37 / 46
37 愛してるって
しおりを挟むラウラはアイヒベルガー公爵邸を訪れてから彼の事で頭がいっぱいになっていた。
結局フェリクスは何が目的なのだろうという疑問に一日の大半を使っていたし、他の時間はフェリクスが肩に触れた時の感覚や、間近で見た彼の瞳の美しさ。
眠っているときの端正な顔つきを思い出して無駄に動悸が激しくなった。
それもこれも意味不明な要求をしてくるフェリクスが悪いのだと思ったし、もう会いになど行かないと手紙で連絡してしまおうかと思ったが、それではこのままでは一生もやもやしそうだと思うとそうもいかない。
ニコラに聞いても彼女はわかっているのに、秘密だと言って教えてくれないのだ。
結局ラウラは、執筆活動も一時中止して仕方がないのでフェリクスの事を考えていた。
普通の男性のはずで、それなりにモテて結婚相手に困らないはずの彼がラウラにこれほどまでに執着して結婚を望むのは何故なのか。
その大きな疑問がずっと気になって、うとうとしていても思いだして考えにふけってしまうのだった。
『ラウラ、ラウラよ。少年が聞きたいことがあるらしいぞ』
ふとニコラの声がして夜眠れなかったラウラはハッと目が覚めた。
今は家庭教師の時間だ、そんな時にうとうとしてしまっていたら示しがつかない。
ラウラは目を開いてシャキッと背筋を伸ばしてクリストハルトの方を見た。
「あ、おはようございます。ラウラお姉さん」
「……少し目を瞑って休憩していただけ、眠ってないから」
「え~、別に僕、お姉さんが居眠りしているぐらいで文句言ったりしませんよ。それより、この単語の解説を教えてください」
「うん。……これね、えっと……」
クリストハルトは珍しいものを見たとニコニコしていて、ラウラに古語の解読のヒントを求めた。
古語の習得も貴族になるために必要な立派な貴族だ。
それに将来どこの誰に仕えるかわからない、そういうときに恥ずかしい思いをしないようにきちんとした教育が必要だ。
ラウラは、前後の単語と合わせての読み方と意味をクリストハルトに丁寧に教えていく。
すると彼は、スポンジのように難なく吸収して次から次に解読を進めていく。
……この子は本当に、頭もよくて顔もよくて……まるで……。
しかししゃっきりしていたラウラの頭をまた、あの意味不明な男が占領した。
それにこんな時まで考えてしまって不服な気持ちとついでに、顔は全然クリストハルトの方がずっとかわいい、宝石みたいだと思った。
しかしそんなことをしている暇はないのだ。
ラウラは自分の目の前に置いてある紙に、クリストハルトの為のわかりやすい図解を書くことで忙しい。
彼を立派な貴族にすることが今のラウラの仕事の目的だ。
そんな風にラウラはずっと思って仕事をしている。そしてこれからもそうするのだ。
心に決めて、家庭教師業に打ち込んだ。
数時間が経ち、休憩の時間になると、先日から様子のおかしいラウラにクリストハルトはお菓子をサクサクと食べながら問いかけた。
「ねぇ、ラウラお姉さん」
「うん?」
「何か困ってるんですか?」
クリストハルトの問いかけはそれほど限定的では無かったし、ラウラの様子がおかしくて少し心配しているという程度だった。
その問いに対してごまかすことはできたはずだが、ラウラは彼の口元についたクッキーの粉をハンカチで拭ってあげながら、寝不足で少しぼんやりした頭で答えた。
「……私と一緒になりたいっていう人がいるのよ」
するとその言葉を聞いたクリストハルトは目を見開いて、そんなのヤダと声を大にして言いたくなった。
せっかく新しい家族とよい家庭教師のお姉さんと出会って毎日楽しくなってきたところなのに、どうして見知らぬ男などにラウラお姉さんを取られなければなならないのかと子供っぽく怒り出したい気持ちになった。
「でも、なんでそんなこと言うのかわからない。だって結婚よ。いい人よ、本当に、多分心根は悪くないし、普通の女の子を誘えば誰だってついてくる」
「……」
「それなのに、私に言うのよ。話をしてみても真意がわからない。ただでさえ、訳ありなのに。私を手に入れて何がしたいのか本当にわからないわ」
けれども、思いつめた様子で結婚を申し込まれたのに意味不明だと悩んでいる様子に急にクリストハルトはラウラが可哀想になった。
だって、どんな事情があるか知らないが、普通はうれしい事だろう。
そんな風に言ってくれるのなら幸せにしてねと普通の子なら言う所だと思う。
それなのに、そうは思ってない。
いい人だって言っているのに、認めていないみたいでなんだか泣いてしまいそうなラウラお姉さんの頭をクリストハルトはよしよしと撫でてあげた。
だってちょっと不憫だったから。
たしかに地味で、不思議で、変わってる人だが、彼女だってクリストハルトからすればいい人だ。結婚だってそりゃするだろう。
でも自分が今してあげられるわけではないし、お姉さんにはお姉さんの人生がある。それがわかる歳だった。
「結局結婚して何がしたいの……?」
「……それってお姉さん。変ですよ」
「どうして?」
