どうせ去るなら爪痕を。

ぽんぽこ狸

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12 不思議の国の変な生き物

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 ロッテは、掛け布団をかぶってがたがたと震えていた。

 寒くもないのに手足が冷え切っていて、顔だって顔面蒼白だった。

 それもそのはず、ここ最近は食事をとることすらままならなくなっていた。

 エミーリエからこの領地の現状を教えられて、彼女の気持ちを知ってロッテはひどく傷ついた。

 悲しくて涙がたくさん出たし、何もかも信じられないような気持になった。しかしそうしてロッテが泣きわめいて慰めてもらっている間も、代わりに飢餓や怪我の苦しみにあえいでいる人たちがいる。

 そう思ったら、すぐにロッテの前からなかったことにされたあのボードの端のエミーリエからの手紙にあった言葉を思い出した。

 ロッテはどうするべきなのか、このフォルスト伯爵家はどこに向かっていけばいいのか、あまり詳細にではなかったけれど書いてあったのだ。

 それにエミーリエは、別れるときにロッテにアドバイスを残していった。

『どうか正しい選択をしてください』

 それがエミーリエがロッテに残したアドバイス、ロッテは選ばなければならない、家族のみんなと一緒に頑張っていかなければならない。それはわかった。

 けれども、その希望はあっけなく打ち砕かれた。

 ロッテが彼らに嘘をついていたこと、こんなに領地の皆が酷い生活をしていること、エミーリエの正しい状況、そう言う事を知った限りで口にして、家族との話し合いの場でこれからどうするのかと問いかけた。

 すると返ってきた返事はこうだった。

『そんなこと全部、あの性悪で嫉妬深いエミーリエが考えたデタラメだ。ロッテは何も気にする必要なんかないんだ』
『そうだロッテ! あんなことがあったんだから気が滅入ったんだな! 王都から話題の楽団を呼んで演奏会を催すなんてどうだ? 友人たちも喜ぶだろ?』

 父と兄はまるで、小さな子供をあやすみたいにそう提案して、いつものように、ロッテがやったぁ! と喜ぶと勘違いしている様子だった。

 これでも十歳を超えて、友人たちから色々な話を聞いてたくさんの物事がわかるようになってきた歳なのだ。そんな言葉ではごまかされたりしない。

 最初は頬を膨らめて怒って、違うでしょ! っと彼らを𠮟りつけるような態度でいたのだが次第に彼らにまったく話が通じていないことが分かった。

 嘘をついていたとも認めないし、そもそも嘘をついていないなんて思っていない様子だった。それにエミーリエは自意識過剰な妙な女だったといい始めるし、しまいには水害なんてなかったんだとまで言ってきた。

 それになんだかロッテは兄と父が得体のしれない変な生き物に見えてきた。

 話が通じなくて、どこかおかしくてロッテの事をあやして愛し続ける変な生き物。

 たまらなくなって対話をやめると、次々にゴキゲン伺いのプレゼントが贈られてくるようになった。

 それからまた数日して、今度は屋敷の塀の外まで、領民が押し寄せるようになった。

 そのころから、なんだか使用人たちがよそよそしくなって、屋敷のそこかしこで手入れの行き届いていない様子を見ることになった。

 伸び始めた庭木、汚れたままのカーペット、埃がたまっている窓枠。

 日常が少しずつ変化していって、ロッテはどこかの不思議の国にでも迷い込んでしまっているような心地だった。

 少しずつ日常が、異空間に変わっているみたいで、兄と父は変な生き物になってしまった。

 それがたまらなく恐ろしくなって、部屋に引きこもるようになった。

 すると突然、窓ガラスが割れて怒号が響く。

 塀の外にいる領民が騒いでいる様子だった。

 投げ入れられたものを見てみると、紙にくるまれているこぶし大の石であり、震える手でその紙をはがしてみた。

 紙には汚い字でびっしりと罵り文句が書かれている。

 それから部屋の窓を布で覆って、ずっとロッテは布団をかぶって動けなくなっていた。

 どうすればいいのかわからないのにずっと、何かしなければという焦りに襲われていて、時折涙が出て、小さく呻くように涙をこぼした。

 悲しくて怖くてどうにかなってしまいそうで食事も喉を通らない。

「……ロッテお嬢様、少しでもお食事をとられませんとエトヴィン様やご当主様に心配されてしまいますよ」

 とても心配した様子で、ロッテのお付きの侍女であるアンネリーゼが優しく声をかけた。

 その言葉はロッテに届いてはいるのだが、どうしてもそんな気になれなくて首を横に振った。

「……そうですか。……では、こんなものはどうですか? 実はこっそり屋敷の厨房を借りて作ってきたんです。ロッテお嬢様は甘いものがお好きですから。 

 食事が喉を通らなくとも、これなら少しだけでも口にできるかと思いまして」

 そう言って「他の人には内緒ですよ」と人差し指を口の前を立てるアンネリーゼ。

 彼女の瞳はロッテにほんの少しだけでも食べ物を口にしてほしいと望んでいる様子で、気はすすまなかったけれど彼女の気持ちに応えたくて、不格好なクッキーを口にした。
 
 高級で誰かを苦しめて作られているお金ばかりかかっている父や兄からのプレゼントのお菓子より、こちらの方がずっと優しい味で美味しくて、胃の中にすとんと納まる。

「ご当主様もエトヴィン様も、ロッテお嬢様の事を思うならやるべきことはほかに沢山あると思いますのに、相変わらずのご様子……エミーリエ様がいなくなった今、一体どうしたらいいのでしょうか……」

 ロッテの言葉を代弁したようにアンネリーゼがそう口にして、ロッテは少し頷いた。

 とても、自分に何かできるような状態ではないと思うけれど、今はただこうして本当の意味で自分を思いやってくれる人がいるというだけで、ロッテは少し救われたのだった。



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