透明令嬢、自由を謳歌する。

ぽんぽこ狸

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27 クリストハルトの本

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 ラウラは二日酔いの頭を抱えてカモミールティーを飲んでいた。

 飲み始めるときには絶対に呑みすぎないぞという強い意志をもっているのだが、いざ飲み始めると気分が良くなって、パカパカとグラスを開けてしまう。

 王都の酒場にもそれなりに慣れてきたし、なにより毎週通っていると常連認定され、静かに一人で飲むだけの変わり者のラウラをいくら影が薄いといっても店員は覚えるようになった。

 なので常連になったからはかどる空想というのもある。

 ここからどう物語が展開していくのか考えるのが楽しい日々に拍車がかかって、ラウラはやっぱり二日酔いになっていた。

「ふぇっくしゅっ……ふー、ふふっ」
『なんじゃ、急に笑ったりして、なにかおもしろいことでもあったか?』
「ううん。……ただね、この後はほら、ゆっくり準備をして、クリストハルトに授業をするでしょ?」
『そうじゃな』

 ラウラは得意げに、ティーカップを傾けながらそういって、テーブルの上でゴロンと転がっているニコラに笑みを向ける。

 クリストハルトの問題は、ヘルムート子爵夫妻が知ったことによってすぐに解決に至った。

 ダニエラはきちんと解雇され、新しい使用人が妙な嫉妬をクリストハルトに向けないように屋敷に勤めて随分長い、お年寄りの部類に入る男性使用人が引き継ぐことになった。

 そうなればクリストハルトとヘルムート子爵夫妻の距離はぐっと縮まった。

 ラウラは、邪魔にならないように気を付けていたが、そんなラウラの功績をきちんとクリストハルトにヘルムート子爵夫妻は伝えていたらしく、クリストハルトから直接家庭教師になってほしいと打診をされた。

 それからは、ラウラとクリストハルトは教師と生徒という関係兼友人という仲だ。

 たまにラウラは、彼とニコラが楽しく街を冒険する短編小説を書くのが最近の楽しみになっていた。

「それから授業が終わったら、ちょっとお昼寝でもしてみるのよ」
『それは良いな、日の当たるところで眠るといい夢が見られるぞ』
「そうなの?」
『ああそうじゃ、太陽の女神と夢の神は仲がいい、昼寝は大いにするべきじゃ』
「なるほど」

 ニコラは横になりながらまどろんで、そう口にする。

 なんだかその設定はとてもファンシーなもので、ラウラは二柱の神が仲睦まじく夢で出会う光景を想像して、これはいいものだと今度の小説に登場させようと思った。

 そして話を元に戻す。

「それでお昼寝をしたら、すこし小説を書いて、ついでに仕事も終わらせて……それからマリアンネ様に夕食の後にチェスをやろうと誘われているからそれを楽しむのよ」
『楽しい予定が目白押しじゃな』
「そうなのよ。それがなんだかふと嬉しくなって、日々はゆっくり流れてるように見えるのに、あっという間に過ぎていってすこし惜しいと思うのよ」
『人間の人生は短いからな、あっという間じゃ。それを自覚している者とそうでないものの人生には明らかな差が生まれる。よく心得て生きるとよいぞ!』
「うんっ」

 ニコラは相変わらず達観したようなことを言って、ラウラはすこし面白くなりながらもそのおとりだと思って頷いた。

 すると会話がひと段落したころに、ラウラの部屋の扉が軽い音でノックされて「どなた?」と聞けば「僕です!」とクリストハルトの軽い声がした。

 予想外の人物だが、こうしてラウラの部屋に彼が訪ねてくることは初めてではない。

 授業内容でわからない事があっても聞きに来るし、何か楽しい事があっても話に来てくれる、可愛い子だ。
 
 だからこそラウラは、二日酔いでけだるい朝でも彼と会うことはまったく億劫ではなかった。

 入室を許可すると、クリストハルトはただでさえ愛らしく笑顔は大体輝いているのに、今日は各段太陽のような笑みを浮かべてラウラの元に一冊の本を抱えて走ってきた。

 ぱたぱたとかけてきて、ラウラの膝元にボスンと顔をうずめてニコッと笑う。

 サラサラの黒髪は耳から少し落ちて瞳にかかった。

「ラウラお姉さん。僕、お父さまとお母さまからいいものを貰ったんです、見たいですか?」

 クリストハルトは本の題名を隠したままラウラに見せて、小首をかしげた。

 その行動にお願いという言葉が聞きたいのだろうとラウラは考えて「見たいわ。お願い、なんの本?」とクリストハルトの頭を撫でつつ、聞いてやった。

 そうすると彼は自信満々にラウラにその本を見せた。

「最近、流行りのルーラの小説です。この小説の作者を王太子夫妻が探していて、懸賞金もかけられているって知ってましたか?」
「……」
「すごいですよね、きっと王太子殿下も会ってみたいって思うほどに、素敵な小説なんです。いいでしょ、ラウラお姉さん! ……僕が読み終わったあとだったら貸してあげてもいいですけど」

