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36 問答 その四
しおりを挟むラウラは一応知りたいと思っているし好意的にも思っているし、ラウラの小説を普通に本にしてくれたことを嬉しく思っているのだ。
だからこそ、踏み込んだ。それに彼はラウラにとって透明ではない。昔に縁があったラウラに取ってとても価値のある人だ。
ラウラを透明人間扱いした、元婚約者とは違う関係になれるかもしれない。
今はニコラと、それからクリストハルトも、ヘルムート夫妻も酒場の店員もラウラの事をちゃんと知ってくれている。
しかし色恋は別なのだ。価値を感じてくれて、自分も感じてやっと土俵に立てる元透明人間にはとても難しい代物だ。
結婚というのならばそういう話になってくる。だってラウラは好きな人と結婚したいのだから。
なればこそ面倒くさいことも言うし、持論だって展開するだろう誰だって。
それにラウラの言葉に意味がわからないという顔をするならば、それはそれだ、それだって構わない。
しかし、フェリクスはラウラが想像していた引いたり、意味不明と思うのではなく、すこし面食らった後に頬を染めて堪らずといった感じににっと笑った。
その顔はとてもうれしそうというか、色々な感情を含んでいるように見えて、どんな感情なのかうまく読み取れない。
「つまり、君は出会って二回目でさっきの話が俺らしくないと思ったって言いたいって事か?」
そしていわれた言葉にたしかにそうともいうとラウラも思った。
しかしそう言われるとなんだかすごくおこがましい事を言ったように感じてしまうがラウラの返答を待たずにフェリクスは徐に立ち上がってラウラの両肩をばっちり抑えたのだった。
「だがな、別に嘘は言っていない。俺は、そういう風に思う側面もある、まぁ、おおむね君が言った通りといえばその通りなんだが、ああ、なぁ、じゃあ君は何と言われたら俺が君と結婚したいと真に望んでいると思ってくれるんだ?」
「え?」
問いかけつつもフェリクスはラウラへと顔をよせて瞳をまじかでのぞき込むようにじっと見た。
あまりに近いので身を引こうと考えるが生憎、背もたれがあってこれ以上は身を引けそうになかった。
「君は追われる身で少々厄介だ、しかしその分君には多くの魅力と、力がある。どれを選び取ってどんな理由があれば俺のそばにいてくれる?」
切羽詰まったような声と少し赤くなった頬で、感情があらぶっている事だけは理解できる。
……どんなって言われても、理由があるから私を利用したいはずなのに、私が納得する理由なんて聞かれても意味なんてない。
私が知りたいのはあなたの本音なのよ。
まったくもって本末転倒な問いかけにラウラは混乱して、間近でグレイの神秘的な瞳を見つめていた。
「何を言えば君は満足する? 君の家族に復讐でもしたいかな。それとも君の容姿を褒めたたえればいい? 一目ぼれは信じる質ではないように見受けたが、他には、何を言ったらいい。脅しはどうだ? それとも歯の浮くようなセリフを聞かせてほしい?」
「っ……」
「君をどうにかこの屋敷の外に出さずに済むようにして、そばにいさせたいと思う気持ちが俺の原動力で理由だが、それでは結婚する気にならないだろう。
何かドラマが必要ならばどんな役でも演じることが俺にはできる。幸い大体の事は出来る質なんでな。
ラウラ。君こそ何を望んでいる?」
フェリクスはラウラの肩を抑えながら片方の手で髪をさらりと撫でた。
昔、介抱してくれた時にはこんな熱烈な人間ではなかったと思うし、そもそも思惑があるからラウラを引き留めたいはずのフェリクスに、理由は引き留めること自体だと言われても当然ラウラは納得できない。
しかし、その瞳の中をじっと見ても嘘には思えない。そして先ほどの言葉よりも多少なりとも彼の本音らしいと正直変に腑に落ちてしまった。
意味がよくわからないが、その何と言うか妙な言い回しというかこの問答は彼の本音だと理解できる。
「は、話が破綻していませんか」
「してないな。頼む、情けでいい、結婚してくれ」
「情けではしません。私、自由恋愛をすると決めているので」
「では、恋してくれないか」
「頼まれてするものではないと思うんだけど」
「頼まれてしたとしても、それは恋ということに変わりはないだろう」
「それは……そうだけど」
「じゃあすぐしよう、ラウラ」
「し、しないってば……っていうか、離してよ。離してくれないと消えるから」
ラウラは押しの強いフェリクスを睨みつけて、脅しのようにそう口にした。
するとフェリクスはぱっとすぐに手を放し、それから「手を離したからもうしばらくは消えないでくれるんだろう?」と聞いてきた。
たしかにそうともとれる言葉だったかもしれないが、それでもラウラは義理は果たした。
これ以上フェリクスと話をしていても埒が明かないだろうし彼はちょっと怖い。
昔、ラウラのことを介抱してくれた時にはこんなに破綻しているような熱烈さはなかったのにまったく今までの間に彼に何があったのだろう。
よくわからない、しかし、よく考えればわかるような気がする。
「そうともとれるけど、とにかく今日はこれでお暇しようと思うわ。あなたの事、わからないし話をしていても延長線だと思うから」
「ちょ、とまて。わかった、わかりやすく話そう君の考えに俺はすべて従う。だから━━━━」
「そういう話ではなくて、一旦持ち帰って考えます。いいですか」
「よくない。そう言う人間の多くは後々手紙で断る。帰るというならまた会いに来るという約束をしてくれ、そうすれば快く送り出すから」
「じゃあ、約束しなかったら何かするっていうの!」
「何もしないが、不安になって迎えに行くかもしれない」
「なんですかそれ、脅しのつもりなの?」
「そんなわけない。俺は君を愛してるだけだ、ラウラ」
「そうですか、じゃあ失礼します」
ラウラとフェリクスは言い合いのような問答をして、ラウラはまたぱったりと姿を消す。
『難儀じゃのう。アイヒベルガーの男は』
ニコラはふわりと飛び上がってフェリクスを見つつそういった。
ラウラは息を止めて扉を抜けて、廊下をかつかつと歩いて帰った。
そんなラウラが去ってから、使用人用の出入り口向こう側で話を聞いていたハーゲンが静かに戻ってきて、はぁーと勢いのいいため息をつくフェリクスに声をかけた。
「主様、お茶のご用意をいたしましょうか」
「…………頼む」
「承知いたしました」
「…………」
「……」
静かに座り直し、ものすごく怪訝そうな顔をしてイラついた様子でテーブルを指でノックするフェリクスに、ハーゲンも静かにお茶を準備する。
そしてお茶を出してからハーゲンは、思っていたことを言った。
「もう、普通に愛の告白をした方がいいのでは?」
思いがけないハーゲンの言葉にフェリクスはお茶を吹き出して、控えていたハーゲンに思い切り目を見開いて返す。
「いや、そんなことでラウラの気が引けるか? あの子は俺にまったく興味もなさそうなんだぞ」
「……」
「がしかし、やけくそになっている部分もなかったかと言われれば大いにあったが、それにしてもとにかく好意的な接触を何度もしていくほかないと君も思うだろ、ハーゲン」
「……」
「それにしても、今日も堪らないな。ラウラは、あの子の周りだけ不思議と色がついているように見える。大体灰色で霧の向こうにあるみたいなのに鮮烈に色づいて見えるんだ」
ペラペラと語りだしたフェリクスにハーゲンは珍しく主様に呆れたような心地になった。
途中愛してるとまで言っておいて通じてないらしいこの事態が、どういうことなのか普段だったらすぐに気が付き、冷静に物事を考えられるくせに彼女の事となったらすぐにこうである。
それにラウラのフェリクスに対する分析は見事なものでハーゲンから見ても彼はそういう人だと思う。
しかし、どういうわけか狂ったようにラウラの事を求めているので、フェリクスの人物像と今の行動がまったく見合うものではないということも確かだろう。
彼女が、行動の意味がわからないと警戒するのだってあながち間違っていないのだ。
だからこそ、直接伝えればいい……それにあそこまでフェリクスが言っていたのに、気持ちに気づかないというのもラウラは少々鈍いと思う。
このまま延長線を辿るかどうかは、正直彼女に掛かっていると思う。
それと同時に精霊とやらがフェリクスの為に良い助言をしてくれないだろうかと、願うような気持にはハーゲンはなったのだった。
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