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しおりを挟むアンネはあまり意味がないとわかっていつつもクラウスと書面を交わした。
子供たちが送り出された先で不遇な扱いを受けている場合には必ずエーレンベルク辺境伯家が介入すること。
それから、定期的な安否確認など必要な最低限行って欲しい事を纏めて、これが守れるならば子供たちを養子に出すこともやぶさかではないと上から言い放った。
その態度にクラウスはこれまたイラついた様子だったが、内容を見て承諾し、養子入りする先の貴族の情報とすり合わせて、社交的な子たちから次々に檻のようなこの館から一人、また一人と子供たちは魔力封じの枷を外されて出ていった。
「みんな元気にやってるかな?」
ロミルダは窓の外を見ながら、ぽつりとそうつぶやいた。
それにアンネは優しい声で、笑みを浮かべて返した。
「大丈夫です。心配いりませんよ」
「嘘! 嘘よ! もうとっくに皆死んでますわ!」
「マルレーネ。どうしてそう思うの?」
「昨日の夜、夢で見たんですの! 皆、騎士様に切られて死んでるんですの!」
マルレーネは極端にマイナス思考なところがあるし、こういう事も多い。彼女が泣き出したのを気にせずに、アンネは手招きして自分の膝の上に乗せた。
それから、遅れていた食事を再開する。
子供たちは皆意外と食事をとるのが早く、残っていた三人はアンネの食事が終わるのをダイニングで律儀に待っていた。
そしてマルレーネはいつもの通りに泣き出して、ロミルダはそれを見て悲しそうな顔をする。
「ぅぅ、っひ。……誰も、わたくしたちを助けてなんて下さりませんわ!」
「そんなことありません。マルレーネ、あなたの養子入り先ももうすぐ迎えに来ます」
「嘘ですのぉ!」
「……」
マルレーネはぐずりながらアンネの胸元に顔をこすりつけた。
背中を軽く叩きながらアンネはパンを口に運ぶけれど、なんだかとてもパサついているような気がして、うまく咀嚼できない。
心細くなったのか、ロミルダもそばによりアンネのドレスの裾を握った。
……最近、あまり食欲を感じなくなったような気がしていましたけれど、それどころか食事をするのもなんだか億劫ですね。
自分の体調の変化にアンネはぼんやりとそんな感想を覚えた。
ここに来るときに持ってきた私服のいくつかは、腹回りの寸法が合わなくなってきている。
この歳になって急激にやせるようなこともそうないとは思うが、この状況だ、おかしくもない。
「……アンネ様、どうして私たちは、帰れないのですか」
ロミルダと同じように鉄格子のついている窓の外を眺めていた、ディーターがアンネにそう静かに問いかけてきた。
「私は、養子に入ることよりも、ルシュトラに帰りたいです」
「そうですね。そうすることが出来たら一番よかったのですが……」
彼らは、ルシュトラ王国の王族が亡命し、戦争を仕掛けすでに敗戦済みであることを知らない。
この状況で戻ること、それはすなわち、戦後の混乱に身を投じることに他ならない。
どのように争いが起こったのか知らないアンネたちは、戻る間にも様々な危険にさらされるだろう。
だからこそ無事に帰りつくためには、オルニア帝国の騎士の協力が必要になってくる。
そしてその騎士に囲まれて帰ってきた一度捨てられたアンネたちは歓迎されるのか。
むしろ賠償金を請求されて小さな国の国庫がそこを突き、国全体が困窮するというときに、すぐに働き手となれない子供が戻ってきたときにどうなるのか。
それは想像に容易い事だろう。
物理的に帰れるかも怪しく、さらには戻った時の状況も出た時よりよっぽど悪いとなったら、帰るという選択肢はとるべきではないと思う。
それでも帰り祖国の敵国オルニア帝国を打ち倒すために闘志を燃やす、と言うのが人の上に立つ貴族の務めと考える崇高な人間もいるだろうが、アンネは生憎、ルシュトラ王国があまり好きではない。
「たしかに人質として送られる前のルシュトラに帰ることが出来たら一番でした。けれど状況は常に移り変わっています。物理的にもここからあなた達を連れて緊張状態の国境を通って帰ることはできません」
「……そう、ですよね。わかってるんです」
「でもいつか、自分の足でルシュトラに帰れるほどに健康で立派な大人になれば故郷の地を踏むことができるはずです。どんな状況でもやれることというのはあるものです」
アンネは自分で言っていてどの口がそんなことをいうのかと自虐的に笑いたくなった。
だってそうだろう。あんなふうに死んだような日々を過ごしていたアンネはそんなふうに思っていなかった。
けれどもそう子供たちには思って欲しい、信じてほしいと思って口にしている。
「希望を捨てずにいましょう。ディーター、私たちは決して何もかも駄目になったわけではないんです」
「……はい」
ディーターの返答はあまり納得している様子ではなかったが、それでも不条理を呑み込んで返事をした。
それから残りの彼ら三人が養子に行くまでの間アンネたちは静かに過ごしたのだった。
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