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37 愛してるって
しおりを挟むラウラはアイヒベルガー公爵邸を訪れてから彼の事で頭がいっぱいになっていた。
結局フェリクスは何が目的なのだろうという疑問に一日の大半を使っていたし、他の時間はフェリクスが肩に触れた時の感覚や、間近で見た彼の瞳の美しさ。
眠っているときの端正な顔つきを思い出して無駄に動悸が激しくなった。
それもこれも意味不明な要求をしてくるフェリクスが悪いのだと思ったし、もう会いになど行かないと手紙で連絡してしまおうかと思ったが、それではこのままでは一生もやもやしそうだと思うとそうもいかない。
ニコラに聞いても彼女はわかっているのに、秘密だと言って教えてくれないのだ。
結局ラウラは、執筆活動も一時中止して仕方がないのでフェリクスの事を考えていた。
普通の男性のはずで、それなりにモテて結婚相手に困らないはずの彼がラウラにこれほどまでに執着して結婚を望むのは何故なのか。
その大きな疑問がずっと気になって、うとうとしていても思いだして考えにふけってしまうのだった。
『ラウラ、ラウラよ。少年が聞きたいことがあるらしいぞ』
ふとニコラの声がして夜眠れなかったラウラはハッと目が覚めた。
今は家庭教師の時間だ、そんな時にうとうとしてしまっていたら示しがつかない。
ラウラは目を開いてシャキッと背筋を伸ばしてクリストハルトの方を見た。
「あ、おはようございます。ラウラお姉さん」
「……少し目を瞑って休憩していただけ、眠ってないから」
「え~、別に僕、お姉さんが居眠りしているぐらいで文句言ったりしませんよ。それより、この単語の解説を教えてください」
「うん。……これね、えっと……」
クリストハルトは珍しいものを見たとニコニコしていて、ラウラに古語の解読のヒントを求めた。
古語の習得も貴族になるために必要な立派な貴族だ。
それに将来どこの誰に仕えるかわからない、そういうときに恥ずかしい思いをしないようにきちんとした教育が必要だ。
ラウラは、前後の単語と合わせての読み方と意味をクリストハルトに丁寧に教えていく。
すると彼は、スポンジのように難なく吸収して次から次に解読を進めていく。
……この子は本当に、頭もよくて顔もよくて……まるで……。
しかししゃっきりしていたラウラの頭をまた、あの意味不明な男が占領した。
それにこんな時まで考えてしまって不服な気持ちとついでに、顔は全然クリストハルトの方がずっとかわいい、宝石みたいだと思った。
しかしそんなことをしている暇はないのだ。
ラウラは自分の目の前に置いてある紙に、クリストハルトの為のわかりやすい図解を書くことで忙しい。
彼を立派な貴族にすることが今のラウラの仕事の目的だ。
そんな風にラウラはずっと思って仕事をしている。そしてこれからもそうするのだ。
心に決めて、家庭教師業に打ち込んだ。
数時間が経ち、休憩の時間になると、先日から様子のおかしいラウラにクリストハルトはお菓子をサクサクと食べながら問いかけた。
「ねぇ、ラウラお姉さん」
「うん?」
「何か困ってるんですか?」
クリストハルトの問いかけはそれほど限定的では無かったし、ラウラの様子がおかしくて少し心配しているという程度だった。
その問いに対してごまかすことはできたはずだが、ラウラは彼の口元についたクッキーの粉をハンカチで拭ってあげながら、寝不足で少しぼんやりした頭で答えた。
「……私と一緒になりたいっていう人がいるのよ」
するとその言葉を聞いたクリストハルトは目を見開いて、そんなのヤダと声を大にして言いたくなった。
せっかく新しい家族とよい家庭教師のお姉さんと出会って毎日楽しくなってきたところなのに、どうして見知らぬ男などにラウラお姉さんを取られなければなならないのかと子供っぽく怒り出したい気持ちになった。
「でも、なんでそんなこと言うのかわからない。だって結婚よ。いい人よ、本当に、多分心根は悪くないし、普通の女の子を誘えば誰だってついてくる」
「……」
「それなのに、私に言うのよ。話をしてみても真意がわからない。ただでさえ、訳ありなのに。私を手に入れて何がしたいのか本当にわからないわ」
けれども、思いつめた様子で結婚を申し込まれたのに意味不明だと悩んでいる様子に急にクリストハルトはラウラが可哀想になった。
だって、どんな事情があるか知らないが、普通はうれしい事だろう。
そんな風に言ってくれるのなら幸せにしてねと普通の子なら言う所だと思う。
それなのに、そうは思ってない。
いい人だって言っているのに、認めていないみたいでなんだか泣いてしまいそうなラウラお姉さんの頭をクリストハルトはよしよしと撫でてあげた。
だってちょっと不憫だったから。
たしかに地味で、不思議で、変わってる人だが、彼女だってクリストハルトからすればいい人だ。結婚だってそりゃするだろう。
でも自分が今してあげられるわけではないし、お姉さんにはお姉さんの人生がある。それがわかる歳だった。
「結局結婚して何がしたいの……?」
「……それってお姉さん。変ですよ」
「どうして?」
「だって結婚ってゴールなんですよね。一緒になるって」
「……それは恋愛的な意味ではそうだけど」
「じゃあ、ラウラお姉さんを幸せにしたいんじゃないですか?」
当たり前のようにクリストハルトはそういって、またクッキーを口の中に放り込んだ。
「僕の方がずっと先にラウラお姉さんのいい所に気が付いてたけど、その人もラウラお姉さんの事が好きになったんじゃないですか?」
「どんなところが?」
「言ってなかったんですか?」
…………?
クリストハルトに聞かれて、ラウラは思いだしてみた。
そんなはずないという気持ちが大半を占めていたが、褒められた部分を思い返してみる。
そういえば最初に彼はラウラの小説のファンだと言っていた。
その言葉には裏付けができる。
何故なら、騒動が起こる前にラウラが置いていったその時点では何の曰くもなかった小説をきちんと読んでそれから大々的に売ってくれた。
それはつまり、面白いと認めてくれたという事だ。
好きになったとも言い換えられる。
「……」
「それにお付き合いでも不倫でもない、って事は、一緒に暮らして一緒にいたかったって事ですね。それも言ってませんでしたか? プロポーズされたんですよね」
それも言われた。確実に一緒にいたいとあの人は言っていた。
「っでも、なんだか裏がありそうな様子で、最初は、私の事を守る引き換えみたいな話だったから。そうして私を手に入れて何かやりたいことがあるんだって……」
「守る代わりに結婚してほしかったんじゃないですか? ラウラお姉さんの事が大好きだったんですよ、多分。だから結婚して何がしたいとかないと思いますけど」
「……」
「で、でも、そんな男はだめ、ですね! だって僕ならちゃんといいますよ。愛してるって」
クリストハルトは子供らしくクッキーを食べながら子供らしくない事を言った。
その言葉に聞き覚えがあってラウラは、目からうろこだった。
というか彼は最後の方ずっとそう言っていた気もする。
つまりは結婚がしたいのだ。ラウラが好きだから……好きだから? そうだったら説明がつくとは思ったがそうなのだろうか。
そうだと思えないからラウラはこんなに悩んでいるのに。
ラウラの頭はこんがらがってしまって「ゔーん」と鈍い声をあげて呻くような声を出した。
するとクリストハルトは、けらけら笑って「甘いもの食べたら元気が出ますよ」とクッキーを勧めてくれて二人でお茶の時間を楽しんだ。
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