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11 小窓のステンドグラス
しおりを挟むベーメンブルク公爵家の別館は、カルシアの王族を迎え入れるためのものであると説明は受けているが、その説明にたがわずに、この屋敷には窓が多く、日当たりがいい。
カルシア王国はとても素晴らしいガラスを作る技術を有しており、平らで透き通ったガラスが必要な鏡も、国外に多く輸出するほどの名産品だ。
そんな場所からやってくるお姫様が穏やかに暮らせるように、窓ガラスがはめ込まれている大きな窓がたくさんあるのが特徴的だった。
そんな屋敷のとある部屋の小窓には、小さなユリの花のステンドグラスがはめ込まれていて、エミーリエはついその美しさに見とれてその場にとどまった。
「エミーリエ、なにか気になる物でもあったんですか?」
ユリアンがすぐ隣にやってきて視線の先を追う。
それから、納得した様子で言った。
「ああ、ガラス細工ですね。カルシア王国はガラスの名産ですから。それにしても私室にあるなんて結構な贅沢ではありますよね」
「……そうですね。これを独り占めするのは、少し欲張りが過ぎるかもしれません」
エミーリエは、この部屋で暮らしたであろうお姫様に少しだけ嫉妬してそんなふうに言った。
しかし、その嫉妬もすぐにきえる。
国を出て、まったく知らない場所にやってきて頼れる人もいないような状況で、ほんの些細なものでも祖国で見慣れたものがあるというのは心の支えになるだろう。
それを欲張りだなんて言ってしまったらあまりにも不憫ではないだろうか。
「欲張り……ですかたしかに欲張りはあまり好ましい事ではありませんが。たまにならいいのではないですか?
ここは女性用の部屋でしょうし、誰にも使われない部屋にしておくよりも、あなたがきれいに保っておけば次に使う人もこの部屋に決めたいと思うでしょう」
不意にユリアンにそういわれて、エミーリエは少し首を傾げた。
「あなたが使ったらいいですよ。気を使わなければいけない義母などいないのですし」
「……私が、ですか」
「はい。荷物の搬入は早い方がいいですから、さっそく運んでもらいましょう。アウレール」
「はい」
ユリアンの提案に頷く前に、アウレールは部屋の外で待機していた侍女たちに一言告げて、次々と荷物が運ばれてくる。
その様子にエミーリエは唖然としてしまって、なんと言ったらいいのかわからない。
自然と自分は屋敷の隅の方の角部屋で静かに暮らすものだと思っていたので、こんな女主人が使うような上等な部屋に住まうつもりなどないのだ。
「私は、一番利便性がいい部屋に決めていますから、搬入が終わるまで……見せたいものがあるんです。ついてきてくださいますか?」
ユリアンはそう言って振り返る。
……見せたいもの?
そういわれるとついていかないとも言えないし、自分はもっと端の方の小さな部屋でいいと主張するタイミングも逃してしまう。
それに、今ここでそのことを話し出しても、荷物を運んでくれている使用人たちの仕事も進まなくなる。
実際問題、彼は屋敷の一番利便性の良い場所に住んでいて、エミーリエは屋敷の端っこに住んでいるとなると、何か用事があった時に物理的に距離がある。
それが面倒だと言われてしまえばそれまでであり、効率的ではない。
結局そう言われることがわかっているのに、わざわざその会話をするのは、ユリアンを不快にさせるだけではないか。
……でも、身分差をつけずに、若い男女が一つ屋根の下で二人きりで生活する。
これがどういう事かわかっていますかユリアン。
けれどもそれを指摘してしまったら、もしかすると彼は、たちまちその考えを思い出して、そんなのはごめんだと思うかもしれない。
そうなったら寂しいと思うぐらいには、エミーリエはユリアンと少しだけ普通の友人よりも距離が近い気でいた。
「はい、どんなもの……ですか?」
なのでエミーリエはずるい事だと思いつつも、ユリアンの後姿を追いかける。
「それは到着してからのお楽しみです、エミーリエ」
表情をほころばせて言う彼に、エミーリエもつられるように少し相好を崩した。
到着した場所は家族で過ごすための談話室で、大きな暖炉とソファー、それからある程度の大きさの本棚があるくつろげる空間だった。
そして暖炉の上には既に飾ってある一枚の絵画があった。
ころっとした小さな子猫が数匹集まって戯れている絵で、落ち着いた雰囲気のこの部屋にとてもよくマッチしている。
