ、そうしてください。行きましょうまだまだ回っていない場所がありますから」
「はい、ユリアン」

 二人は庭園の中をぐるりと一周して、それから屋敷の中へと戻っていく。アウレールは静かにその後ろをついていくのであった。


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