26 / 59
25 ジークリット王妃 その一
しおりを挟むエミーリエは話し合いが決裂したので、勝手にユリアンの荷物が運び出されないようにユリアンの部屋の前に侍女のアメリーとともに立っていた。
深夜の時間に勝手に持っていかれたら、それはもう対処できないが、せめて夜が更けるまでの間、彼らの要求をのまないでいてくれたフランクの恩に報いるためにも出来ることをやろうと思っていたのだった。
しかし、この屋敷の主を代行できる権力を持っているフランクが否といったのだ。
さすがに誰も来ないだろうとエミーリエは思っていた。
けれども、日が暮れてこの別邸の客間で休んでいくことになった二人のうち、夕食が終わったタイミングでジークリット王妃がユリアンの部屋の前にやってきた。
……まさか本当に勝手に、荷物を運び出しに?
エミーリエは身構えているが彼女のそばには、グレータがいる。ひっそりとではなく案内してもらってここに来たらしい。
「……あなたがエミーリエだったのですね」
彼女は落ち着いた様子でそういった。年齢的にはとても離れていて、ジークリット王妃はエミーリエの親世代と同じ歳のはずだ。
しかし、目立っているフリッツ王太子の隣にいてあまり深くは考えていなかったが、改めて彼女だけそこにいると、とても若々しく見える。
とても子供を二人持っている激務の王妃には見えなかった。
そんな彼女の問いかけに、エミーリエはつい見惚れてしまってしばらく間を置いてからハッとして言葉を返した。
「はい。その通りですが、なにか御用でしょうか、ジークリット王妃殿下」
それに、驚いている場合ではない。彼女は何故エミーリエの名前を知っていてここまで来たのか。まさかとは思うがエミーリエに用事があるなんてことがあるだろうか。
よくわからずに窺うような視線を向けると、ジークリット王妃はやはり冷静な口調で、エミーリエに切り出した。
「少し話をしたいのです。けれどなにやら警戒している様子ですからここから離れたくはないのでしょうね。立ち話で構いません少し、人柄が気になっていたんです」
「は、はい……」
彼女と話をするならこんなに気軽に言葉を交わすのは憚られることだが、彼女自身も、エミーリエの様子に自分たちが警戒されているという事を察して、用件を話し出した。
その後ろに控えている騎士たちが鋭い視線を向けているので、そんなことは悪いからすぐに場を整えると言えと思われているらしい。
しかし、突然ユリアンの了解もなく荷物を持っていこうとするような人たちなのだ。
彼らはここで荷物を受け取って王都に向かい、彼がここに残るといった時に、そうはいってももう戻る場所はないという予定だったに違いない。
そんなことを身内にする人間など、まったくもって信用ならないのは当たり前のことだ。エミーリエはここを離れるつもりはない。
……それにしても、どうしてジークリット王妃殿下は私に興味を……。
話をするしないの以前に、何故エミーリエは彼女が自分を知っているのかそれ自体が謎だった。
「あの子の事ですから、もっと気の強い女性に惹かれるものだとわたくしはてっきり思っていたのですが、違ったのですね。
あなたからは少しも人をひきつけたり引っ張っていくような力を感じません」
……惹かれたって……なるほどそう言う事ですか。
けれど次に言われた彼女の言葉に、エミーリエは納得した。たしかにこの屋敷でエミーリエとユリアンはいうなれば恋仲のような関係性に見られるような生活をしている。
将来を誓い合った仲とも言い換えられるのだろうか、いつか事情が落ち着いたら正式に結ばれようと思っているような関係性に見える暮らしぶりだ。
それはもちろん、ベーメンブルク公爵にも伝わっているし、この屋敷に雇われている使用人の中に、カルシア王族にゆかりのある人がいるだろう。
その人たちが、こちらでのユリアンの生活をカルシア王族に報告していてもまったく不思議ではない。
それは諜報活動とも似たような行為ではあるが、国を出た王族の生活の保障のためにも必要な仕事だとエミーリエは思う。
そのような人々がエミーリエの事を彼の家族に伝えることはままありえる事態だ。
「……けれど、ベーメンブルク公爵子息と話をしているとき、あなたがエミーリエなのだとわたくしはすぐにわかりました。
今にも間に割って入ってきそうな気概を感じましたから」
彼女は美しく長い金髪を少し避けて小さく首を傾けた。
あの時はエミーリエも我がごとのように気持ちを揺らしていたから無理もない。
報告を受けていたなら、ユリアンの荷物の運び出しに、一番忌避感をしめす人間がエミーリエだと気が付くのも納得がいく。
「それほど顔に出ていましたか。大変失礼いたしました、ジークリット王妃殿下」
しかしそれについて何と言うのが正解かは、エミーリエの中ではよくわからない。
ジークリット王妃がどういうふうに思ってエミーリエに話しかけてきているのかもわからないし、笑みを浮かべるわけでも怒っているというわけでもない彼女は真顔で感情が読み取れない。
「いいえ。……わたくしは少し不思議だっただけです。もちろんユリアンが惹かれたような人ならばあの場に乱入してフリッツと喧嘩でも始めるかもしれないと思っていましたから。
静かに、感情を燃やしているあなたを見て、エミーリエがあなたのような人物で意外に思いました」
彼女は真顔でそう言うが、そういわれるとなんだか少し面白い。
(あれ、ユリアンとよい仲の恋人が乱入してこないぞ?)とあの殺伐とした話し合いの中で疑問に思っていたとするならば、少しばかり彼女は変わっている。
しかし、なぜそんなふうだとエミーリエの事を決めつけていたのだろう。
そんなふうな人間だと判断されるようなエピソードなどこの屋敷に来てからあっただろうか。
203
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる