“足りない”令嬢だと思われていた私は、彼らの愛が偽物だと知っている。

ぽんぽこ狸

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7 父

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 マイリスを送り出してから、父であるオーガスト・クレメナが、クレメナ伯爵領のマナーハウスに帰宅した。

 オーガストはレーナの告発に対しきちんとした対応をしてくれたし、マイリスの治療についても話を通してくれた。

 彼は二人の娘と屋敷を長い間放置していたが、レーナが動いたことによって戻ってくる決心がついたらしい。

 久しぶりに顔を合わせた父は、以前会った時よりもずっと老いを感じる容姿になっている。

 うつろな瞳に白髪の混じった髪。やけに細い体は健康なレーナが飛びついたりしたら脆く崩れ去ってしまいそうな様子だった。

「……久しいな。レーナ、手紙ではなにか様子が違ったように思ったんだが……」
 
 探りつつもオーガストはどこか怯えているように見える。

 ……お父様の方は、いつ会っても変わっていない様子ですね。

 レーナは誰よりも父に対してはさめた気持ちを持っていて、まだマイリスの方が多少なりとも理解出来るし家族だという気持ちが強い。

 しかし彼は、どうにも好意的に思えない。

 食事をする手を止めて、レーナはそれでも貴族らしい微笑を浮かべて返す。

「そのように受け取っていただけて嬉しいです。……お父様も知っての通り、私は少しばかり人より足りないところが多い少女でした。しかし近隣領地の図書館に興味を持ち、多くの知識を手に入れていくと、みんなと多少近づける程度には、賢くなれたと思うのです」
「……そうか」
「はい。ですので、お父様ともきちんと話をするべく、帰宅していただくか、会いに王都に向かうかと考えていたところでした」
「そうなのか。アメーリア、レーナが苦労をかけてすまないね。ほかの使用人にも面倒をかけた分、手当を渡さなければな」
「……旦那様。わたくしたちはただ、レーナお嬢様のご指示通りに動いているだけですわ。苦労だなんて……」
「いい。娘を立てる必要はない」
「……」
 
 彼はレーナがきっちりと自分の考えを口にして、話し合いを望んでいるというのに、レーナの事を見ていない。

 それどころか、頭の中で勝手にレーナが賢くなった以外の別の解釈をしてアメーリアに謝罪をする。

 使用人たちは、示せばきちんと理解をしてくれたというのに、オーガストはまったくもってそのつもりも可能性も、そして向き合う気もないように感じる。
 
 ……血は確実につながっていると思うのですが……難しいですね。

「私はレーナやマイリスを放っておいてばかりだ。ここにきて問題が生じるのは私の責任だろう。すまなかった。これからは良く向き合うことにするよ」

 レーナにではなく、アメーリアにそういう彼にレーナはまた黙っていようかと彼の気持ちを汲んで考えた。

 オーガストはまだきちんと家族と向き合う準備ができていないのだ。向き合うと言いつつもマイリスが屋敷を出る前に戻ってくることはなかった。
 
 口先だけの言葉よりも行動を見れば一目瞭然だろう。

 けれどもそれでは今までと同じだ。オーガストが状況を好転させることを望めないのだとわかっている以上、使用人たちに恩返しをすると決めたレーナは口を開いた。

「向き合ってくださるというのなら、私自身と向き合ってください。お父様」
「…………ああ、もちろん」

 しっかりと彼を見て言うと、ここにきて初めてオーガストと目が合った。彼はうつろだった瞳で自分の娘を捉えて何を思ったのか。

 少なくとも、何かは思ったらしく、くっと顔をあげる。

「レーナはどうしたい?」
「私は……出来れば何からやればいいのかを教えていただきたいです。後継者としてきちんとした教育を受けていませんし、マナーや振る舞いについては本に載っていますが、何をすれば爵位継承者として一人前なのかは領地、身分でそれぞれですから」
「そうか……わかった。後継者教育を出来るように話を通しておこう」

 考えてあったことなのですんなりと言葉が出てくる。父はそれを聞いて、深く頷き了承する。
 
 オーガストがレーナについてどんなふうに思っていて、これからどうするつもりなのかは聡い方であるレーナでもよくわからない。

 彼の事はローゼと離縁した時から、感情があまり理解できない。

 しかし嫌悪感だけは感じない、家族としての親密さはないが、嫌われているわけでもないだろうと思う。

 けれどもそう思うからこそ、オーガストとのコミュニケーションのぎこちなさをやるせなく感じてしまう。

「後は、新しい配偶者を見つける必要があるな。……レーナとの相性もあるが、今度こそ邪な気持ちのない好青年を……」

 オーガストは呟くようにそう言って、レーナの頭の中にも、新しい配偶者候補……つまりは婚約者を決める必要性がある事が思い出される。

 そしてヨエルの顔が思い浮かんだ。オーガストの邪な気持ちのない好青年という言葉が彼を連想させたのかもしれない。

 それに彼とは図書館以外でも会う約束をしている。

「お父様、私、明後日に友人と会う約束があるのですが」
「わかった、その日には予定を入れないようにしよう。しかし、突然、見合いの為に呼びつけるというのも……」

 彼は思考を巡らせてとても真剣そうだ。レーナの言葉に深く言及はしてこない。

 新しい配偶者についても口出しをするべきだとは思う。なんせ、頭の中に浮かんでいるのはヨエルの事で、レーナはヨエルと会いたいと思っているし彼をとても尊敬している。

 関係をこれからも続けていきたい。しかし、彼は男の人でレーナは女で、なんでもない関係でも噂を立てられて厄介なことになるのが貴族社会だと聞く。

 だからこそ何もなしで友情を続けていくのは難しい。だからこそ、何か理由をつけて共にいられたらと思わない事もない。

 ……例えば、婚約者としてとか。

 そう思うが、あまりにもおこがましい考えであり、それについて父に話すことは難しいのだった。


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