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46 楽しい時間
しおりを挟む結婚が決まりラウラはやっとすこし落ち着いた生活を手に入れることができた。
といってもまだまだフェリクスと話し合ったり決めなけばならない事も決めるべきこともあるのだが、それほど切羽詰まっているわけではない。
フェリクスもラウラの姓をアイヒベルガーに変えることができて焦りが無くなったように感じる。
なので段々とラウラに興味をなくしていく可能性もあるかもしれないと思ったが、彼はラウラが見る限りずっと嬉しそうで楽しそうだ。
やはりそれが呪いのせいなのか、それともよっぽど彼が……ラウラの事を好きなのかは判断がつかないが、そんな些末なことを悩むのなんて面倒くさい事この上ない。
人は人、自分は自分だ。大切に想うのはいいが執着してしまっては盲目になってしまう。
だからこそラウラは今の彼を信じることにする。
そう心に決めていた。
そう心に決めて変わらず自由を謳歌していた。
「……」
「……」
つまり創作活動に精を出していた。フェリクスは仕事の合間を縫って……というほど忙しそうに見えないが、とにかくラウラの部屋によく訪れていた。
しかし、そのたびに彼に懇切丁寧に対応していてはラウラはやりたいことがやれない。
そしてそのことを言い出す前にフェリクスは気にしないでいいから出来上がった原稿をくれといい、結局フェリクスがラウラの部屋に来た時は、出来上がった小説にずっと目を通しているという状況になった。
ラウラは元からおしゃべりな方ではないし、ラウラの邪魔をするつもりがないフェリクスは、ラウラが机に向かっているときはソファーに座ってただの置物のようにじっと小説を読んでいる。
ラウラ達は変わった夫婦の形をしていて、その様子を奇妙な関係じゃなぁとラウラが眺めている。
そういう日々だった。
ラウラは切りのいいところまで書いて、手が疲れてきて少しぼんやりしてきたところで手を止めた。
それから顔をあげて振り返ると、フェリクスはやはりとても真剣そうな顔をしてラウラの原稿をじっと見つめている。
「……」
彼も彼で集中している様子で、ラウラが視線を向けてもすぐには気がつかずにぺらりと紙をめくった。
そしてその様子を見ていて、ラウラはとても不思議なことに気が付いた。
ラウラはフェリクスが資料に目を通したり本を読んでいるところを見たことがある。
その時はとても素早く文字を追っていて、次から次にページが捲れられている様子だった。
しかしラウラの小説を読む手も、文字を追う視線もとてもゆっくりと動いていて、一つの結論をだしてラウラはフェリクスに言った。
「フェリクス。私の小説の文章に何か変な癖があるのかしら」
言いながら先程まで書いていた小説を少し読み返してみた。
ラウラからすれば多くの人に読みやすい易しい文になっていると思うのだが、彼がほかの本より読むのが遅いのならば、他人から見ると妙な部分があるのかもしれない。
そう思っての言葉だった。
ラウラに聞かれてフェリクスはぱっと視線をあげてとても不思議そうにした。
「なぜ? 君の書く言葉はどれもわかりやすくて標準的だが?」
「……フェリクスがとてもゆっくりと読んでいるような気がして、本を読み慣れたあなたのような優秀な人にはおかしく見える部分があって読みづらいのかと思ったのよ」
「ゆっくり……? ……ああ、なるほど」
ラウラがそう思った理由を説明すると、フェリクスは納得した様子で頷いてから何かを言おうとして、それから少し視線を逸らした。
「いや、君が心配しているようなことは何もないし、俺は出来立ての君の小説を読めてとてもうれしい」
……出来立てって料理でもあるまいし、意味はないと思うけど……。
「ただ……他の本より時間がかかるのは……どうにも、勿体なくてな。楽しい時間はいつまでも続いた方がいいだろう? だからあえて、時間をかけているというだけなんだが。
それを君本人に指摘されて言うというのは、少々羞恥心を感じてしまうが、そういうわけだから安心してくれ」
やはり目を逸らしたままそう言う彼に、ラウラは予想外の返答過ぎて驚いてしまった。
けれどもそう言ってもらえたことはとても嬉しくて、なんだかこそばゆい。
そのラウラの気持ちをフェリクスも感じ取った様子で、紛らわせるように続けていった。
「楽しい時間がいつまでも続けばいいだなんて子供みたいだろう? 笑ってくれ」
「笑わないわよ。だって誰にでもそう思うときはあると思うから」
笑い飛ばしていいというフェリクスに、ラウラは自分もそんな風に思ったことがあったような気がしてそう返した。
「そうか? じゃあ、君がどんな時にそう思ったのか実体験があれば是非、聞かせてくれ。ラウラがどんな時にそう思うのか知りたいんだ」
するとフェリクスはラウラにそう切り返す。