「だって結婚ってゴールなんですよね。一緒になるって」
「……それは恋愛的な意味ではそうだけど」
「じゃあ、ラウラお姉さんを幸せにしたいんじゃないですか?」
当たり前のようにクリストハルトはそういって、またクッキーを口の中に放り込んだ。
「僕の方がずっと先にラウラお姉さんのいい所に気が付いてたけど、その人もラウラお姉さんの事が好きになったんじゃないですか?」
「どんなところが?」
「言ってなかったんですか?」
…………?
クリストハルトに聞かれて、ラウラは思いだしてみた。
そんなはずないという気持ちが大半を占めていたが、褒められた部分を思い返してみる。
そういえば最初に彼はラウラの小説のファンだと言っていた。
その言葉には裏付けができる。
何故なら、騒動が起こる前にラウラが置いていったその時点では何の曰くもなかった小説をきちんと読んでそれから大々的に売ってくれた。
それはつまり、面白いと認めてくれたという事だ。
好きになったとも言い換えられる。
「……」
「それにお付き合いでも不倫でもない、って事は、一緒に暮らして一緒にいたかったって事ですね。それも言ってませんでしたか? プロポーズされたんですよね」
それも言われた。確実に一緒にいたいとあの人は言っていた。
「っでも、なんだか裏がありそうな様子で、最初は、私の事を守る引き換えみたいな話だったから。そうして私を手に入れて何かやりたいことがあるんだって……」
「守る代わりに結婚してほしかったんじゃないですか? ラウラお姉さんの事が大好きだったんですよ、多分。だから結婚して何がしたいとかないと思いますけど」
「……」
「で、でも、そんな男はだめ、ですね! だって僕ならちゃんといいますよ。愛してるって」
クリストハルトは子供らしくクッキーを食べながら子供らしくない事を言った。
その言葉に聞き覚えがあってラウラは、目からうろこだった。
というか彼は最後の方ずっとそう言っていた気もする。
つまりは結婚がしたいのだ。ラウラが好きだから……好きだから? そうだったら説明がつくとは思ったがそうなのだろうか。
そうだと思えないからラウラはこんなに悩んでいるのに。
ラウラの頭はこんがらがってしまって「ゔーん」と鈍い声をあげて呻くような声を出した。
するとクリストハルトは、けらけら笑って「甘いもの食べたら元気が出ますよ」とクッキーを勧めてくれて二人でお茶の時間を楽しんだ。
450
あなたにおすすめの小説
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました
歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と
罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが
やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、
エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」
辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。
商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。
元夫が「戻ってこい」と泣きつくが——
「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました
唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」
不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。
どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。
私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。
「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。
身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
これが普通なら、獣人と結婚したくないわ~王女様は復讐を始める~
黒鴉そら
ファンタジー
「私には心から愛するテレサがいる。君のような偽りの愛とは違う、魂で繋がった番なのだ。君との婚約は破棄させていただこう!」
自身の成人を祝う誕生パーティーで婚約破棄を申し出た王子と婚約者と番と、それを見ていた第三者である他国の姫のお話。
全然関係ない第三者がおこなっていく復讐?
そこまでざまぁ要素は強くないです。
最後まで書いているので更新をお待ちください。6話で完結の短編です。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる