透明令嬢、自由を謳歌する。

ぽんぽこ狸

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15 香水

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 ラウラは、幼いころ体が弱く、特定のものに反応して体が痒くなったりくしゃみが止まらなくなるという症状に悩まされていた。

 そんな症状が出てしまったら、気味悪がられるし、何よりうつっては困ると苦情を言われてしまう。
 
 だからこそあまり子供たちの集まるパーティーに連れて行ってもらえない状況にあった。

 その特定の元というのが化粧品や香水の類だったのでそのことも母であるヘルミーネが困り果てる理由だった。

 ただでさえヘルミーネと同じ目や髪の色をしているラウラは地味で、着飾らなければ神聖なディースブルク伯爵家の娘に相応しく見えない。

 それなのに口紅を塗っても香水を振っても、痒いと泣いてくしゃみが止まらなくなるような子供、可愛いとは思えなかったのだろうと今なら思う。

 それに、父アルノルトには、その疾患を見せないようにと言われていて、ラウラは日常生活でも、それらに触れないように気を付けて生活していた。

 しかしある日の事、アルノルトは娘たち三人に高価なお花から直接抽出された花精油を使った香水を買ってきてくれた。

 三人で話し合って自分の好きな香りのものを選ぶように言われたのだ。

 ヴァネッサとリーゼはとても嬉しそうに父の元へといき、ハグをしたり、キスをして香水を自分の肌に吹き付けて選んでいる。

 嬉しそうな彼女たちとは対照的にラウラだけはその場から動くことが出来なかった。

「どうしたんだ。ラウラ、お前もぼうっとしていないでこちらにこい。女なのだから、こう言ったものに興味を持って流行に乗らなければ行き遅れになるぞ」
「あ……うん」

 言われてラウラも一歩踏み出した。

 もしかしたら今日は大丈夫かもしれない。

 そんな淡い希望があってラウラはソファーからぴょんと降りてテーブルの向こうにいる彼らのそばへと向かおうとした。

 しかし、そんなラウラに母は鬼のような形相をしてラウラを睨んでいた。

 ……行ってはダメという事?

 ヘルミーネの目線で、ラウラはすぐにそのことを理解した。

 大丈夫かもしれないなんて気持ちはラウラのただの希望的観測だ。いつも見たいにくしゃみが出てしまうことは想像に容易い。

「なんで来ないのお姉さま! お姉さまっていつもそう! 何考えてるのかわかんないですわ!」
「お父さま、私この香りがいいです、とても優しくて甘い香り」
「あ、ずるい! わたくしだってそれがいいですの! お姉さまばっかりずるい!」

 小さなリーゼはヴァネッサの手にしていた香水の瓶に手を伸ばしぐいぐいと引っ張る。

 その様子を見ながらもラウラはどうするべきかわからずにただ視線を泳がせて、自分のドレスの裾を握った。

「あなた達、喧嘩しないの。ヴァネッサはお姉さまなんだからリーゼに譲ってあげなさい」
「でも……」
「いいから譲ってあげなさい」
「……はい」

 ヘルミーネは二人のいさかいを収めて、いつも通りにヴァネッサが我慢を強いられるような形で決着がつく。

 しかし、アルノルトはそんなやり取りよりも、こんなに幼いくせに自分に逆らった可愛くない子供が憎たらしく見えてしょうがなかった。

 子供のくせに、女のくせに、せっかく土産物を買って来てやったのに。その態度を許すことなど到底できずにアルノルトはテーブルを思い切り拳で叩きつけた。

 ガシャンと音がしてローテーブルに飾られていた花瓶が倒れた。

「ラウラ!! お前、どうして素直に言う事を聞くことができないんだ! せっかく私がお前たちの為にわざわざ買って来てやったというのに!」
「ア、アルノルト様、どうかそう怒らないで」

 怒鳴り声が響いて、ラウラは恐ろしさから体が硬直してしまって動かなかった。
 
 声を聴いて、ラウラのせいで父が怒りだしたことを察した姉妹の二人はラウラの事を責めるように見つめていた。

「ヘルミーネ、そもそもこんな小さなうちから親に反抗するなんて、お前の子育てが悪いんだろう! そうでなければ説明がつかない!」
「そんなっ、私は何もっ」
「ではなぜ、ラウラは謝罪の一つもできない。子供らしく喜ぶこともせずただぼうっとしている。お前が何か言ったんじゃないのか!」

 ラウラに対して怒っていたはずのアルノルトは、止めに入ったヘルミーネに怒りを向けて、彼女の胸ぐらを掴んで怒鳴り声を浴びせた。

 ……お母さま、私どうしたら……。

 自分がこんなだから母が怒られている。ラウラだってそうわかる。

 しかし謝罪したとしても、彼女たちと同じようにラウラは香水を楽しむこともできないし、愛嬌のあることを言えるわけでもない。

 けれどもヘルミーネがラウラの症状が出てしまってもいいから、大丈夫だからと言ってくれるのなら、香水をもらえてうれしいと笑顔で言える。

 だからラウラは母の指示を待った。

 何か解決策を言ってくれるだろうと信じてヘルミーネの事を見つめた。

「ち、がっ。違うのよ。私は悪くないのよ。ただこの子ほら、ぼんやりしているしリーゼよりも口数も少ないの、だからちょっと遅くて頭の悪い子なのかも、だから変な行動するのよ。私のせいじゃないわ!」
「……頭が悪いだと? それは知恵遅れという事か? そんな子供を産んだお前の責任だろ!」
「違うわ! この子の魂は前世の因果が回ってきたんだわ、私は悪くないのよ。悪いのは全部ラウラ自身だわ。ラウラは私の言う事なんか聞きもしないもの」

 ……。

 ヘルミーネの言葉にアルノルトは目を見開き、それから「本当か?」と問いかける。

 その問いにラウラは首を振りたかった。そんなことはない、ラウラはいい子だ、皆と同じいい子だといいたい。

 しかしそれは母に望まれていない、そう言ったら母が可哀想だ。

 どうしたらいいのかわからない。

「本当よ。ラウラはきっと何か悪魔にでも取り付かれているんだわ。私自身だってラウラの事を見ているだけで嫌な気持ちになるときがあるもの」
「……じゃあ、お前は結局、私に嫌がらせをするためだけにそうしているんだな?」

 不意にラウラにアルノルトに意識が向き、ゆらりと立ち上がる大きな男の陰にラウラは、息をのんでただ見つめていた。
 
「なんて邪悪で醜い、お前のような子供を娘だなんて思いたくないぞ、私は」

 不意に振り上げられた手が、ラウラを掴もうとしているのか、殴ろうとしているのかわからなかった。
 
 これまでもラウラはアルノルトとの関係が良くなかった。体調を崩してばかりだし、ニコラと話していて気味が悪いと言われていたし、父の不興をずっと買っていた。

 だから今回のような些細なきっかけで家族関係が崩壊してもおかしくない、殴られると本能的に考えた。

『逃げろ!! ラウラ、お主は悪くない!!』

 しかし、耳元でニコラの声がしてラウラは弾かれたように急いで談話室を飛び出した。
 
 それ以来ラウラは父に極力会わないようにしているし、アルノルトもめったに屋敷に帰ってこない。

 しかしこのことが引き金となって家族内でのラウラの立場はさらに悪くなっていった。

 そしていつしか透明人間になっていたというわけなのだった。



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