その知りたいと言ってくれる気持ちも、ラウラに対する好意からなのだと思うとやはりすこし恥ずかしいような気がするし、彼の方が話の切り替えもスマートだった。
恥ずかしがっているような素振りを見せるけれど、フェリクスはいつだって自分のペースを乱さないし、むしろ自分のペースに人を巻き込むのがうまい。
そんなフェリクスを少し乱してやろうと思って、ラウラは考えた。
彼はラウラの原稿を丁寧にそろえてから目の前にあるローテーブルに置いてラウラとの話に集中した。
それは割とすぐに思いついて、彼がどんな反応をするかも予測して置く、そうすることによってすこしでもペースを乱されないようにするためだ。
それから、ちょっとばかり反応に困ってもらおうといういたずら心で「そうね。昔の事になるけど」と前置きを挟んだ。
「構わないぞ」
「子供の頃、私はあまり外に出ることが出来なかったんだけど、珍しく母に連れられて大きなガーデンパーティーに参加したことがあった」
「……」
ラウラが語り始めるとフェリクスは嬉しそうに話を聞く。
くだらない日常会話のはずなのに、耳を傾けてくれる彼のことが好きだなとラウラは思った。
「私、香水やお化粧品なんかが苦手な子供だったのよ、でも外で行われるパーティーだったら大丈夫だって母に言われて、勝手がわからないまま連れられていった。
でも結局、酷く症状が出てしまって、とても見苦しい事になっていたのよ」
フェリクスがいつ気が付くかと思いながらラウラはいつもの小説を書くような調子で頭の中で、言葉の順序を調節して様子をうかがいながら続きを話した。
「けれど、その時にとりあえず離れて顔を洗うといいと教えてくれて、介抱をしてくれた男の子がいたの」
そういうと彼は気が付いた様子で、少しだけ目を見開いた。
「彼は、とても身分の高い人で、私なんかを気にかける必要もなかったのに、親切にしてくれてそれだけじゃなくて私と話をしてくれた。
私が時たまニコラと話をしても、怒ったり、気味悪がったりせずに私の空想話に興味を持って聞いてくれた。
その時に私も思ったわ。この時間がずっと続いたらいいのにって」
そう最後に付け加えて話を締める。
しかしフェリクスは自分のペースを崩している様子はなく、少し驚いたぐらいで終わってしまいそうだったので付け加えていった。
「でもその時間はあっという間に過ぎていった。その時は人生はそういうもだと思ったけれど今は違うと思える。
その楽しい時間は終わってしまったけれど、嬉しい事に今になってまた同じ時間をあなたと共有できている。
これから先もずっと今を惜しいと思いながらも、できる望む限り楽しい時間を続けたいわ」
丁寧にラウラはフェリクスにそう伝えた。
それは直接的ではなかったが、割と熱烈な愛の言葉であり、普段からポーカーフェイスのフェリクスも流石に嬉しさと恥ずかしさから笑みを浮かべながら頬を染めた。
……やった、私の勝ちね。
しかしラウラはゲーム感覚だったので、彼が頬を赤く染めてペースを崩せたことに嬉しくなって無邪気な笑みを浮かべた。
「……俺も、この時間が出来る限り長く続くことを望んでいる……」
「うんっ」
「……が、それ以上に……」
言いながらフェリクスは無邪気なラウラがなんだか猛烈に愛おしくなって立ち上がり、ずかずかとラウラの元へと歩いていって、その美しく楽しい物語を紡ぎだす手を取った。
「もっとそばに寄って、もっとあの時よりも近い距離で、羽一枚分の隙もなく君のそばにいる人生が俺は欲しい。そして君にもそれを望んでもらえるように努力するつもりだ」
「……へ?」
「愛してる。ラウラ、君は俺のすべてだ」
膝をついて、手の甲にキスをする彼に、ラウラは目を見開いて驚いた。
ついさっきまで彼のペースを崩して楽しんでいただけだったのに、本気で告白されて、本気でまったくごまかしのない言葉を言われると、すぐに真っ赤になってしまった。
手の甲にかかる吐息の感触、それからすぐそばに見えるフェリクスのグレイの熱烈な目線、目線が温度をはらんでいるはずなどないのに頭がくらくらするほど熱くて、どうしたらいいのかわからない。
もちろん嫌だとは思わないし、拒絶するという選択肢はないのだが、言葉どおりに頭が真っ白になってしまって、ラウラは声が出せずにパクパクと口を動かしてから。
ぐっと目をつむって、ぶんぶんと頭を縦に振って同意を示す。
「良かった。……ラウラ」
同意したラウラにフェリクスはとても安堵したような笑みを浮かべて、それから同意は得たのだからと立ち上がってラウラをぐっと抱き寄せた。
恋愛について飛んだ素人であるラウラは、もう何をどうすればいいのかわからなくなり、頭をパンクさせた。
そしてやっぱり彼には敵わないようなので、これからは煽るようなことはしないようにしようと、ぎゅうと押しつぶされるように抱きしめられながら思ったのだった。
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