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しおりを挟む最後にマルレーネが屋敷を出てから、アンネは糸が切れた操り人形ようにばたりと倒れて意識を失った。
何か自分の体がまずそうだとは思っていたが、限界だったことにはアンネは気が付いておらず、もうこのまま誰にも気づかれずに死んでいくのかと悲しくなったのだった。
しかし目を覚ますと幾分体調がよくなっていて、アンネはぼんやりとしながらふかふかとしたベッドから体を起こした。
人質の屋敷とは違って、それなりに豪勢な部屋にうつされていて窓の外には鉄格子はついていない。
それどころか窓が開いていて、心地の良い風が日差しと一緒に差し込んでいた。
……私、死んだのでしょうか……。
はたとそんなふうに考えたが、部屋に入ってきた侍女が大慌てで外に出ていく。それから立ち代わり色々な人がやってきて、安静にするように医者に言われ、最終的にはクラウスが顔を出して、ベッドのそばにどっかりと座ったのだった。
「で? 結局、自己犠牲か?」
「……」
「つまんねえなぁ、おい」
明らかに嫌悪感を抱いているような表情で、クラウスはアンネの事を見つめていた。
しかし、アンネは静かに俯いた。そういえばやっと子供たちを全員送り出して、それから倒れたのだったと思いだす。
それに自己犠牲のつもりはない。クラウスにつまらないなどと言われる筋合いも。
「子供は救って自分はどうなってもいいなんて間抜けの考えることだろ。せめて何か策を巡らせて来ると思ってたが飛んだ期待はずれだったな」
「……はい」
「……? いいのか、俺次第では処刑だぞって言ってあっただろ。お前死にたいのか」
「……」
この状況を作り出した本人のくせによく言う。
自己犠牲なんて良い事ではないというのはアンネだって知っているし、アンネはたしかに考えていた策も言葉もあったのだ。
しかし、子供たちとルシュトラを旅立った時とは違ってアンネは、やり終えたという気持ちでぱちりとスイッチが押されたかのように、元の自分に戻っていた。
「……」
「なんだ? 体調が悪いのか? 随分無気力だな、アンネ」
「……」
「せめてこちらを向け」
命令口調で言われて、顎を救われてアンネは落ちてきた髪の隙間からクラウスの事を見つめた。
言いたいことは沢山ある、しかしどうにもその気が起きない。処刑すると言われたら納得してしまいそうな虚無感だった。
そしてその虚無感を感じるとともに、今までアンネを突き動かしてきたものの正体がわかった。それは強烈な使命感だ。使命感があってやっとアンネは抗う事を選べるようになった。
……むしろ、私はそうでもなければ一歩だって踏み出せないただの小心者なんです。
心の中で呟いて、驚いた顔をしているクラウスからも視線を逸らした。
「まるで別人だな。悪魔と契約して魂でも抜かれたのか?」
彼の妙なたとえに、アンネは少しだけ心の中で少し笑ったが真剣に聞いている様子だったので一応首を振って意思表示をした。
「ではなぜ、そんなにしおらしい。もう、生きることをあきらめたからか?」
「……」
「なんとか言え、俺は退屈させられるのが一番嫌いだ」
クラウスはアンネの両頬を片手で掴むように無理やり持って、それからじっとアンネをにらみつけた。
聞かれたからにはアンネは惰性で答えた。
「……今までの私は、守るべき子供たちがいて使命感を覚えて動いていましたが、今はもう、ただ、虚無感でいっぱいになってしまいまして、その……私は元からこういう性分です」
「はぁ?」
「……」
「なんだそれ。使命感がないと動けないだと?」
確認するように問いかけられて、アンネはゆっくり頷いた。
するとクラウスは、これまた軽快に笑ってアンネの事をぱっと離し、軽やかな声で言ったのだった。
「そんなもん自分自身を守ってやるためにいくらでも湧いて出るもんだろ。このままだと処刑するぞって俺が言ってるんだからなんとかするべきだろ」
彼は当たり前のことを言っているつもりらしく、可笑しそうに笑っている。
でもそんなふうには思えない、アンネは強くないし、何もできないし、取り柄もない。
「それに、お前が死んだら駄目だろ。間抜けすぎる」
「……」
「生きようとするべきだ。それがお前の責任だろ」
しかしアンネの言葉をクラウスは端から否定してくる。たしかに生まれてきたからには自分を大切にするべきだとは思うが、気力がわかないのだ。
もうずっと前から疲れ切っているような気がしてならない。
「……それはあなたの主観で、感想です。私の事は私の考えで決める権利があると思うのです」
「何言ってんだ。無いぞ」
