透明令嬢、自由を謳歌する。

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
15 / 46

15 香水

しおりを挟む


 ラウラは、幼いころ体が弱く、特定のものに反応して体が痒くなったりくしゃみが止まらなくなるという症状に悩まされていた。

 そんな症状が出てしまったら、気味悪がられるし、何よりうつっては困ると苦情を言われてしまう。
 
 だからこそあまり子供たちの集まるパーティーに連れて行ってもらえない状況にあった。

 その特定の元というのが化粧品や香水の類だったのでそのことも母であるヘルミーネが困り果てる理由だった。

 ただでさえヘルミーネと同じ目や髪の色をしているラウラは地味で、着飾らなければ神聖なディースブルク伯爵家の娘に相応しく見えない。

 それなのに口紅を塗っても香水を振っても、痒いと泣いてくしゃみが止まらなくなるような子供、可愛いとは思えなかったのだろうと今なら思う。

 それに、父アルノルトには、その疾患を見せないようにと言われていて、ラウラは日常生活でも、それらに触れないように気を付けて生活していた。

 しかしある日の事、アルノルトは娘たち三人に高価なお花から直接抽出された花精油を使った香水を買ってきてくれた。

 三人で話し合って自分の好きな香りのものを選ぶように言われたのだ。

 ヴァネッサとリーゼはとても嬉しそうに父の元へといき、ハグをしたり、キスをして香水を自分の肌に吹き付けて選んでいる。

 嬉しそうな彼女たちとは対照的にラウラだけはその場から動くことが出来なかった。

「どうしたんだ。ラウラ、お前もぼうっとしていないでこちらにこい。女なのだから、こう言ったものに興味を持って流行に乗らなければ行き遅れになるぞ」
「あ……うん」

 言われてラウラも一歩踏み出した。

 もしかしたら今日は大丈夫かもしれない。

 そんな淡い希望があってラウラはソファーからぴょんと降りてテーブルの向こうにいる彼らのそばへと向かおうとした。

 しかし、そんなラウラに母は鬼のような形相をしてラウラを睨んでいた。

 ……行ってはダメという事?

 ヘルミーネの目線で、ラウラはすぐにそのことを理解した。

 大丈夫かもしれないなんて気持ちはラウラのただの希望的観測だ。いつも見たいにくしゃみが出てしまうことは想像に容易い。

「なんで来ないのお姉さま! お姉さまっていつもそう! 何考えてるのかわかんないですわ!」
「お父さま、私この香りがいいです、とても優しくて甘い香り」
「あ、ずるい! わたくしだってそれがいいですの! お姉さまばっかりずるい!」

 小さなリーゼはヴァネッサの手にしていた香水の瓶に手を伸ばしぐいぐいと引っ張る。

 その様子を見ながらもラウラはどうするべきかわからずにただ視線を泳がせて、自分のドレスの裾を握った。

「あなた達、喧嘩しないの。ヴァネッサはお姉さまなんだからリーゼに譲ってあげなさい」
「でも……」
「いいから譲ってあげなさい」
「……はい」

 ヘルミーネは二人のいさかいを収めて、いつも通りにヴァネッサが我慢を強いられるような形で決着がつく。

 しかし、アルノルトはそんなやり取りよりも、こんなに幼いくせに自分に逆らった可愛くない子供が憎たらしく見えてしょうがなかった。

 子供のくせに、女のくせに、せっかく土産物を買って来てやったのに。その態度を許すことなど到底できずにアルノルトはテーブルを思い切り拳で叩きつけた。

 ガシャンと音がしてローテーブルに飾られていた花瓶が倒れた。

「ラウラ!! お前、どうして素直に言う事を聞くことができないんだ! せっかく私がお前たちの為にわざわざ買って来てやったというのに!」
「ア、アルノルト様、どうかそう怒らないで」

 怒鳴り声が響いて、ラウラは恐ろしさから体が硬直してしまって動かなかった。
 
 声を聴いて、ラウラのせいで父が怒りだしたことを察した姉妹の二人はラウラの事を責めるように見つめていた。

「ヘルミーネ、そもそもこんな小さなうちから親に反抗するなんて、お前の子育てが悪いんだろう! そうでなければ説明がつかない!」
「そんなっ、私は何もっ」
「ではなぜ、ラウラは謝罪の一つもできない。子供らしく喜ぶこともせずただぼうっとしている。お前が何か言ったんじゃないのか!」