それに猫の質感や描写がとても繊細で、まるで本当にこの場にいるみたいなのだ。
思わず撫でたくなるほど可愛らしい。
「すごく……とても、かわいい絵ですね。屋敷にあらかじめ用意されていたものなんですか?」
「いいえ、先日、届いたばかりの新品ですよ。出来るだけ早くエミーリエに見せたかったんです」
二人で子猫の絵を眺めながら言葉を交わす。
話をする時は、ユリアンの顔を見た方がいいとわかっているのだが、目が離せずにその絵画を見つめていた。
「あなたは猫が好きだとアウレールが言っていたので用意してみました。
もちろん本物の方が良いに決まっていると思いますけど……その、ペットは可愛いですが、可愛がりすぎてしまってお互いのコミュニケーション不足になる場合もあると思うんです。
飼う事を否定しているわけではないんですよ。ただ、その時にはよくよく話し合いをするべきだと思いますので、先ずは絵画で満足いただけないかと、考えたのです」
ユリアンの言っていることはもっともな事ばかりで、否定をするだけではなく話し合いの余地を持たせてとりあえずの妥協案を提出する。
それはとても、コミュニケーションとして大切なことだ。
彼の気遣いは素晴らしいし、エミーリエはこの絵だけで本当に満足だ。
猫は可愛らしいが、自分がそのすべての責任を負うのは難しいと思っているので、こんなふうに見ることができてうれしい。
ベーメンブルク公爵家の庭園にいる子猫は実は、屋敷に仕えている人々皆が可愛がっている猫の一家のようなのだ。
そんな幸せな猫たちのうちから一匹攫って自分がペットにするつもりなど毛頭ない。
可愛がらせてもらって、たまに毛並みを整えてやる程度がエミーリエに出来ることだろう。
「とてもうれしいです。ユリアン。ただ、動物は好きですが他のご婦人方のように抱き犬を飼ったりするつもりも、猫を飼うつもりもありません。
私は私の事情だけで今のところ精一杯なので。
それでも、こうして日常的に可愛い所だけを見ることができるなんて私は幸せ者ですね」
「大袈裟ですよ。お気に召したのなら、日替わりで差し替えられるよう商会に猫の絵画を買い集めるように依頼しておきます」
「……ふふっ、ユリアンは時折豪胆なところがありますね」
「そうでもないと思いますが……」
彼の言った言葉にエミーリエは少し笑ってしまう。
毎日差し替えるだけの精密な絵画を買うだけにいったいどれほどの金銭と労力が必要になるのか想像もつかない。
エミーリエを連れて行こうと決心してくれた時もそうだし、働いてしまえば後からなれるだろうといった時もそうだったが、仕事は細やかなのにぐっと物事を動かすことができる人なのだと思う。
エミーリエは婚約破棄をされてから、屋敷を飛び出すまでに相当な時間を必要とした。それにあのタイミングでなければずっとフォルスト伯爵家の屋敷にいただろうと思う。
決断をすることが出来ないエミーリエは、ユリアンの提案や行動に少し遅れを取ってついていくことが多いだろう。
だからきっと、今回の事もそうなのだろうか。
彼はとても賢く、多くの場合第二王子は補佐の為に育てられる。対局を見て、国王が独りよがりにならないようにストッパーのような役割を負っていることが多い。
けれども、国という単位で物事を見ているから、彼のやることが豪胆に見えることがあるのだろうとエミーリエは思っている。
そしてユリアンはとても常識的だ、つまり自覚もあると思う。
こうしてエミーリエを尊重していることは、屋敷の中の侍女たちや働き手たちからも本邸の方へと伝わるだろうし、使っている部屋の自分たちが気にするつもりがなくても他人からすれば意味を持つ。
はたから見ればユリアンはエミーリエをそういう扱いにしている。
そして、皆まで言わずともそうするとエミーリエに示している……と思う。多分。
……そういう事、でいいんですよね。ユリアン、あなたはとても賢い人だと思いますから。
エミーリエはそう納得して、一歩ユリアンの隣へと寄った。
この距離感の方がきちんとそう見えるだろう。
「それに、こうしてくださったあなたの気遣いがうれしいです。私からも何かプレゼントをさせて欲しいと思います」
「そんな、あなたの笑顔が見られただけで私は十分満足です」
とても当たり前のようにそう言うユリアンにエミーリエは、そんな言葉、初めて言われたと思う。
形だけの関係だとしても嬉しくて、そのあともいろいろな場所を見て回ったのだった。
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