「……?」
「だってアンネ。お前、あんなに子供を守ったくせに、お前勝手に死んで、子供はどうなるんだ」
クラウスはさも常識かのようにそう口にしたのだった。
「誰があいつらの安否を確認してやるんだよ。ここで死ぬな。無責任だろ。それに、子供にも懐かれてたんだろ、お前は何人もの人間の支えになるような良いやつのくせに、そいつを見捨てるのか」
「……」
「そいつを助けてやることに使命感を働かせてやらないのか? 残酷な奴だな」
……残酷、ですか。
言われてみるとたしかにその通りで、アンネはどうしようもない人生を送るはずだったどうしようもないただの令嬢だったけれども、とても頑張った。
アンネは……自分は幸福に生きるに値する人間ではないだろうか。
考えるとふと涙が出てきて、ずっとそう自分を想いたかったような気がする。そういうふうに自分を思えると心がぽかぽかしてくる。
冷え切って動けなくなっていた体も、思考も、言葉も解けてアンネはやっとベッドから乗り出してクラウスの腕を強くつかんだ。
「っ、死にたくないので、私を貰ってくれませんか!」
クラウスは突然の事に驚いたのか、身を引いて目を見開いた。
「考えたんです。一人は必ずこの場所に残ることになる。あなたはまるでこうしてここに人質として大切にされなかった私たちの中から、さらに一番選ばれなかった人間を作ろうとしてるのだと」
彼にどんな意図があるのかはわからないが、全員適当に野に放つようなこともできたのだ。
殺すような労力すらかけたくないのならば、適当に魔力封じの枷をつけたまま、放逐してもいい。女子供ならばすぐに行方知れずになるだろう。
それが一番楽なアンネたち人質の処理方法だ。
人質がいてもルシュトラは攻撃に出た。その攻撃を押さえるための能力すらないアンネたちはまったくの無価値と言ってもいい。
けれど、彼は泣いている子供を見て楽しむような鬼畜であるので、無価値で捨てられたアンネたちの中から、さらに無価値な人間を決めさせる醜い争いが見たかったのだと思う。
いかにも意地の悪い人間が好きそうなことだ。だからこそアンネは選ばれない人間を作るのではなく、アンネが皆が幸せになることを選んだのだ。
彼らは選ばれた、だから少しでも良い道に進んだ。
「選ばれなかった私たちのうちの誰かが絶望して、誰もがそうなりたくないと望んで争うのが見たかったんでしょう?」
「……」
「ですがそう思い通りになんてなりません。けれども自己犠牲なんかでもありません。ただ助かってほしいと望む相手が居たというだけです」
クラウスはキョトンとしていた。まるでまったく予想していなかった言葉のような反応だが騙されたりはしない。
「それに、私には彼らと違う利用価値があります」
「は?」
「処刑しないでくださいませんか、それだけで私はあなたに尽くします。妾で構いません、娶ってください」
言いながらアンネはベッドに立膝をついてクラウスの体に体重をかける。
彼の座っていた椅子には背もたれはなく必然的にバランスをくずしクラウスは後ろに倒れこんだ。
鈍い音がして背中を打ち付けた様子で、アンネは押し倒し馬乗りになるような形でクラウスを見下ろした。
「クラウス様は私たちのような後のない人間をいじめて楽しむサディストなんでしょう?
ですがあなたの行動で私はなにも困っていませんし、さらに子供たちも皆養子に入れてとても助かっています。このまま私を処刑していいんですか? 負けっぱなしで男のプライドは台無しになりませんか?」
「っ、どけ」
「どきません。私に価値を見出してくださるまでどきません」
「こんなことして、ただじゃ済まさないぞ」
「構いません、それでもあなたが、私に価値を見出してくれるならば」
「はぁ……わかった。いいから離れろ」
睨みつけるとクラウスは案外簡単に折れて、それから自分の上からどいたアンネに言った。
「それにしてもお前、俺の事、勘違いしすぎだろ」
「していません」
「いつ俺がそんな血も涙もない鬼畜野郎だと思ったんだ?」
「出会ってからすぐにです」
「はぁ?!」
「いいですよ。今更、嘘をつかなくても、あなたの本性は十二分にわかっていますから」
「待て待て、決めつけるな」
「人には欠点の一つや二つあるものです」
「話を聞け!」
「はい。ちゃんと聞いていますし、あなたの事をわかっていますからね」
アンネがそういうとクラウスはイライラした様子で険しい顔をしてアンネを見つめていたが、そんなことは意に介さずとにかくアンネは死なずに済みそうだと思ったのだった。
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