 ラウラに対して怒っていたはずのアルノルトは、止めに入ったヘルミーネに怒りを向けて、彼女の胸ぐらを掴んで怒鳴り声を浴びせた。

 ……お母さま、私どうしたら……。

 自分がこんなだから母が怒られている。ラウラだってそうわかる。

 しかし謝罪したとしても、彼女たちと同じようにラウラは香水を楽しむこともできないし、愛嬌のあることを言えるわけでもない。

 けれどもヘルミーネがラウラの症状が出てしまってもいいから、大丈夫だからと言ってくれるのなら、香水をもらえてうれしいと笑顔で言える。

 だからラウラは母の指示を待った。

 何か解決策を言ってくれるだろうと信じてヘルミーネの事を見つめた。

「ち、がっ。違うのよ。私は悪くないのよ。ただこの子ほら、ぼんやりしているしリーゼよりも口数も少ないの、だからちょっと遅くて頭の悪い子なのかも、だから変な行動するのよ。私のせいじゃないわ!」
「……頭が悪いだと? それは知恵遅れという事か? そんな子供を産んだお前の責任だろ!」
「違うわ! この子の魂は前世の因果が回ってきたんだわ、私は悪くないのよ。悪いのは全部ラウラ自身だわ。ラウラは私の言う事なんか聞きもしないもの」

 ……。

 ヘルミーネの言葉にアルノルトは目を見開き、それから「本当か?」と問いかける。

 その問いにラウラは首を振りたかった。そんなことはない、ラウラはいい子だ、皆と同じいい子だといいたい。

 しかしそれは母に望まれていない、そう言ったら母が可哀想だ。

 どうしたらいいのかわからない。

「本当よ。ラウラはきっと何か悪魔にでも取り付かれているんだわ。私自身だってラウラの事を見ているだけで嫌な気持ちになるときがあるもの」
「……じゃあ、お前は結局、私に嫌がらせをするためだけにそうしているんだな?」

 不意にラウラにアルノルトに意識が向き、ゆらりと立ち上がる大きな男の陰にラウラは、息をのんでただ見つめていた。
 
「なんて邪悪で醜い、お前のような子供を娘だなんて思いたくないぞ、私は」

 不意に振り上げられた手が、ラウラを掴もうとしているのか、殴ろうとしているのかわからなかった。
 
 これまでもラウラはアルノルトとの関係が良くなかった。体調を崩してばかりだし、ニコラと話していて気味が悪いと言われていたし、父の不興をずっと買っていた。

 だから今回のような些細なきっかけで家族関係が崩壊してもおかしくない、殴られると本能的に考えた。

『逃げろ!! ラウラ、お主は悪くない!!』

 しかし、耳元でニコラの声がしてラウラは弾かれたように急いで談話室を飛び出した。
 
 それ以来ラウラは父に極力会わないようにしているし、アルノルトもめったに屋敷に帰ってこない。

 しかしこのことが引き金となって家族内でのラウラの立場はさらに悪くなっていった。

 そしていつしか透明人間になっていたというわけなのだった。



しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました

歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と 罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、 エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」 辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。 商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。 元夫が「戻ってこい」と泣きつくが—— 「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました

唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」 不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。 どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。 私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。 「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。 身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

これが普通なら、獣人と結婚したくないわ~王女様は復讐を始める~

黒鴉そら
ファンタジー
「私には心から愛するテレサがいる。君のような偽りの愛とは違う、魂で繋がった番なのだ。君との婚約は破棄させていただこう!」 自身の成人を祝う誕生パーティーで婚約破棄を申し出た王子と婚約者と番と、それを見ていた第三者である他国の姫のお話。 全然関係ない第三者がおこなっていく復讐? そこまでざまぁ要素は強くないです。 最後まで書いているので更新をお待ちください。6話で完結の短編です。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...