10 / 59
10 新居と被害
しおりを挟む「こちらが、本館から別館の方に移動になった侍女たちです」
そう言って侍女頭のグレータは、三人のまだ若い少女たちを、エミーリエとユリアンの前に出るように促した。
彼女たちはそれぞれ、ベーメンブルク公爵家で暮らしていた時によく見かけていた侍女たちで、その中から相性がよさそうな子を選んでくれたのだと思う。
「アメリーです! よろしくお願いします」
「フェーベです……頑張ってお仕えします」
「カーヤですわ。この中で一番年上ですわ」
それぞれが事項紹介をして頭を下げる。
ユリアンはそれに頷き、他にも数名こちらの別館を管理維持するために雇った中流階級の平民や下級貴族たちの挨拶を聞いていく。
「エミーリエ様……少々よろしいでしょうか」
そんな中、侍女頭のグレータはエミーリエの事だけを呼んだ。
そばによるとこっそりとエミーリエに言った。
「先日はヨルク様がご迷惑をかけてしまい、大変申し訳ありませんでした。
……しかし、子息のお二人をあまり刺激しないようにお願いしたいのです。あなた様は……他人なのですからどうか立場をわきまえていただきたいです」
その言葉はどこか棘があってエミーリエの事を嫌っているかのように受け止められる言葉だ。エミーリエはグレータの事を少し考えて見つめた。
髪を肩上で短く切りそろえて、侍女用の制服を誰よりもきっちり着ているその姿は仕事熱心な侍女頭といった様子で、とても人の事を理由なく嫌うような人には思えない。
しかし、エミーリエ側に理由がないとは言い切れないのがこの状況だ。
これからは生活が別々になるといっても、エミーリエはあちらの屋敷で多くの仕事を請け負わせてもらっている。
これからも関わりあいになるだろう。
それなのにはいそうですかと簡単に納得したふりをして、自分が嫌いだからこんな態度なのだと断定しては、これからの関係性が発展のしようがない。
……ヨルクとフランクの事も少し気になりますし、ユリアンは兄弟とはあんなものだと受け止めていた様子でしたが、私はそれでも家庭環境は正常であった方がいいと思うんです。
「他人であることは重々承知です。
しかしヨルクがその他人に甘える様な状況にあるということもまた、事実ではないですか。なぜそのような状況になっているのかや、抱えている問題などがあれば向き合いたいと考えています。
グレータ、それほど警戒をしないでください。決して子供たちを傷つけるようなことをするつもりはありません」
エミーリエが素性のしれない信用できない女だとしても、それ以外にもグレータがエミーリエを敵視する理由はきっと心配だからではないだろうかと思う。
少し不安定なように見える公爵子息たちを侍女頭である彼女が大切にしていないわけがないのだから。
だったら、言葉にするべきだ。そうしない限りはエミーリエのことを見定めようとする気持ちすら生まれないだろう。
きちんと言うとグレータは少し意外そうな顔をして、それからさらに表情を硬くして返す。
「……簡単に解決するような問題ではありませんし、何より簡単に解決して前を向かれては……いえ、何でありません。一通り紹介が済んだようですし、それぞれ持ち場に戻ってください」
グレータは言葉を濁して、使用人たちの指揮を執りつつ急ぎ足で侍女たちに紛れて去っていく。
紹介された三人の侍女たちは、新しいお屋敷での仕事に意気込んでいるらしく、経験豊富なグレータにすぐに話しかけている様子だ。
グレータには、今はスルーされてしまったけれど完全に決裂している状態よりはずっといいだろう。
そう考えてエミーリエが、背中を見つめていると、夕食の支度が終わるまでユリアンに別館の散策に誘われたのだった。
「この地域も、しばらくは雨が続いていたそうで、あの川が氾濫してしまったそうなんです。それで庭園が流されたり床が浸水したりと大変な目に遭ったようです。
ですからこうして王族を迎え入れるための別邸の準備にしばらく時間がかかったらしいです」
「そうだったんですか。最近はどこも大変なのですね。王族の方々が理由を特定しようとされているらしいですが、難しいのでしょうか」
ユリアンが指をさした、キラキラと太陽の光を反射して流れていく川をエミーリエはきれいだと思いながらも問いかけた。
すると彼は少し思案してから言う。
「どうでしょう。……これはあまり口外しないでくださいね。カルシア王国の方には実はあまり被害が出ていないんです。
ですから、アーグローデの被害といってもそれほどのものではないだろうと思っていたのですが、こちらに嫁いでいた姫が水難事故によって亡くなっているんです。
なので具体的に動き始めるかもしれません」
……王女殿下が……それはなんとも悲しい話ですね。
エミーリエも水害による、人々の苦しみをよく知っている。あまり覚えていないけれど実家でも似たような被害があったと聞いている。
それでも王女というとても稀有な血筋の人が亡くなっているとなると、深刻な気持ちになった。
「痛ましい話ですね。ですが、口外禁止ですよね、いったんは忘れておくことにします」
「ええ、そうしてください。行きましょうまだまだ回っていない場所がありますから」
「はい、ユリアン」
二人は庭園の中をぐるりと一周して、それから屋敷の中へと戻っていく。アウレールは静かにその後ろをついていくのであった。
200
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる