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しおりを挟むアンネは過去に思いをはせるのをやめてぱちりと目を覚ました。自分の周りには温かい子供の体温がたくさんあって、皆で身を寄せ合って眠っていたことを思い出した。
自分は眠っているような、思いだしているだけのようなそんな時間を過ごしていたが、どうにも今は目が冴えてしまってアンネはこれ以上横になっていることは苦痛だった。
なので子供たちがよく眠っていることを確認しつつ、大きな埃っぽいベッドからゆっくりと移動して降りる。
いくら子供と言えど十人で眠るのはどう考えても多すぎる。
はみ出している子が落ちないように自分のいた場所に移動して、彼らに布団代わりのタオルをかけてそれからそっと寝室を出た。
この場所は人質とはいえ、一応は子供たちの尊厳を尊重するために用意された場所らしく、二人で一つの部屋を使える程度には部屋数があり、ダイニングと浴室それから談話室程度は備えられている。
しかしながら家具も質素で掃除も行き届いているようには思えない。
それにすべての窓には丁寧に鉄格子が付けられており、子供たちはこの様相をみてとても恐怖を感じている様子だった。
……どうせ子供の足ではルシュトラ王国までは戻れないのですから、こんなふうにしなくてもいいのに……。
苦い気持ちになってアンネは窓から視線を外して廊下を歩く。
眠って起きたところだったからか、灯りがなくとも夜の屋敷を歩くことができた。
こんなふうに囚われの身なのだと嫌でも理解させられるような場所のせいで、子供たちは頼れる大人であるアンネから離れようとせずに、ああして狭い中で眠ることになった。
彼らを少しでも安心させてあげたいという気持ちはあっても、こんな自分に何ができるのかという気持ちがもたげてくる。
エントランスの窓から少し顔を出して外を見てみれば案の定、見張りの騎士が張り付いていて、彼らは退屈そうに何か会話をしている様子だった。
……できないとは思ってましたが逃げ出す手立てはなさそうですね。
考えつつも髪紐で軽くいつものように高い位置で赤毛をくくった。
せめて彼らの会話から何か情報が得られないかと耳を澄ませて、外の塀の方に立っているので、ここからでは何も聞こえない。
静かにしているとどうしても、考え事がはかどってアンネはこれからの事を考えた。
きっちりと賠償金が支払われ、ルシュトラ王国が誠意を見せればその対応によってアンネたちも解放されたり、待遇の改善をされる場合がある。
しかし、逆に言えばルシュトラ王国が誠意を欠いた対応をしたり……例えばオルニア帝国に攻撃を仕掛けたりしたら……。
考えるだけで体が震えて、恐ろしい。
ここまでくる間にはこんなふうになったりはしなかったのに、一人になって考えてみると、今この場にこうしている自分は危険な状況で、戦争という名の大きな波に呑みこまれている。
波にもまれて安全な場所まで逃げられるかどうかは運しだいだ。
アンネの手でできることはない。現にアンネは魔力封じの枷をはめられている状態でこの窓の鉄格子を外すことはできない。
父も母も家族は誰もそばにいない、アンネを守ってくれるものなどどこにもない。心細いとあんなに非情な家族もこいしく思うのは不思議なことだ。
震える手を抑えていると外の見張りの騎士の元に一人の男がやってきたところが見えた。
騎士たちはすぐに彼に頭を下げた。その様子からして現在地である、オルニア帝国、エーレンベルク辺境伯領の領主一族ではないかと推察できる。
別の貴族が人質を一目見たいとやってきた、もしくは王族が確認の為にという可能性もあるが、こんな日も暮れた時間にというのはおかしいだろう。
なのでこの場所に元からいるエーレンベルクの貴族なのは確かなはずだ。若い男性のようなので辺境伯子息だろうか。
……彼の名前は知らないけれど、この土地はルシュトラ王国が支援していた賊の被害が一番多かった国境の土地……思う所があって昼のうちにはできない事をしに来た……なんてことはないでしょうか。
嫌な想像をしているうちに、彼は騎士たちに何やら酒瓶を渡した様子でこの屋敷に近づいてくる。
何をされても文句を言えないし、何をされるかもわからない。
逃げて隠れるべきだと咄嗟に最善案が出た。
アンネは元から自分はこういう性質の人間だと知っている。できるならば逃げ隠れる。できないならば耐え忍ぶ。臆病で、諦めが良くて、受け入れることが得意。
気が弱いのは欠点だと知っていつつも、治せない。
そういう人間だとアンネは自分の事を思っているのだ。
「!……なんだお前、脱走する気か?」
しかし、扉があいたときにはアンネは彼の行く先に立ちふさがるようにしてエントランスに立っていた。