 そう言いつつもクリストハルトはちらちらとラウラの事を見て、頭の中で地味で変わったラウラお姉さんがすごいすごい、貸してくれるなんて嬉しいというはずだと頭の中で想像していた。

 彼女はとても不思議な人で、どこの貴族なのか、なんでヘルムート子爵家にいるのかという点についてもまったくの謎の人物だった。

 しかし、ダニエラにいわれのない恨みを向けられていたクリストハルトを助けてくれた。

 助けてくれたにもかかわらず、恩に着せるようなこともなくただいつも優しい。

 たまに変なことを言うが、小説を書くらしいので流行の小説はきっとすごく読みたいはずなのだ。

 貸してあげればラウラはきっと喜ぶ、そして可愛い僕の事をもっと好きになるだろうと自信満々だったのだ。

「……」
「……あれ? 嬉しくないんですか? お姉さん」

 しかしラウラは、本をじっと見つめて硬直していた。

 何故そんな反応なのか、クリストハルトはまったくわからなかったけれど、さぁっと血の気が引いていくのを見て、何か訳アリなのだなと察した。

「……クリストハルト、だ、誰が何を探してるって?」
「だから、王太子夫婦やアイヒベルガー公爵さまです。なんせ流行りの小説なのに作者が一向に現れないらしくて、皆その正体が気になってるんですよ。社交界じゃその話でもちきりです」
「……私、あまり、人付き合いが多い方ではなくて、まったく知らなかった……」

 あまりの驚愕っぷりに、それを知っていたら彼女は何かしなければいけない立場なのかと勘繰ってしまいそうだ。
 
 明らかに、貴族の身分なのに、社交をまったくせずに、結婚相手を探している素振りすらない。

 ひっそりと暮らしている物静かな訳あり令嬢。その正体はもしかして……とクリストハルトは考えた。

 しかし、クリストハルトはそれなりに賢い子供であり、子供であるが幼くはないのだった。

 だからこそ事情は人それぞれという言葉を知っているし、ここで恩を売っておいたら、お姉さんは確実に自分をもっと好きになってくれるのではという予感があった。

「ラウラお姉さん、この本、先に読みたいですか?」
「! ……うんっ、読みたい確認するだけでもっ」
「でも僕のですよ。お母さまとお父さまに買ってもらったんです。……お姉さんは僕に何をしてくれますか?」

 クリストハルトは大きな黒曜石の瞳をいたずらに歪めて、ラウラに聞いた。

 すると彼女はものすごく渋い顔をして首をひねる。その表情がなんとも個性的で面白い。

 クリストハルトは擦れた子供で、自分が人一倍愛らしい事を知っている。

 おのずと好意も憎悪も多い、だからこそ簡単には相手を好きにならないのだが、地味で変なお姉さんに好かれたいと思うぐらいにはラウラの事が好きだった。

「わかった……ヘルムート子爵夫妻に内緒で……城下町の散策に連れて行ってあげる」
「やった! 約束しましたよ。ラウラお姉さん。絶対僕との約束守ってくださいね」
「うんっ、うんっ、絶対よ!」

 そういいながらラウラはクリストハルトから本を受け取って開いた。
 
 パラパラと中を見ただけで何かを理解したラウラは、瞳に涙を浮かべて、クリストハルトに本を返し大急ぎで出かけて行った。

 きっと自分のやるべきことをやりに行ったのだと思う。もしかしたら、彼女はふらりとこの屋敷からいなくなってしまうかもしれない。

 いろいろ背負っている人とは総じてそういうものなのだ。

 しかしラウラは大丈夫だ。なんせクリストハルトと絶対の約束をしてくれたから、きっとちゃんと帰ってくる。
 
 そしたらとても困った顔をするだろうけれど先ほど勘ぐったことを言ってみようと思う。

 その時の事を思い浮かべてクリストハルトはドキドキした。

 その気持ちの名前をクリストハルトはまだ知らなかったが、まだまだ時間があると信じて疑わなかったのだった。




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