その行動は理にかなっていないと理解していた。けれど、アンネの人生はあの時から急激に変化している。
ただ屋敷の中で忙殺されていたあの時から、アンネは小さな子たちに頼られて、恐ろしくともなんだか温かいと思ってしまっていた。
たしかに不安で守ってくれる人はいないけれど、守ってあげたい人が出来たアンネは、夢中になって言葉を紡いだ。
「こんな夜更けに何の用事でしょうか。皆眠っています」
「……」
「それとも私で対応可能な案件でしょうか」
声は不思議と震えなかった。この特殊な状況にアンネは普段とは違って強気な自分になれていた。
それはどこか現実味がなくて、さっきほどの手が震えていた時が正しい自分らしい姿だと思うが、必要に駆られて人間は変わるものだ。
アンネが睨みつけてそういうと彼は、この屋敷の扉の鍵をチャラチャラと指で弄んで、それから口をへの字に曲げて眉間にしわを寄せた。
「……人質は子供だって聞いてたんだがな。お前いくつだ?」
「成人はしていません」
「だから子供かって言われたら、子供ではないだろ」
当たり前のように言う彼に、それはそうだが、だから何だとアンネは思った。
そしてそのまま彼は考えている素振りを見せて、うかつなことを言ってもなんなのでアンネは静かに彼を見据えていた。
歳はアンネより少し上ぐらいだろう。それにしてもいけ好かないカンジだ。ニコリともしないし名乗りもしない。
もちろん丁寧に名乗られたからと言って信用するわけではないのだが、それにしてもお互いに貴族として立場というものがあるのだから……。
そう考えてからはたと自分の状況を思い出して、あくまでアンネだからこんなふうに感じが悪いのかと考えた。
「……しかし……何と言うか。はぁ、せっかく略奪者どもの子供が悲壮感たっぷりに泣いてるかもしれないと思って見物に来たのに。随分静まり返って、つまらない」
……つ、つまらないですって?
彼は心の底からの適当な呟きのようにそう言って、それからアンネの事を気にせずに興味が失せたとばかりに身を翻して出ていこうとする。
それにその言葉にアンネはかっと血が上って、彼のランプを持っている方の腕をつかんだ。
「待ってください。それは、無実の子供をあざ笑いに来たという事ですか?」
「っ、離せ」
「そんなことをして、あなたの何が満たされるというのですか。それに、私たちは何も孤児になったわけではありません、帰る国があり、帰りを心待ちにしている家族がいます」
「……だとしてもここではなすすべもない、お前らに施しを与えようなんて人間はいないだろ」
「そうですが、私たちに危害を加えれば、オルニア帝国は示しがつかないはずです。まだ何も起こっていないこの状況では私たちは尊重されてしかるべきではありませんか」
彼に言っても仕方ないかもしれないが、素性のしれない彼は辺境伯子息の可能性がある。もしかすると、今後のアンネたちの待遇に関わる可能性がある。
であれば正しく物事を認識してくれなければ困るのだ。
まだ救いはある、そのはずだ。
「生意気な奴だな。離せと言っている」
彼はアンネの手を振り払うようにして振り返った。その表情は苛立っている様子で、気が引けるような気もするけれど、一歩も引くことなくアンネは彼を見つめたまま言った。
「あなたが何者か私は知りません。ですが、あなた方の略奪者への恨みが私たちに向いて当然なのだとしても、私は子供たちに罪があるとは思えません。それに子供が悲しんでいるのを見て楽しむような人間は軽蔑します」
「はぁ?」
「私はあなたのような人を認めないと言っているんです。ですから、子供たちに用事があってもまずは私を通してください。私はアンネと申します」
「……なんだそれ。腹立つな」
わざと強い言葉を使ったのは、彼の注意を自分に向けるためだった。
こんな人が子供たちに接触しては何をされるかわからない。
キチンと考えたうえでの行動ではなかったが、いざとなったら、子供たちだけでも助かればいいという気持ちがないわけでもなかった。
「俺は別に…………まぁいい。気の強い女は嫌いじゃない。覚えたからな。アンネ」
彼は鋭くアンネの事を見つめて、不敵に笑みを浮かべて去っていく。
そのランタンに照らされた顔はやっぱりとても意地悪そうで、身の毛がよだつ。
人質として連れてこられた子供を笑いに来たなど、きっととんでもないサディストに違いがない。きっとカルステンよりよっぽど悪い男だろう。
そんな彼に目をつけられて、どうなるのか。心配になりつつも、去っていく背中を眺めていれば寝室の方から泣き声が聞こえてくる。
子供たちが起きてしまったのかもしれない。
すぐに思考を切り替えてアンネはぱたぱたと歩いて寝室へと戻ったのだった。
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